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サイドストーリー2 めぐむキューピッド(4)

今日は、夕方から雅樹とデート。 夏休みだから、ぱあっと遊園地とかに遊びにいきたいけど、雅樹の休みがなかなか取れない。 「ごめんな……」 雅樹はそう謝るけど、仕方のない事だ。 僕はそのかわり、 「時間が空いた時に会って欲しい。ダメ?」 と、おねだりをして部活帰りの雅樹を捕まえる事に成功した。 というわけで、今日の夕方から雅樹と映画に行く事になっている。 それで、ちょっと早いけどムーランルージュへ着替えをしにやってきた。 「おはようございます!」 僕がスタッフルームに入ると、ヒトミさんがソファで休んでいた。 「おはよ。やぁ、めぐむ」 「あっ、ヒトミさん。早いですね」 「まぁね、今日は水着イベントの衣装合わせだったのよ」 「へぇ、そうなんですか」 ヒトミさんは、紙袋からイベント用の水着を取り出し僕に見せた。 ちょっと前まで、マネージャーのユミさんと打ち合わせをしていたらしい。 なるほど。 だから、いつものお店に出る格好じゃないのか。 そう、ファニーファクトリーで見たラフなファッション。 でも、ヒトミさんってナチュラルなコーデもとても可愛くて、僕の服選びの勉強になる。 やっぱり、デザイナーとしてのセンスが如実にあらわれているんだ。 ヒトミさんは、ああ、そうだ、と言うと手を叩いた。 「めぐむさぁ、時間ない? ちょっと、お茶でもどうかな?」 ヒトミさんにお茶に誘われるのは初めて。 僕もちょっとここでは口に出せない事を聞きたかったんだ。 僕は、二つ返事で答える。 「いいですよ。行きましょう! あっ、女装した方が良いですか?」 「あっ、そのままでいいよ」 「はい」 僕とヒトミさんは連れ立って、ムーランルージュを出た。 近くのカフェに行こう、となった。 ヒトミさんは、スッと僕の手を握る。 「えっ?」 僕は少しびっくりした。 「恋人同士に見えるかな。あはは。あっと、めぐむには彼氏がいるんだっけ?」 「はい」 「じゃあ、見られたらまずいね」 ヒトミさんは、遠慮気味に手を離そうとする。 でも僕は、捕まえて離さない。 「いいえ、大丈夫だと思います!」 「そっか」 ヒトミさんの手って柔らかい。 何だか、本物の女の人と手を繋いでいる様で緊張する。 「あの、ヒトミさんこそ、付き合っている人に見られたら?」 「あぁ、ボクは大丈夫。そんな人、居ないから。ああ、でも男装のめぐむは、結構好みかも……」 「えっ!」 僕は、驚いてたじろぐ。 「あはは、冗談よ、冗談! でも、好きな人は居るんだけどね」 ヒトミさんは、大笑いをした。 もう! ヒトミさんったら! そうこうしているうちにカフェに到着。 「さあ、入ろうよ」 「はい」 席に着くと、最近流行りのファッションの話で盛り上がった。 ヒトミさんのコメントは、色々な視点からの評価があって本当に勉強になる。 「だから、ボトムスにアクセントを付けると男性への明確なアピールになるわけ」 「へぇ、そうなんですか」 こういった話をしていると、自分が『男性』側だって事をつい忘れてしまう。 男性イコール『雅樹』に置き換えてしまうからだ。 「彼はミニが好きなんだっけ?  例えば、いつもミニばかり穿くとここぞの時にアピール不足。わかる?」 「はい。分かります。だから、下着を工夫するようにしています」 「インナーも大事ではあるんだけど……」 ヒトミさんは、言葉を続ける。 「つまり、彼の好きな格好だけじゃ無くて、彼がドキッとしそうな部分を見つけて意図的にアピールするの。難しいんだけど、彼をちゃんと見ていればヒントはあるから。例えば、トップスなら、後ろ姿を意識して背中や脇のライン。ボトムスなら、パンツとサンダルの組み合わせで脚線を意識させるとか」 「なるほど、意識させるのがポイントなんですね……」 ヒトミさんは、「うんうん」と、頷いてアイスコーヒーをチューっと飲む。 少し会話の間が出来た。 そうだ。 ヒトミさんは、デザイナーを引き受けるのだろうか? ムーランルージュを辞めてしまうのだろうか? 僕がタイミングを見計らっていると、先にヒトミさんが話し始めた。 「で、彼氏君とはどんな付き合い方しているの?」 ヒトミさんは、アイスコーヒーの氷をストローでつつく。 あまりにふわっとした質問に、頭の中がハテナになった。 「付き合い方ですか……多分普通だと思います……」 「やっぱり、男女の関係は、女装してる時だけ?」 