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サイドストーリー2 めぐむキューピッド(6)
カランコロン。
僕は、ファニーファクトリーの扉を開けた。
「いらっしゃっいませ!」
店員さんの声。
あれ、今日はヒトミさんはいないのかな?
レジには、背の高い女性の姿。
他に店員さんはいなそうだ。
ヒトミさんは、ムーランルージュのシフトがあるのかもしれない。
僕は、気持ちを切り替えて店内を歩き回る。
わあ、それにしてもかわいい服がいっぱいだ。
メインはフェミニンだけど、ターゲットは僕の年齢より上。
ナチュラルファッションや大人かわいい服も揃えている。
雅樹は、直ぐに僕の事を子供っぽいって馬鹿にする。
だから、少し大人っぽい服も着て見返してやりたい。
そうそう、このワンピース。
繊細な花柄でふわっとしたシルエット。
大人っぽくて、それでいて可愛いんだ。
僕は、服を手に取り体に合わせてみる。
うん。
ショールと合わせたら、絶対に大人っぽい。
これなら、雅樹を見返せるぞ。
鏡を見てハッとした。
そうだ。
今日は女装じゃないんだ。
僕は、慌てて服を戻した。
でも、店員さんは僕を特に不審には思っていないようだ。
今日は、Tシャツにスキニーパンツ、それにスニーカーというユニセックスな服装。
でも、ノーメイクだし、髪の毛も整えていない。
少しぐらいアクセサリーがあればボーイッシュファッションということで誤魔化せたかもしれない。
まあ、いいや。
何か言われたら、ヒトミさんに会いに来た、と言えばいいだけだし……。
今日は、一回りしてまた改めて来よう。
僕は、そう思って気を取り直した。
その時、扉が開く音がした。
カランコロン。
「いらっしゃっいませ!」
店員さんの声。
僕は、ふと入り口を見た。
あっ、あの紳士の人は……。
タカシさん? だよね。
タカシさんは、店内を見回し、そのままレジの前に向かう。
そして、背の高い店員さんに軽く会釈をすると、何やら話を始めた。
僕は、服を眺める素ぶりでこっそりと様子をうかがっていた。
会話の内容は聞こえないけど、きっとヒトミさんに会いに来たんだ。
間違いない。
タカシさんは、しばらく話していたようだけど途中でガックリと肩を落とした。
きっと、ヒトミさんが居ないのが分かったのだ。
とぼとぼと入り口へ向かうタカシさん。
なんだか可哀想。
ふとタカシさんと目が合った。
あっ、しまった。
僕は、反射的に目を逸らす。
タカシさんは、踵をかえし僕の方へを歩いて来た。
僕は、気が付かない振りをして息を潜める。
でも、手遅れだったようだ。
タカシさんは、僕の前に立つと屈み込み言った。
「すみません、あなたは確か、この間ヒトミ君と一緒にいた方では?」
真っすぐに僕を見つめる。
あぁ、そんな目で見ないで……。
はぁ。
バレたらしょうがない。
僕は、うつむいて答えた。
「はっ、はい……そうですけど」
タカシさんは、僕に軽くお辞儀をした。
「すみません。付き合っていただいて」
「いいですよ。僕も少し時間を持て余していたところなので……」
僕は、手を横に振って、気にしないでのポーズをした。
ここは、ファニーファクトリーと同じ商業施設にあるカフェ。
タカシさんにコーヒーを奢ってもらうことになったのだ。
それにしても、僕に何の用事だろう?
ヒトミさんの行き先を知りたいとか?
連絡先を聞き出す……うーん、違うな。
いや、待てよ。
実は、僕に一目惚れ? だったりして。
ははは、さすがにそれはないか。
僕は、無意識に自分の頭をポカッと叩く。
タカシさんは、不思議そうな目で僕を見つめていた。
やばい。
変な人と思われた!
「どうかしましたか?」
「何でもないです! そう言えば、自己紹介まだでしたよね? 僕は、めぐむ、青山 恵です」
ふぅ。
何とか自己紹介で誤魔化す。
タカシさんは言った。
「めぐむさんは、ヒトミ君とは長いんですか?」
そうだよね。
やっぱり、ヒトミさんの事だよね。
残念だったような、ホッとしたような。
僕は、答える。
「僕は、ムーランルージュで知り合ったんです」
「では、あなたもキャストを?」
「いいえ。僕は、その、裏方のような仕事でして……」
何故か僕は慌てて答える。
「そうでしたか……」
タカシさんは、ひと呼吸入れた。
そして、話を切り出した。
「ヒトミ君から聞いているかもしれないですが、私はどうしてもヒトミ君をデザイナーとして我が社に迎え入れたいと思っているんです。ご存知でしたか?」
「はい。少し聞いています」
やっぱり、スカウトの件。
余計な事を話さないようにしなきゃ。
僕は、自分の胸に言い聞かせる。
タカシさんは、続ける。
「ところで、ヒトミ君はどうして私の申し出を受けてくれないのか、心当たりはありませんか?」
ああ、これが本題。
一番知りたかった事。
きっと僕を誘ったのも、これが知りたくて、藁にもすがる気持ちだったのに違いない。
僕は、とぼけて答えた。
「いいえ」
タカシさんは、そっか、とため息をついた。
「ヒトミ君は、すごい才能を持っているんです。きっと、世界をあっと言わせるようなデザインを生み出せると確信しています」
タカシさんは、目を閉じた。
ヒトミさんが、輝やかしい舞台に上がるのを想像している。
そんな風に見えた。
僕は、お節介とは知りつつもタカシさんに尋ねた。
「あのひとつ聞いていいですか?」
「何でしょう?」
「タカシさんは、昔、ムーランルージュのお客さんだったと聞いています。どうして、いらっしゃらなくなったのでしょうか?」
これを聞き出して、僕はどうしようしているのだろう。
ヒトミさんに伝える?
