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サイドストーリー2 めぐむキューピッド(5)
数日後のとある昼下がり。
真夏の暑い日差しが降り注ぐ。
僕は、額に汗をしながら、自転車をこいでチェリー公園へやって来た。
約束通りシロは、準備万端で僕を待っていた。
「遅いぞ! めぐむ!」
「えっ? 僕は、時間通りだけど?」
自転車を止めながら僕は言う。
「そうか? まぁ、いいや、早くいこうぜ!」
クスっ。
シロは、はやる気持ちを抑えられないんだ。
無意識に足踏みをしている。
もう! 可愛いんだから!
僕は、カバンからタオルを取り出し、じらすように言った。
「今日は暑いから、今度にしようか?」
「いまさら、何いっているんだ! ぜんぜん暑くないって!」
「ふふふ。冗談、冗談。シロ、汗かいているよ。こっちにおいで」
「めぐむ。お前、性格わるいぞ!」
シロは、ぶつぶつ文句を言いながらも、おとなしく僕の前に来る。
僕は、優しく顔の汗をタオルで拭ってあげる。
こんなに暑い中、連れ出して本当に体調は大丈夫かな?
ちょっと心配……。
でも、自転車だから涼しいかな。
それに、こんなにウキウキしているシロを止める方が、体調崩しちゃうよね。
僕が、クスクス笑っていると、シロが僕の肩をゆすった。
「だから、めぐむ! ニヤニヤしてないで、早く行こうぜ!」
「はいはい。じゃ、後ろに乗って」
僕は、自転車にまたがった。
荷台に乗るシロを振り返る。
「さて、準備はいい?」
「いつでもいいぜ!」
シロは僕に腕を回し、ぎゅっと掴んでいる。
「じゃあ、行くよ。出発!」
僕は、勢いよく自転車をこぎたした。
川沿いを走ってスピードに乗る。
後ろを横目で見ると、僕にしっかりと抱き着くシロ。
風を切る音。
気持ちいい!
汗が冷えてすっと体温が下がる。
これなら、快適のうちに目的地に着けそうだ。
あとは、美映留中央まで、僕の体力が持つかだけど……。
ペダルの重さは、二人乗りでも一人で乗っているのとさほど変わらない。
それもそうか。
忘れがちだけど、シロは、猫なんだもんね。
シロが猫で助かった。
自転車専用道路に入った。
ここからは、車や歩行者の心配がなく、ゆっくりと走れる。
背後のシロが言った。
「いやー、それにしても驚いたよ!」
「何? あっ、僕が場所を知っていた事?」
「いや、めぐむが自転車に乗れる事。あはは」
シロは、声を上げて笑う。
「ひっ、ひどい!」
僕は、後ろを振り返りシロを睨む。
「あっ、めぐむ! 前見ろ、前!」
えっ?
前を見ると真正面に川。
「わぁー!」
二人して叫ぶ。
自転車は、あぜ道に突入する。
僕は慌ててハンドルを戻す。
自転車は、ふらふらしながらもあぜ道を抜け出して元の道路に戻った。
ふぅ。
危ない、危ない。
危うく土手から転げ落ちて川に落ちるところだった。
シロは、汗を拭いながら言う。
「危なかった。ヒヤヒヤしたよ……」
「シロが酷いこと言うからだよ。もう!」
僕は、怒った口調で言う。
シロは笑いながら、まぁまぁ、と僕をなだめると、感慨深く言った。
「それにしても、まさかまたリク、じゃなくてクロに、会えるなんてな」
「ふふふ、夢みたい?」
「夢みたいだ……」
シロの言葉は、喜びに満ち溢れている。
後ろに座るシロは、僕からは見えない。
だけど、きっと目をつぶり、喜びを噛み締めているに違いない。
僕は、うん、と頷いた。
「よかったね、シロ」
「ありがとうな。めぐむ」
「そんなの当たり前だよ。親友なんだから」
僕は、自分の胸をドンと叩いた。
ああ、でも。
心に沸き立つ衝動を抑えきれない。
シロの頭を撫でたい!
ああ、ダメだ!
もう、我慢出来ない!
