43 / 55
2-22-2 束の間の遊園地(2)
そのままランチを取り、午後は園内をゆっくり散歩することにした。
手を繋ぎ、腕を組み、微笑み合い、楽しい時間がゆっくりと過ぎていく。
あぁ。
なんて、幸せなんだろう。
これで、僕は大丈夫。
きっと、大丈夫……。
ここの遊園地の目玉の一つにパレードがある。
パレードは、軽快な音楽にのせて、大きな山車が順番に練り歩いてくる。
いわば、園全体を使ったショーそのものだ。
山車だけでなく、周囲を彩る踊り子さん達のダンスも魅力的。
そのパレードが始まるということで、僕と雅樹は観覧ポイントへ移動した。
そこで、僕はいい事を思いついた。
「ねぇ、雅樹。どっちがいいパレードの写真が撮れるかで勝負しない?」
「いいねぇ!」
雅樹は、勝負には目がない。
思った通り乗って来た。
「ルールはどうする?」
雅樹が質問してきた。
そういえば、詳しくは考えてなかった。
「雅樹、何かいい案はない?」
「そうだな、じゃあ、自分の方に手を振っているキャラクターの写真で勝負な!」
「いいよ!」
パレードが始まった。
愉快な音楽とともに、デコレーションされた山車が、次から次へとやってくる。
山車に上に乗ったキャラクターやキャスト達は、周りのお客さんにまんべんなく手を振ってくれる。
でも、アピールしたほうが、向いてくれる可能性が高い。
僕と雅樹は、山車が来るたびに大声で声をかけ、思いっきり手を振る。
だけど、なかなかいいタイミングが来ないまま、中盤戦に差し掛かかった。
そこへ、絶好のチャンスが訪れた。
山車が、ちょうど間近に止まったのだ。
「チャンス到来!」
雅樹が叫んだ。
僕と雅樹は、大きくアピールを開始する。
「あっ、あのキャラクター! こっちに向かって手を振っているよ!」
僕は、山車の上にいるキャラクターを指さした。
「お姫様ー! 愛しているよー! こっち向いて!」
パシャ!
雅樹がシャッターを切る。
「ぶっ、何言っているの。よく見て! カエルのお姫様じゃない? ぷぷぷ」
「ちぇっ! いいじゃないかカエルだって、お姫様だろ?」
雅樹は、写りを確認している。
よし! っと小さくガッツポーズ。
そこへ、雅樹が僕の耳元でささやいた。
「あれ、あそこの王子様、めぐむに投げキッスしていないか?」
「えっ?」
僕は、振り向きざまにシャッターを切った。
パシャ!
「あれ? 王子様ってどこ? って、タコの王子様じゃん!」
「ははは。引っかかったな。仕返し!」
「もう!」
僕は写真の写りを確認した。
よし! タコの王子様だけど、写りは申し分ない。
パレードが終わり、結局、カエルのお姫様とタコの王子様の対決となった。
「うーん。これは、引き分けか?」
「そうだね。引き分けだね?」
僕達はお互いの写真を見比べているうちに、笑いが込み上げてくる。
「あの時の、雅樹の顔。ぷぷぷ」
「なに言っているんだ、めぐむだって。タコって知ったときの顔。あはは」
二人そろって、大笑いをした。
ほんと。
雅樹といると、楽しくて仕方がない。
夕暮れ時にさしかかり、そろそろレストランに行こうということになった。
レストランは予約してある。
キャラクターのショーを見ながらディナーが食べれるお店だ。
お店に入ると、なかなかいいテーブルに通された。
ステージが近い。
まずは、炭酸水で乾杯。
今日はすこし奮発して、コース料理を注文。
だから、二人してわくわくが止まらない。
「めぐむ、すごい楽しみだな!」
「うん!」
色合いが工夫された、オードブル。
つづく、美味しいコンソメスープでほっぺが幸せになり、数品出てきて、いよいよメインのお肉。
雅樹は、一口食べて歓声を上げた。
「ん! 美味い!」
「うん。お肉柔らかい。美味しい」
つづく、デザートにも驚かされる。
「やばい、このケーキもうまい!」
「ほんとうに、最高!」
ああ、幸せ。
雅樹と、こんなコース料理を食べれるなんて……。
ちょうど、食事が終わったところで、ショーが始まった。
「レディース・エンド・ジェントルマン!」
キャラクターのショーとはいえ、大人も楽しめる構成になっている。
お客さんに合いの手や、手足をつかった簡単な動作を求めてくる。
キャラクターのダンスとシンクロして会場全員を巻き込んで盛り上げる。
気分が乗ってすごく楽しい。
前振りのダンスが終わり、メインイベントが始まったようだ。
ステージの司会者が会場のお客さんに向かって問いかけた。
「お客様のなかで、手伝っていただける方はいますか?」
犬をモチーフにしたキャラクターのアシスタントを募集している。
雅樹は、僕の耳元でささやく。
「あれって、選ばれると出演者にいじられて、笑われちゃうやつだよね?」
「そうそう」
お客さんをいじって会場を沸かす、定番の盛り上げ方だ。
「どなたかいませんか? では、そこのあなた、お願いできますか?」
突然、雅樹が指名された。
雅樹は、「えっ、俺ですか?」と聞き返している。
こうなると、断るのは勇気がいる。
雅樹は、僕の顔をみた。
僕は、「頑張ってきてね、ご愁傷様」 と小声で応援した。
雅樹は「しょうがないか……」と言うと、ステージに上がって行った。
雅樹は、簡単な動きを教えてもらっているようだ。
そして、犬耳をつけると、キャラクターと一緒に踊り始めた。
いま覚えたとは思えないほどの切れのある動き。
さすが雅樹!
