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サイドストーリー2 めぐむキューピッド(2)

僕は、スマホのマップを何度か確認して目的地まで辿り着いた。 ゲーム、書籍、レンタル、ラーメン、カフェ、ドラッグストアなどの店舗が集まった郊外型の商業施設。 その一角に、ファニーファクトリーを見つけた。 可愛らしいレンガ風の店舗。 看板には、『ファニーファクトリー』のポップロゴ。 ショーウインドーには、かわいいフェミニンの服に身を固めたマネキンが飾られている。 ああ、これは女の子だったら憧れるお店だな。 僕でも、こんなにウキウキしている。 僕は、さっそく店舗の入り口の扉を開いた。 カランコロン。 「いらっしゃっいませ!」 奥の方から店員さんの声。 僕は、店員さんに近づき挨拶をした。 「こんにちは、あの、ムーランルージュから来ました」 店員さんは、僕の姿を確認する。 「あれ? アキさんの使いの人って、めぐむか」 「えっ? 僕を知っているのですか?」 僕は驚いて聞き返す。 「知っているも何も。分からない?」 白いトップスに、シンプルな黒のエプロンドレス。 ナチュラルメイクに、無造作なまとめ髪。 うーん。 あれ? でも、小顔で可愛らしいパッチリお目々。 どこかで見たような……。 「あれ? もしかして、ヒトミさん?」 ヒトミさんは、満面な笑みを浮かべる。 「あたり!」 ヒトミさんは、ムーランルージュのキャストさんだ。 僕は、スタッフルームで着替える時など、よく世間話をして談笑したりする。 たぶん年齢も近いのだろう。 話が合う。 そのヒトミさんは、お店では色っぽくて、僕が憧れる人の一人だ。 「全然わかりませんでした。お店ではすごく大人っぽい格好ですし」 「ははは、そうだよね。ボクは、普段はこんな格好なんだ」 僕は、素直に感想を述べる。 「可愛いですね」 「ありがとう。でも、お店では色気を出さないといけないからさ。ははは」 ヒトミさん、プライベートでは『ボク』って言うのか。 なんか新鮮! 僕は、お店を見回して言った。 「ところで、かわいい洋服がたくさんありますね。これなんか物凄くかわいいです」 僕は、肩肘にフリルの入ったワンピースを指差す。 「あっ、それ気に入った? それ、ボクの手作りなんだ」 「えっ! 本当ですか。すごいです!」 「えへへ。照れるからよしてよ」 ヒトミさんは、片目をつぶり頭を掻くポーズをとった。 ああ、なんかキュンとくる。 いつもの色っぽいヒトミさんとのギャップがすごい。 おちゃめなでかわいい人なんだ。 カランコロン。 入り口の扉がキーと開いた。 「いらっしゃいませ!」 ヒトミさんは、入り口に向かって声をかけた。 入ってきたのはスーツ姿の上品な感じの人。 紳士。 というには、すこし若すぎるかもしれない。 面長の精悍な顔つき。 その紳士は、一直線に僕達の方へ向かって来た。 僕に一瞥して、すぐにヒトミさんに向かい合う。 「ヒトミ君、お返事は頂けないですか?」 低く甘い声。 ヒトミさんは、その紳士の顔をじっと見つめていたけど、恥ずかしそうにうつむいた。 「だから、ボクはお断りしたじゃないですか。この店もありますし、ムーランルージュも有りますから……」 それでも、紳士は引き下がらない。 「でも、我が社はあなたの才能が必要なのです。考え直してくれませんか?」 「タカシさん、今、接客中なんです。お引き取り願えませんか?」 ヒトミさんは、紳士を上目遣いに見上げた。 紳士は、唇を噛みしめる。 そして、ゆっくりと目を瞑って頷いた。 「分かりました。今日のところは引き下がりましょう」 紳士は、僕の方を見た。そして、軽く会釈をした。 「失礼致しました。私は、こういうものです」 名刺? 僕は、差し出されるがままに受け取った。 軽く会釈を返す。 紳士は、ヒトミさんの方をちらっと見て微笑む。 「それでは、また来ますヒトミ君」 ヒトミさんはうつむいたまま黙っていた。 僕は紳士を見送り、名刺を読んだ。 野村 隆司(のむら たかし) だから、タカシさんか。 会社名は、っと。 ん? 聞いた事があるような会社名。 「あっ、これって……」 僕は、思わず声を上げる。 横からヒトミさんの声。 「うん。大手のアパレルメーカー。で、あのひと、タカシさんって言うんだけど、デザイナーのスカウトマンなんだ」 ということは、ヒトミさんをデザイナーとしてスカウトしに来たって事? 僕は目を見開いて、ヒトミさんの手を取った。 「ヒトミさん、すごいじゃないですか!」 「なんか海外向けに新しいブランドを立ち上げるとかで、デザイナーとして誘われているんだ」 「やったじゃないですか、ヒトミさん。ブランドデザイナーですか。カッコいいですね」 ヒトミさんは手を横に振りながら、イヤイヤと言って、謙遜する。 「でもさ、ボクは今のままがいいからさ。断わろうと思って」 「どうしてですか! ヒトミさん、こんなに可愛いお洋服作れるのに」 「うん。別にデザイナーになりたくないって訳じゃないんだ。ボクの夢だし。それに腕を認められているっていうのは素直に嬉しい。だけどねぇ……」 ヒトミさんはそう言うと、眼差しを遠くの方に向ける。 きっと素直に受けられない深い理由があるんだ。 これ以上、僕なんかが立ち入るのははばかれる。 ヒトミさんは、思い出したように言った。 「あっ、そうだ。これね。浴衣コス3着。これを大至急ムーランルージュへ届けてね。本当は僕が届けるはずだったのだけど、アキさんから急に必要になったって連絡があってさ」 ヒトミさんは、一着を広げて見せた。 浴衣というより、浴衣をイメージした衣装。 柄も華やかだし、帯のデザインも凝っている。 僕は別の一着を手に取り、自分の体に当てて鏡を覗き込む。 すごく、可愛い。 でも、ちょっと丈が短い。いや、だいぶ短い。 「可愛いです。でも、こんなに短かったら、見えちゃいそうです」 「何言っているの、めぐむは。このくらい露出があった方が、大人かわいいから。お客さん受けもいいしね」 ヒトミさんはそう言うと、広げた衣装を畳み始めた。 僕も手にした浴衣を戻した。 「そうなんですか。勉強になります!」 「あはは、真面目だな、めぐむは。じゃあ、よろしくね」 「分かりました」 僕は、ヒトミさんから衣装を入れた袋を受け取り、ファニーファクトリーを出た。 僕は、美映留中央駅に向かって歩きだす。 それにしても、ヒトミさんってすごいな。 あの若さで、大手アパレルメーカーからスカウトか。 そういえば。 ヒトミさんの言っていたこと。 デザイナーに誘われている事は、まだ秘密って。 もし、デザイナーを受けるんだったら、ムーランルージュのキャストはきっと辞めるんだよね。 どうするんだろう……。 僕は、目の前に見えた駅の階段を上り始めた。

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