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サイドストーリー2 めぐむキューピッド(3)

ムーランルージュへ戻ってきた。 「ただいま戻りました!」 僕がスタッフルームに入ると、アキさんが奥から出てきた。 「めぐむ、ありがとう! ヒトミのところのお店いいでしょ? 可愛い衣装が多いのよ」 僕は、袋をアキさんに手渡した。 アキさんは、一着一着広げては、うんうん、と頷いている。 どうやら、アキさんの御眼鏡にかなったようだ。 「夏祭りイベントですか?」 「うーん、今月は水着イベントを企画中。そうね。来月にでも浴衣イベントやろうかしら」 「華やかでいいですね」 あれ? なんだっけ? なにか引っかかる。 でも、思い出せないくらいだ。大したことはなさそう。 それより。 ヒトミさんのこと。 僕は、アキさんに尋ねた。 「あの、アキさん。ヒトミさんってどんな人なんですか?」 「あれ、めぐむは、ヒトミと仲良かったんじゃなかった?」 アキさんは、不思議そうな顔をする。 「はい。そうなんですけど、そのお洋服のこととか知らなかったので……」 「あぁ、そういうことか」 アキさんは、一呼吸入れて説明し始めた。 「ヒトミの本職はあっちなの。服作り。で、こっちは、副業なのよ」 「副業ですか。ヒトミさんなら、本業だけでも十分稼げるような気が……」 「そう思うでしょ? でも、ヒトミはさ、『自分で作った服のお客さんの反応を確かめたい。作品に活かしたい。だから、働かせてくれ』って真面目な顔で言うのよ。ふふふ」 アキさんは続ける。 「だから、ムーランルージュのデザイナー兼キャストとして雇ったの。でも、あの子凄いわよ。どんどん指名もらっちゃって。こっちの才能もあるのよ。助かっているわ」 僕は、思わず声を上げる。 「ヒトミさんって、すごい!」 アキさんは、うん、うん、と頷く。 そっか、もし、ムーランルージュを辞める事になったら、お店も困るだろうな。 僕はそんなことを心配していたけど、はっとした。 そうだ! クロ君の事、早くシロに伝えなきゃ。 僕はカバンを肩にかけると、急いで出口に向かった。 「それでは失礼します! アキさん!」 「はい、またね、めぐむ」 アキさんの声が遠くに聞こえた。 僕は、チェリー公園のベンチに腰掛けた。 「どうせ近くにいるんでしょ? シロ」 僕が目をつぶっていると、誰かが声をかけてきた。 「おっ、どうした? めぐむ。暇そうだな」 相変わらずの生意気な口調。 間違いない。 僕が目を開けると、そこにはやっぱりシロの姿。 いたずらっ子の目つきで、腕組みをしている。 あれで、カッコつけているつもりなんだ。 クスっ。カワイイ。 僕は、コホンと咳払いをした。 「あっ、そんな言い方すると、いい事教えてあげないよ!」 シロの顔付きが変わる。 「何だよ。いい事って?」 僕の横にちょこんと座る。 ふふふ。 ほら、食いついた。 シロは、この手の誘いに弱いんだ。 「話してあげようかな、どうしようかな」 「何だよ、めぐむ! もったいぶって。まさか、イカ焼きか?」 「違うよ。でも、もっといい事かな」 僕は、もったいぶって片目をつぶった。 「イカ焼き以上にいい事なんかあるか?」 シロは、腕組みをした。 クスッ。 そんなシロの鼻を明かすのが楽しみ。 「うふふ。イカ焼き以上にシロが好きな物。なーんだ?」 「そんなもの、あったか? イカ焼き以上に俺が好きなって……まさか」 シロは、はっとして、わなわな震えている。 「その、まさかだよ!」 「リクか? どこにいるんだ」 シロのうろたえた顔。 想像以上。 興奮して僕の肩をゆすり始める。 「ちょっと、まってよ、シロ! ここにはいないよ」 「なんだ、いないのか」 シロは、ガクッと肩を落とした。 「そうだよな。遠くに引っ越ししたんだからな……」 ぶつぶつ言う声が聞こえる。 あまり意地悪をしても可哀そうだ。 僕は、シロに言った。 「でも、リク君が居るところは知っている」 「本当か?」 シロは、目を大きく見開く。 