運動神経抜群で、キャラクターと見事にシンクロしている。
ステージの司会者も驚いた様子。
「すごい上手です。会場の皆さん、拍手を願いします!」
会場は大いに盛り上がった。
うんうん。
僕も鼻が高い。
雅樹は僕の方をみて、どうだ、という顔をしている。
僕は、グッジョブのサインを送った。
ステージの司会者は、さらに会場に問いかけた。
「それでは、もう一人手伝っていただける方はいらっしゃいますか?」
今度は、ネコのキャラクターのアシスタントのようだ。
司会者が会場を見回している。
さすがに同じテーブルから選ばれることはないだろう。
っと、僕はたかをくくっていた。
すると、ふと、司会者と僕の目が合ってしまった。
これは、やばい……。
「……それでは、そちらのお嬢さん、お願いできますか?」
はぁ。やっぱり……。
ということで、僕もステージに上がることになってしまった。
雅樹は、にやにやと、嬉しそうにこちらを見ている。
人の気もしらないで!
僕は、雅樹と違って、運動神経がないんだぞ!
僕は、ステージの端で、踊り方を教えてもらうのだけど、さっぱりわからない。
そうこうしているうちに、「それでは、ステージに上がりましょう!」と、猫耳をつけられた。
ステージに上がると、目の前には、大勢の人。
一手に注目を浴びている……。
ああ、こんなところで、本当に踊るの?
横目で雅樹を見ると、にっこりと笑いながらグッドサインを出している。
ああ、もう!
「はい、それではミュージックスタート!」
と、司会者の声がかかる。
曲が始まり、お客さんの手拍子。
もう、どうにでもなれ!
僕は、無我夢中で踊り始めた。
恥ずかしい。
こんな大舞台で踊るなんて、いつ以来?
きっと、幼稚園の劇とかだよ……。
しばらく、踊っているいると、ある異変に気が付いた。
あれ?
なんだか、僕ってお客さんの手拍子に乗れている?
ステージの上で一緒に踊っている雅樹も僕を見て「やるな!」という顔つき。
後で分かったことだけど、素人のぎこちない動きが、可愛らしく見えるようになっているらしい。
「とても可愛いです! 会場の皆さん、お二人に盛大な拍手を願いします!」
大きな拍手が起こった。
どうやら僕達は、無事に主催者の希望通りに演じられたようだ。
ホッ、としてステージを降りると、前に出てきていた小さい子供達が「お姉ちゃん、かわいい!」って声をかけてくれた。
僕は、微笑みながら「ありがとう!」と頭を撫でてあげた。
テーブルに戻ると、雅樹とハイタッチをした。
「めぐむ、よかったぞ! 可愛かった!」
「ありがとう。雅樹もカッコよかったよ!」
体を動かしたからか、気持ちも高揚してテンションが最高潮。楽しい。
雅樹と一緒に、こんな人前で踊れるなんて!
ああ、最高の思い出……。
ステージは最後まで盛り上がり、楽しいうちに、僕達はレストランを後にした。
辺りはすっかり暗くなり、あちらこちらで電灯がともっている。
夜の遊園地。
これはこれで、幻想的な雰囲気……。
僕達は、手を繋ぎながら、ゆっくりと出口へ向った。
「ねぇ、雅樹。今日はありがとう。本当に楽しかった!」
「俺もとても楽しかったよ!」
夜空を見上げた。
星がキラキラ輝いている。
よし! 大丈夫だ。
どんなときだって、この気持ちが支えになってくれるはず。
僕は、目をつぶり今日一日のことを思い起こした。
雅樹は、突然、話を切り出した。
「なぁ、めぐむ。何かあったのか? 最近、元気がなかったように見えたけど……」
ドキッ……。
さすが、雅樹だ。
見透かされている。
いつでも僕のことを見ていてくれる。
だからこそ、僕の些細な変化に気づいてくれるんだ。
嬉しいけど、今日だけは気づかないで……。
「ううん、大丈夫だよ、雅樹」
「今日だって、ちょっとはしゃぎ過ぎだったような気がしたから……ちょっと気になったんだけど……」
やっぱり、雅樹だ。
僕のことは、なんでもお見通し。
嬉しい。
本当に嬉しいよ。
嬉しくて、涙がでてくる。
だめだ。
この涙を雅樹に見られては……。
唇を噛んでグッとこらえる。
こらえるけど、涙が溢れてくる……。
だめ!
僕は、雅樹の手をすり抜けて、雅樹に背を向けた。
「大丈夫、何かあったら相談するから……」
僕は、辛うじてそう言うことができた。
でも、僕の頬には、涙が伝わっていた……。
ともだちにシェアしよう!