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2-23-3 ある事件 再び(3)

何が起こったのか……わからなかった。 急に僕は地面に倒れた。 豪間先輩に突き飛ばされた。 そう思った。 でも、横には豪間先輩も倒れている。 状況がつかめない。 意識がもうろうとしている。 僕は起き上がろうとしている、かもしれない。いや、している。 ふと、目の前に人の顔が映る。 僕は目を見開いらいた。 そこで目に入ったのは……。 雅樹……。 僕のことを覗き見る、雅樹の姿があった。 「……どうしてここに雅樹が……」 雅樹は、僕を抱き抱えながら起き上がらせてくれた。 「めぐむ、大丈夫か?」 「うっ、うん」 「説明は後だ」 雅樹は、そう言うと、今まさに起き上がろうとしている豪間先輩の前に立ちはだかった。 豪間先輩は、呻きながら、ゆっくりと立ち上がる。 片頬が真っ赤の腫れ上がっている。 雅樹がしたの? 豪間先輩は、頬を押さえながら周囲を見回した。 そして、自分を殴ったのが目の前にいる男、雅樹だと気付いたようだ。 「いてて……おい、てめぇ、一体何者だ? てめぇが殴ったんだな? ん? 何処かで見た事がある顔だな……」 眉をひそめたが、すぐにピンときたようだ。 「ははん、お前、こいつと一緒に写っていた男だな。こいつの彼氏か? いや、元彼氏だな」 「何?」 雅樹は、『元彼氏』に反応した。 「そうさ。こいつは、俺と付き合う事になっているんだ。だからお前は、元彼氏って事だ。ひひひ」 雅樹は、驚いて僕の方を見た。 「本当か? めぐむ」 「ううん、違う!」 僕は、声を荒げて豪間先輩に言った。 「豪間先輩! 約束したじゃないですか! デートをすれば見逃すって……」 「俺は、そんな約束した覚えねぇぜ。ただ、デートに誘っただけ。で、お前は、ホイホイ付いてきた。尻軽女、いや尻軽男か、ははは」 「汚い……」 僕は、悔しくて唇を噛んだ。 「あっと、そんな言葉を彼氏に使っていいのか? この写真をばらまくぞ。ほらっ」 豪間先輩は、僕達の前に例の写真を放り投げた。 雅樹は、それをスッと拾い上げた。 そして、ちらっと見て、目を見開いた。 「なっ、この写真!」 「ははは。どうだ。こいつの女装姿。それに、お前も一緒の写真もあるぞ。これを学校にばらまくとどうなるかなぁ。お前達は、学校にいずらくなるんじゃないのかなぁ。ひひひ」 豪間先輩の気持ちの悪い笑い方。 雅樹は、僕の方を見た。 「……こいつで、脅されていたのか? めぐむ」 僕は、コクリとうなずいた。 豪間先輩は、動揺する僕達を満足そうに眺めて言葉を続けた。 「ははは。お前達の男同士のいやらしくてやましい関係があらわになるんだ。大人しく言う事を聞くのが身のためだぞ」 「うっ、うう……」 ぽたりと涙が落ちる。 結局、何も解決出来なかった。 僕は、無力だった……。 豪間先輩は、僕が悔しがる姿を満足げに眺め、雅樹に向き直った。 「さてと、元彼氏さん。お前、さっきはよくも殴ってくれたな。あん! おー痛てて」 「……」 「慰謝料はたんまりといただくぜ。その前に、一発殴らせろや」 豪間先輩は、雅樹に詰め寄る。 そして、胸ぐらを掴んだ。 「まっ、雅樹……」 僕の心配をよそに、雅樹は冷静な声で言った。 「おい、お前。確か、豪間って言ったか。汚い手で俺に触るな」 「あん? お前、まだ状況がわかってないようだな? お前の顔もしっかりと写っているんだよ! ばら撒かれてもいいのか? 大人しく殴られておけ! 金もたんまり払ってもらうけどな!」 豪間先輩は、拳を固めて雅樹を殴る体勢を取った。 「やっ、やめて!」 僕は、手で顔を覆い叫ぶ。 「オラー!」 豪間先輩の声。 すぐに、ドカッっと鈍い音がした。 まっ、雅樹……。 僕は、恐る恐る手をどかすと、そこには平然と立つ雅樹の姿。 一方、豪間先輩は、地面に倒れていた。 えっ? 雅樹が豪間先輩を殴ったの? 豪間先輩は、ぽたぽたと垂れる鼻血を手の甲で拭いた。 「きっ、きっ貴様! こんな事をして、ただじゃ済まないぞ!」 「はっ? ただじゃ済まないのは、どっちだ?」 「へっ……」 雅樹は、ポケットからスマホを取り出した。 「このスマホに、お前がめぐむにした行為の一部始終を動画に収めてある」 「なっ、何だと!?」 動揺する豪間先輩。 雅樹は、恐ろしいほどの冷静な口調で話し始めた。 「こいつをばら撒くとどうなるのかな? 豪間先輩」 「うっ……」 「後輩の男子生徒に対する性的行為。そうだな。まず、あんたの進学に響きそうだな」 「くっ……」 「いや、それどころじゃない。退学か?」 「なっ……」 「いやもっとか。警察沙汰で少年院送りだな。立派な犯罪だもんな」 「はぁ、はぁ……」 雅樹がそこまで話すと、豪間先輩は先程のイキがっていた姿は見る影もなく、恐怖に顔を歪めていた。 そして、震える両手を地面に付いた。 「もっ、申し訳、有りませんでした。許して下さい。この通りです」 「……許す? 豪間先輩、あんた、誰に謝っているんだ? 謝る相手が違うだろ?」 雅樹は、豪間先輩の土下座を見下ろし、凄味をきかせた。 豪間先輩は、慌てて僕に向き直る。 「あっ、ごめんなさい。許してください。どうか、どうか……」 地面に額を擦り付ける豪間先輩。 雅樹は、僕に目配せをした。 僕は、うんとうなずいた。 「豪間先輩、めぐむは許しても、俺はあんたを絶対に許さない。今後、少しでもおかしな事をしてみろ、すぐに警察へ通報するから覚悟しておけ!」 「はっ、はぁあ」 「失せろ! 二度と俺達の前に姿を見せるな!」 雅樹の恫喝に、豪間先輩は一目散に逃げ出した。 雅樹は、豪間先輩が去っていくのを確認すると、僕に近寄った。 「まったく、クズだな、あの、豪間ってやつは。めぐむ。大丈夫だったか? 怪我はない?」 「大丈夫……それより、雅樹。一体、どうしてここに!?」 僕は、事の顛末をあっけに取られて見ていたが、そもそも、どうしてここに雅樹がいるのか皆目見当がつかない。 雅樹は、すこし恥ずかしそうに、ほっぺをポリポリとかきながら答えた。 「えっとなっ、俺、今日、ずっとめぐむの後をつけていたんだ。ほら、めぐむ、今日のデートを断わっただろ? 何か最近のめぐむ様子が変だったから気になって……」 そっか……。 そうだったんだ。 僕の事を心配して。 ホッとした途端、豪間先輩の恐怖から逃れられたという安堵の念が猛烈な勢いで襲ってきた。 涙が溢れてくる。 「うっ、うう。雅樹! ありがとう! 助けてくれて」 僕は、雅樹に飛びつき泣き崩れた。 雅樹は、僕の頭を優しく撫でながら抱きかかえてくれた。

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