「えっと、その、あれの事ですか?」 男女の関係。 そうつまり、きっとエッチの事だ。 僕は、思わずエッチをしている時の雅樹の表情が浮かんで、顔が熱くなる。 ヒトミさんは、僕の表情を見て申し訳無さそうな顔をした。 「うん。あっ、ごめん。変な事、聞いちゃったかな?」 「いいえ、大丈夫です!」 同世代の人と男同士のエッチの話をする。 ああ、なんか新鮮。 初めての体験に、僕は少し興奮気味に話した。 「そうですね、雅樹、あっ、彼の名前です。あまり女装は関係無いですね。あっ、でも、男の格好でもやっぱり可愛い格好の時の方が、その、激しいです」 同じ秘密を共有しているようで、ワクワクして、つい口が軽くなる。 「へぇ、素の男同士でもしちゃうんだ?」 ヒトミさんは、驚いた顔をした。 僕は、照れながら答えた。 「えっと、しちゃいます……」 「へぇ、そうなんだ。ボクとは違うんだな……」 ヒトミさんは、なるほど、なるほど、と感心して腕組みをした。 ヒトミさんは口を開いた。 「ボクはさ、自分が完璧だって思う女装の時が、本当の自分だって思うんだ。だから、その時のボクを愛して欲しい」 なるほど。 確かに僕とは違う。 でも、ヒトミさんの言いたい事は分かる。 本当の自分を愛して欲しい。 そういうことなんだ。 根の部分は僕と同じ。 僕は、相槌を打つ。 ヒトミさんは、上目遣いに僕を見て言った。 「ところで、この間の男の人、どう思った?」 「ファニーファクトリーにスカウトに来た人ですか? 確か、タカシさん?」 「そうそう」 タカシさん。 僕は、先日のファニーファクトリーで見た印象を思い起こす。 第一印象は、優しくて真面目そうな人。 歳は、30才台前半ぐらいだろうか。 落ち着きがあって、大人の雰囲気を感じさせられる。 顔は、面長でキリッとしていて黒ぶちメガネが良く似合う。 体型は、背が高くてすらっとしているから、スーツ姿がドキっとするほどカッコいい。 何といっても、ヒトミさんを見る目つきはとても優しくて、発せられる声は低くて甘いのだ。 思い出すと、僕までうっとりとしてしまう。 「そうですね。紳士的でカッコよかったです」 「うんうん、やっぱりそう思った?」 「はい」 僕のコメントを聞いて、ヒトミさんは目を輝かせる。 そして、昔を懐かしむように言った。 「あの人、タカシさんは、昔ムーランルージュの常連だったんだ」 「へぇ、そうだったんですか」 「ボクの事、気に入ってくれてよく指名してくれた」 「ヒトミさん、綺麗ですから」 僕は、素直に言った。 ヒトミさんは、少し照れたようだ。 「ありがとう。でも、ボクがデザイナー目指しているって知ったとたん、お店に来なくなっちゃった」 「そんな事って……」 「その代わり、ファニーファクトリーの方に顔を出すようになって、あの通り。ボクの腕が欲しいって、スカウトに来るようになった」 ヒトミさんは、打って変わって切ない表情を浮かべた。 でも、せっかくスカウトの話になったんだ。 この機を逃すことはない。 僕は、思い切ってヒトミさんに尋ねた。 「ヒトミさん」 「何?」 「どうして、デザイナーのお仕事、受けないんですか?」 僕は、真剣なまなざしでヒトミさんを見る。 でも、ヒトミさんは、僕の視線をはずして、苦笑いをした。 「どうしてだろう。やっぱり、おかしいよね? 自分でもおかしいと思う。いい話なのに……」 僕は、ずっと感じていた事を口にした。 「もしかして、ヒトミさん。あの人の事、タカシさんのことを好きなのではないですか?」 「やっぱり、わかっちゃう? うん。好き。大好き。きっと、愛しているんだ。でも、あの人は、ボクじゃなくて、ボクの腕を欲しがっている。だからかな、なんか悲しいんだ……」 ヒトミさんは、今にも泣きそうな目をした。 仕事の腕なんて関係ない。 まずは、自分を愛して欲しい。求められたい。 でも、愛する人に、仕事の腕を認められたのは何よりも嬉しい。 そんな、複雑な気持ちなんだ……。 ヒトミさんは、ふと時計を見た。 「あっ、そろそろ戻らなきゃ。ありがとう、めぐむ。お茶付き合ってもらって」 「いいえ、こちらこそ」 僕とヒトミさんは、席を立った。 再び手を繋いでムーランルージュへ歩きだす。 ああ、そうか。 ヒトミさんは、このことを僕に相談、ううん、誰かに打ち明けたかったんだ。 僕でも、すこしは役に立ったのかな? 僕は、繋いだ手にヒトミさんの体温を感じながらそう思っていた。

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