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2-22-1 束の間の遊園地(1)

僕は、雅樹を遊園地へ誘った。 雅樹は二つ返事で「いいよ」と、言ってくれた。 急だったし、理由を聞かれると思った。 だから、ちょっと拍子抜け。 でも、嬉しい。 雅樹は、 「そういえば、あの告白うまく断れた?」 と聞いてきたので、 「うん。大丈夫。ありがとう」 と答えた。 嘘をついてしまった。 少し胸が痛い……。 当日。 僕達は、朝早く遊園地へ着いた。 今日のファッションは、とっておきのコーデ。 白カーディガンにピンクフレアスカート。 フェミニンど真ん中で、自分でも「すこし、子供っぽいかな?」っと思うのだけど、今日は特別だからいいのだ。 雅樹も、「いいじゃん! 可愛い!」とちゃんとほめてくれたし、遊園地にくると、同じようなフワフワファッションの子を大勢目にして、逆に安心した。 さて、開園前のゲート入口では、いまか、いまかと待ち望む熱気で、僕達も否が応にも気持ちが高まっていく。 今日は、思いっきり楽しむんだ! そして、今日起こる楽しい出来事は、余すことなく僕の心に刻み込む。 どんなに辛い時でも思い出せるように……。 今日の真の目的はこれ。 僕は、雅樹に気づかれないように、ギュッと拳を握った。 開門と同時に、雅樹は僕の手を引っ張った。 「よし、ジェットコースターに乗ろう!」 「まってよー!」 開園直後だというのに、ジェットコースター乗り場はもう列を作っている。 僕達は、最後尾に並んだ。 「俺、これ好きなんだよな!」 「僕は初めてだから楽しみ。でも怖そう」 「そんな怖くないから大丈夫だよ!」 このアトラクションは、トロッコが山から下りていく、西部開拓時代をモチーフにしたものだ。 コースを進むトロッコからは、ゴーという音とともに、楽し気な悲鳴が聞こえてくる。 順番が近づくにつれて緊張してくるのが分かる。 手のひらが汗ばんでくる。 「そんなに緊張するなよ。めぐむ。ははは」 雅樹は、僕が緊張しているのが嬉しいようだ。 まったく、意地悪なんだから! トロッコの順番がやってきた。 「うわーすげぇ、楽しみだ!」 雅樹はいい気なもんだ。 一度乗ったことがあるならそんなに怖くはないのだろう。 トロッコが動き出す。 最初は、ゴゴゴ、といいながら山の頂上まで登っていく。 徐々に周囲には障害物がなくなり遊園地の全貌を見渡せるようになった。 「めぐむ、いい景色だろ?」 「うっ、うん」 そうは答えたけど、実はそれどこではない。 ものすごい高い。 こんな高さから、落ちていくなんて……。 ドクン、ドクン。 心臓が鼓動が早くなる。 緊張で胸が張り裂けそうだ……。 トロッコは頂点まで登ると、ゆっくりと滑り始めた。 「さぁ、いくぞ!」 雅樹がそう言ったとたん、トロッコはものすごい速度で進み始めた。 ゴォーというトロッコの大きな音に、雅樹の、やっほー! という叫び声が重なる。 僕はあまりの怖さに声もでない。 目をつぶる。 体が左右に揺れる。 風が顔にあたり、ビューという音を鳴らし通り抜けていく。 歯を食いしばって耐える。 うっすら目を開けた……。 真っすぐに手を伸ばして喜々としている雅樹の姿。 もう、雅樹は! 僕はこんな大変なのに! 悔しいけど、しようがない。 怖いものは、怖い……。 しばらくすると速度がゆっくりとなった。 中間地点まで来たようだ。 僕はほっと息をついた。 トロッコはまたゴゴゴといいながら坂を上り始める。 「怖かったか? めぐむ」 「うん。思った以上に怖い」 僕は正直に言った。 「よし、わかった」 雅樹は、片手を僕の膝に乗せると、「これで怖くないよ」とにっこり微笑んだ。 「うん。ありがとう、雅樹」 雅樹の手の温もりを感じる。 うん。 確かにこれなら怖くない。 雅樹といっしょだもん。 トロッコは頂点につくと、また最初はゆっくりと進み出した。 そして、急に速度を上げる。 あぁ。 また、トロッコの轟音とともに、風切り音が耳に鳴り響く。 怖い。 でも、今度は、雅樹の手がある。 僕は、膝から伝わる雅樹の温もりを感じながら、なんとか耐えようとした。 せっかく遊園地に来たんだ、楽しまなきゃ! 今度は、ちゃんと目を開けていよう。 景色がものすごい速さで通り過ぎる。 うん。 大丈夫。 隣に目をやると、雅樹と目が合った。 雅樹が何か言った。 良く聞こえないけど、たぶん「楽しいね」だ。 そして、雅樹は、やっほー! と大声上げた。 僕も声を出した。 「やっほー!」 声になっていなかったもしれない。 大きなカーブが終わりトロッコは急降下していく。 宙に浮くような感じ。 息が止まる。 そして、急カーブに差し掛かると、トンネルに入った。 目の前が真っ暗になった。 トンネルの中で声が反射する。 あっ。 初めて、自分の声が耳に入った。 良かった。 僕もちゃんと声が出てたみたい。 しばらくすると、ようやくトロッコは減速を始めた。 「楽しかったな! めぐむ」 「怖かった。でも楽しかった!」 僕と雅樹は微笑み合う。 「よかった、めぐむが楽しめて!」 「うん、ありがとう。