「本当。だって、今日会ったから」 「本当か? 確かにめぐむから、心なしかあいつの匂いがする……」 シロは、鼻をクンクンさせると、いきなり僕に飛びついてきた。 「ちょっと、シロ……あっ、ちょっと……」 びっくりして仰け反る僕に、シロが覆いかぶさる。 シロの愛撫。 あぁ、シロったら。 「シロ、首筋舐めないでよ、あっ、だめ」 「あぁ、リクの匂いだ。めぐむ、キスさせろよ!」 シロは、興奮している。 でも、見境が無いわけではない。 「リク君の身代わり? しようがないなぁ」 僕は、にっこり微笑みシロの頭を撫でてあげた。 シロは、僕の唇に唇を重ねる。 そして、吸い付く。 んっ、んっ、ぷはっ。 「リク、好きだ、リク、リク!」 クスっ。 シロったら、リク君のこと本当に好きなんだね。 身代わりと分かっているんだけど、こんなに愛されたらキュンときちゃうよ。 もう、シロは! 可愛いんだから! あれ? 気づくと、シロは僕の胸元に手をスッといれている。 そして、乳首をまさぐり始める。 「えっ、シロ……乳首は触っちゃダメ……お願い。はぁ、はぁ」 僕は、声を上げた。 シロは、はっ、としたようだ。 慌てて手をひっこめた。 「悪い。ちょっと、興奮してしまった。ははは」 シロは、照れ笑いをした。 「まったくもう。危なく浮気になるところだった」 「浮気? そんな事にはならないさ。だって、俺とめぐむは……なんでもない……」 シロは、何かを言おうとして思いとどまった。 僕は、口を尖らせて文句を言う。 「シロ! 親友だって、超えてはいけない一線はあると思うよ」 「親友? あぁ、そうだな。うん。わかった、わかった。悪かったよ」 シロは、素直に頭を下げた。 僕は、一転してにっこり微笑む。 「うん。分かればよろしい! ふふふ」 僕とシロは、ベンチに座り直した。 シロは、言った。 「で、リクは、どうだった? 元気してたか?」 「うん。とっても元気そうだった。あっ、そうそう、今は名前が変わってクロって名前になったんだって」 「そっか、名前をつけて貰ったか。良かったなリク。いや、クロか」 あれ、クロ君も同じような事言っていたような……。 「それで、クロはどうだった?」 「どうだったって?」 シロは、何やらもじもじしている。 らしくない。 「そのなんだ、他にカッコいい奴が近くに居たとか?」 「ははーん。もしかして、新しい恋人がいるのかどうか気になっている?」 シロの顔が真っ赤に染まる。 図星だったみたい。 「ちっ、違うよ! ほら、ちゃんと友達が出来たかどうかだな。あいつ人見知りだし、引っ込み思案というか、まぁ確かにかわいいけどよ」 「あはは。シロったら可笑しい。しどろもどろになっているよ」 ああ、動揺しているシロ。 かわいいすぎる。 「ねぇ、ねぇ、シロ。顔真っ赤だよ、図星なんでしょ? あはは」 「うるせー。ところで何で俺の頭撫でるんだよ!」 「だってさ、可愛いから。思わずね。ふふふ」 僕は、シロに提案した。 「ねぇ、シロ、クロ君に会いたい?」 シロは、ピクっと体を動かす。 「まぁ、少しな……」 「僕が連れて行ってあげる、って言ったらどうする?」 シロは、僕の顔を穴が空くほど見つめた。 「えっ? 本当か! あっ、めぐむがよ、どうしてもっていうんだったらな」 「でも、ちょっと遠いんだ……」 そうなんだ。 猫にはちょっと遠い。 美映留中央までの道のりなんだ。 「遠いのか……そっか。じゃあ、無理かもな」 シロは目を細める。 「ちょっと乗り心地悪いけど、僕の自転車で良かったらさ」 「自転車かぁ」 「ごめん、僕が出来るのは、これが精一杯なんだ」 「確かに、あれは乗り心地悪いな……」 シロは、残念そうな顔をした。 「やめようか?」 「で、いつ行くんだ? 今すぐか?」 シロは、すくっと立ち上がり、お尻の砂をパンパンと払った。 「ぷっ、もうシロは! 行く気満々じゃない。素直じゃ無いんだから!」

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