いや、違う。
僕が思った事が、間違っていないか答え合わせをしたい。
そうなのだ。
タカシさんは、答えた。
「それは、ヒトミ君に誠意を示す為です。ヒトミ君の見た目じゃなくて、しっかりと中身、デザイナーとしての腕を評価して迎え入れたい。それをわかってもらうためです。ですので、こちらのファニーファクトリーの方へ寄らせてもらっています」
「あの、会社としては理解しました。では、タカシさん個人として、ヒトミさんってどう思われますか?」
「どうって? 難しいですね……」
タカシさんは、困った顔をした。
でも、僕の考えが合っていれば、答えは簡単なはず。
「例えば、ムーランルージュでのヒトミさんって綺麗だと思いますか?」
僕の呼び水に、タカシさんは身を乗り出す。
「そんなこと、当たり前じゃないですか! あんな美しくて優しくて綺麗な人、見たことありません。私はムーランルージュのヒトミ君のファンです」
「ファンですか? でも、ファンなら他にもいますよね?」
「違います! 大ファンです。誰よりもヒトミ君の事を知っています。いや、ヒトミ君の魅力を分かっている自信があります!」
「それって、ヒトミさんの事を愛している、って事じゃないんですか?」
「そうです! 愛しているのだと思います!」
タカシさんは、そう言ってから、自分の言葉にハッとした。
僕の口元が緩む。
やっぱり、当たりだ。
タカシさんは自覚が無かっただけなんだ。
確かに、ヒトミさんの才能に引き寄せられた、のもあるのだろう。
でも、それ以前にヒトミさん自身に魅せられていたんだ……。
さて、どうしよう?
簡単なことではある。
だけど、これを言ったらアキさんに謝らなきゃいけない。
きっと、ヒトミさんは、ムーランルージュを辞める事になってしまうから……。
でも、二人の為。
恋する二人が目の前にいるのに放っては置けない。
僕だけが出来るキューピッドの役目。
「タカシさん」
「何でしょうか?」
「今度、ムーランルージュへいらっしゃったら如何でしょうか?」
「ですから、誠意を持ってですね……」
「いいえ。タカシさん個人としてです。会社としての建前は置いておいて、タカシさんの本当の気持ちを、ぶつけてみたらどうでしょう」
「本当の気持ちですか……」
「そうです。ヒトミさんを愛する気持ち。自分の所に来て欲しい、一緒にいたいって気持ちです」
「ですが、それとこれとは話が違うというか……」
きっと、タカシさんは真面目過ぎるんだ。
そして、ちょっぴり臆病。
僕は口を開く。
「違う事なんてないです。ヒトミさんを愛する気持ちに正直になる。それだけで。でも、僕は思うんです。愛する人からの頼みなら考えだって変わるって」
「でも、それだと、デザイナーに誘う為に、告白をしたって勘違いされてしまうのではないですか? 私は、そんな卑怯者とは思われたくない。ヒトミ君への本当の愛に気づいてしまったからには……」
「ふふふ。そう思うタカシさんは、もう大丈夫ですよ。正直にありのままを話せば」
「正直に、ありのまま、ですか……」
タカシさんは、下を向いたまま、しばらく考え込んでいた。
僕は、じっとして待つ。
そう、頑張ってタカシさん!
勇気を出して!
ヒトミさんは、待っているんだから……。
タカシさんは、面を上げた。
そして、口を開いた。
「なるほど。そうですね、めぐむさんの言われる通りかもしれません。確かに、私は、会社としての建前にこだわり過ぎていたのかもしれません。ちょっと怖いですが、私の本当の気持ちを、ヒトミ君に伝えたいと思います」
タカシさんは、まっすぐ前を見据えている。
その目に迷いはない。
僕は、小さく頷く。
「めぐむさん、本当にありがとうございました!」
タカシさんは改めて僕に礼を言うと、「では、失礼します」と去っていった。
ヒトミさん、もう大丈夫です。
タカシさんは、自分の気持ちに気付いたから。
僕は、時計を見た。
あっ、もうこんな時間。
そうだ、シロは、どうなったかな?
僕は、席を立ち上がった。
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