ところで、雅樹、この手は?」 僕は雅樹の手を見て言う。 僕の膝にあったはずの手は、いつの間にか僕の股間に移しあそこをナデナデしていた。 雅樹は、しまった!っと言わんばかりに、すっと手を引っ込めた。 「いや、その、めぐむを元気づけようとな。ははは」 僕は、雅樹をしばらく睨んでいたけど、あまりに下手な誤魔化し方に、 「ぷっ! 下手な嘘! ふふふ」 と吹き出した。 「あはは、バレたか!」 雅樹は、頭をかき、面目なさげに笑った。 あぁ。 なんて楽しいんだ。 僕のこころが温かいもので満たされていく……。 「次はこれに入ろう!」 雅樹は、古い洋館を指さした。 雅樹は言った。 「俺、これに入ったことないんだよね」 このアトラクションは、二人乗りの乗り物に乗って、建物の中を進んでいく。 建物の中には、不気味な人形達が待ち構えていて、入場する人達を驚かす。 要は、お化け屋敷だ。 僕はずっと昔に入ったことがある。 変わってなければ大体の仕掛けは思い出せる。 ストーリー仕立てになっていて、コミカルだけど、それなりに不気味だ。 僕達の番が来た。 乗り物に乗ると、雅樹は「よし!」と言って急に喋りだした。 僕は、ビックリして雅樹の顔を見た。 笑っているけど少し顔が強張っているのを見逃さなかった。 「さぁ、準備はいいか? めぐむ。いよいよだぞ! いいか! ふふふ、あー楽しみ! そうだろ? めぐむ」 「クスクス。雅樹、怖いの?」 「へっ? んなわけねーし……」 「ぷっ。おっかしい!」 僕達を乗せた乗り物は、ゆっくりと入り口に入って行った。 僕と雅樹はずっと手を繋ぎ、次々と現れる仕掛けに不安と期待で胸を躍らせる。 途中、いくつかびっくりポイントがある。 雅樹は、そのたびに小さな悲鳴を上げる。 僕は雅樹の期待したどおりにリアクションにクスッと笑った。 雅樹は、はぁ、はぁ、っと息を荒げながら、「楽しい、いやぁ、楽しいな、めぐむ」とちょっと強がって僕に言った。 それがなんとも微笑ましくて、雅樹をギュッと抱き締めたい衝動を抑えるのに必死だった。 そんなこんなで、僕達を乗せた乗り物はようやく出口に差し掛かった。 僕と雅樹は乗り物を降りた。 雅樹は、ホッとした表情になって、感想を言った。 「いやー。あまり怖くなかったね。あー楽しかった!」 僕は、ニヤリとほくそ笑む。 「あれ、雅樹! 雅樹の後ろに、お化けが、ついて来ているよ!」 「うっ、嘘だろ? めぐむ、変な事言うなよ……」 雅樹は、後ろを振り向いた途端、僕は突然、 「ワッ!」 と大声をだした。 雅樹は、「ヒィー」、と悲鳴を上げて、飛び上がった。 「はぁ、はぁ、びっくりさせるなよ、めぐむ! はぁ、はぁ」 雅樹は、本当にびっくりしたようだ。 ちょっと本気で怒り気味。 「ごめんね。でも、さっきのお返し! ふふふ」 僕は、構わずに言った。 雅樹は、僕を見て、 「ちぇ、やられたな。ははは」 と笑いながら言った。 「じゃ、次は、これで勝負をしよう!」 雅樹は、広げたガイドマップのアトラクションを指さした。 僕はそれを見てすぐに、 「いいよ、負けないよ!」 と受け合う。 そのアトラクションは、乗り物で移動するのは同じだけど、電子銃で敵を撃ってポイントを稼ぐゲームになっている。 僕も雅樹も得意なジャンルだ。 アトラクションがスタートすると、僕達は着々とスコアを重ねていった。 僕と雅樹はいい勝負だ。 この手のゲームは、高得点の敵は見つけにくかったり、すぐに隠れてしまう。 だから、先をしっかりと予想して狙うのが大事。 アトラクションは終盤に差し掛かり、ボスのような敵が現れた。 雅樹のスコアを確認する。 接戦だけど、このまま行けば勝てそうだ。 僕がボスの口に狙いを定め、口を開けるのを今か今かと待ち構える。 すると、雅樹が突然、僕の耳に息を吹きかけ、耳たぶを軽く咥えてきた。 えっ!? 僕は、びっくりして体勢を崩す。 その間に雅樹は、ボスの弱点を打ちまくった。 みるみるうちにスコアが伸びているのがわかる。 なんて、こと……。 僕も慌てて、ボスの弱点を探すが、高得点の的はすべて隠れてしまっていた。 もう! 雅樹は僕の方をみてにやっとしている。 雅樹のスコアは逆転していた……。 アトラクションを出ると、僕は言い張った。 「雅樹、ずるい! あれはなし!」 「ふふふ。反則負けでもいいよ。でも、まためぐむの弱点ポイントを見つけちゃった。ははは」 「もう! 許さない!」 僕は、雅樹の腕をポンポンと叩いた。 「いたた、悪かったって。ははは」 「もう、ああいうエッチな事は、急にやめてよ!」 「あれ? 急じゃなきゃいい訳?」 「減らず口!」 「めぐむがボスなら、俺、結構弱点分かるかもな。ははは」 「そういう、恥ずかしい事、言わないの!」 悪びれもせず、満面の笑みで笑う雅樹。 「まったく、もう!」 怒っていたはずなのに、いつの間にか笑っている自分に気が付いた。 ああ、やっぱり……。 僕は雅樹の笑顔が一番の好きなんだ。 どんどん、見せて、雅樹。 その笑顔。 僕は、少しも見逃さないから!

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