僕は振り向き、抱きつくシロの頭を、いい子、いい子と撫でる。
「あー、危ない!」
再び、シロの叫び声。
自転車がまたふらふらと土手の方にむかって進み出す。
おっとっと。
またしても、間一髪。
シロは、堪り兼ねて叫ぶ。
「おい、めぐむ! だからよそ見するなって!」
「ごめんね、つい……」
ブルーベリー公園の入り口付近まで来た。
僕は、自転車を止めた。
時計を見る。
もっと時間がかかるかと思ったけど、意外と早くついた。
しかも、無理のないペースで走ったお陰であまり疲れていない。
これなら、帰りも心配なさそうだ。
僕は、ほっと、一息つく。
「さぁ、着いたよ!」
シロは、自転車を降りると公園に入っていく。
そこへ、何処からともなくクロ君が現れる。
「シロさん……」
「クロか……」
二人は立ち止まり、互いに見つめ合う。
時間が止まったかのよう……。
クロ君は、堰を切ったように泣きだした。
そして、そのままシロに飛びつく。
「ぐすっ、ぐすっ、シロさん……会いたかった……です」
「おい、泣くなってクロ!」
シロもすこし涙声だ。
クロ君を抱きしめながら、頭を優しく撫でている。
「だって、だって……ぐすっ、ぐすっ」
泣きじゃくるクロ君。
僕も、二人の感動の再会に胸を打たれ、つい貰い涙が出てきた。
「良かったね、二人とも……」
しばらくして、二人は落ち着いたようだ。
シロの腕の中でクロ君が言った。
「シロさん、あの時はありがとう。僕の為に戦ってくれて」
「そんなの当たり前だろ? 恋人だったんだから……」
シロは、すこし怒った口調。
クロ君は、怪訝そうに言う。
「だった、ですか……もう僕はシロさんにとって過去なんですか?」
「何言っているんだよ。俺は今でも、お前の事を愛している!」
「本当ですか?」
クロ君は、不安そうな顔でシロを見つめる。
「本当さ。クロこそどうなんだ? 新しい恋人いるのか?」
「シロさん! 僕を見くびらないで下さい! 僕は、生涯シロさん以外を愛したりしません」
「クロ!」
シロは、クロ君の熱い言葉に胸を打たれたようだ。
二人は熱い口づけを交わす。
ふぅ、熱いな。
僕が火傷しちゃうよ……。
僕は、そんな二人を心から微笑ましく見守る。
シロの喜びが僕にも伝わるんだ。
よかったね、シロ。
あの事件の後、シロは心身ともに辛かっただろう。
口には出さないけど、クロ君が近くにいなかったのは、相当寂しかったはず……。
だけど、我慢して、我慢して、クロ君を思い続けて再び今を迎えたんだ。
もう、これからは、一人じゃない。
よかったね、シロ。
しばらくして、二人は落ち着きを取り戻した。
シロは、クロ君の全身をまじまじと眺めて言った。
「それにしても、なんて格好しているんだクロ。女の子みたいじゃないか」
「シロさん、この格好嫌い?」
クロ君は、恥ずかしそうに言う。
そして、スカートの裾を持ち上げて、花柄のカワイイ紐のショーツを見せる。
前の部分は、いやらしく少しもっこりしている。
そう、自分はちゃんと男の子だよ、ってアピールしているのだ。
「おい、自分のスカートをまくるなって! 好きだよ。その格好も……」
シロは、慌てて目を隠した。
恥ずかしがって頬を赤らめる。
クロ君は、手を叩いて喜んだ。
「良かった!」
二人は、それぞれが過ごした時間について、興奮しながら話す。
空白の時間は、少しづつ埋まっていくだろう。
僕は、ほんわかした気持ちで眺めていたけど、お邪魔かもしれないと思って気を利かす。
「ねぇ、シロ。僕は、その辺で用事を済ませてくるから、また後で迎えに来るよ」
「悪いな、めぐむ」
「いいって」
僕は、片手を上げて立ち去る。
自転車は、このままここに止めておいても大丈夫かな。
後ろを振り返ると、シロとクロ君はさっそくキスの続きを始めていた。
もう、熱いんだから。
クスっ。
どこへ行こうかと思い、いいところを思いついた。
「そうだ、ファニーファクトリーへ行ってみよう!」
そうなのだ。
この間、行ったときに、気になるワンピースがあった。
あまり時間が無くてよく見れなかったけど、他にも目に着いた服は数着あった。
手に取ってみたい。
ウキウキしてくる。
きっと、ヒトミさんのデザインの服なんだ。
僕好みで、絶対にカワイイ。
「よし、かわいい服見つけるぞ!」
僕は、足取り軽くファニーファクトリーへ急いだ。
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