4 / 59
3-02-1 修学旅行(1)
ここは、京都へ向かう新幹線の中。
隣には、雅樹が座っている。
今日から修学旅行。
京都駅までは各自で行く事になっていて、僕は雅樹と待ち合わせて一緒に行く事にしたのだ。
車窓には、富士山が映った。
ああ、修学旅行に行くんだな。
そんな気分が一気に高まってくる。
でも、僕は一抹の不安が拭えきれていない。
僕は、落着きなさそうにひじ掛けに置いた手をトントンさせた。
その僕の手に、雅樹の手がそっと、触れる。
そして、雅樹はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、めぐむ」
「雅樹、だって、僕は不安なんだ。僕達のこと、バレてしまうんじゃないかって」
「そっか?」
「だって、お互い名字で呼ばないといけないし、うっかり『雅樹』って呼んじゃいそう」
「まぁな」
「あと、修学旅行中、こんなに近くにいるのに手も繋げないんだよ。我慢できるかな。無意識に手を繋いじゃうかも」
「平気、平気。楽しんで行こうぜ!」
「……うん。だけど……」
あっけらかんに笑う雅樹を僕は恨めしく眺めた。
初日は、クラス行動。
見学のルートは、嵐山から平等院へ。
ガイドさん付きの観光バスで連れていってくれる。
やっぱり、バスは楽でいい。
ゆったりとした座席にもたれながら、窓の外の風景を眺め、バスガイドさんの話に耳を傾ける。
そうしているうちに、目的地へ到着するのだ。
ただ残念なことに、バスの並び順や見学の列は、名前順で雅樹とは離れ離れ。
幸い、ジュンとは隣同士になれたのはラッキーだった。
ところで、ジュンはこの日のためにオカルト手帳なる物を持参してきた。
その手帳には、代々部員の研究情報が載っているとか。
僕はジュンに、「ねぇ、ジュン。どんな情報があるの?」
と尋ねると、「じゃあ、ちょっとだけ教えるね。ふふふ」と教えてくれた。
まず、嵐山。
嵐山は、どうやら妖怪のっぺらぼうの生息地らしい。
これは手帳の情報で、ジュンは、ここからさらに大発見をしたと僕に言った。
それは、お昼の湯豆腐懐石に舌鼓を打っていた時のこと。
「めぐむ、大発見! 嵐山の湯豆腐が美味しい理由が分かったよ。湯豆腐はのっぺら坊だった説。これは有るよ!」
などと言って手帳に書き込みをする。
僕は、思わず、ないないと言って吹き出した。
次の平等院。
ここでの情報は、もう少しまじめ。
ジュンは、鳳凰堂の屋根についている鳳凰像を指さして言った。
「めぐむ、あの対の鳳凰は実は両方オスって説があるんだよ!」
どうやら、10円玉に描かれている鳳凰はそうらしい。
僕が、へぇ、と答えると、ジュンは「見つめあう2体の鳳凰……片桐先生とボクみたいだ……」と言って熱い視線を送った。
僕は、クスっと笑いつつも、いやいや、僕と雅樹かもしれない。と思って、僕も負けじと熱い視線を送ったのだった。
というわけで、ジュンのオカルト手帳のお陰もあって、普通より楽しく回れたのは間違いない。
雅樹はというと、やはりバスの席や見学の列もだいぶ離れていたせいで、話す機会はなかった。
でも、時折、雅樹と顔を合わせる機会があって、目配せをして秘密のコミュニケーションを取った。
「雅樹、たのしんでる?」
「ああ、めぐむは?」
「うん。楽しいよ」
といった具合。
考えてみると、初日はこれでよかったのかもしれない。
だって、もっと近くにいたら、雅樹に甘えたい病を発症していたかもしれないから……。
そんな事を考えているうちに、僕達一向は、一日目の日程は無事完了し宿に入ったのだった。
「ふぅ。心配する事なかったかな……」
僕は、ゆったりと一人、露天風呂に浸かった。
部屋割りは、明日からの班行動の4人。
雅樹、森田君、ジュン、それに僕。
今の時間、僕以外の3人は、それぞれ受け持ちの係りの会合へ行っているのだ。
僕は、しおり係で出発前に仕事を終えているから、本番は楽ができる。
役得なのだ。
僕がのんびりと今日の思い起こしをしていると、誰かが、お風呂に入ってきた。
「よう、めぐむ」
雅樹の声。
僕は、雅樹を見て言った。
「もう終わったの? ミーティング」
「ああ。で、急いで来たわけ」
雅樹は、ふぅ、と気持ちよさそうに一息つく。
そして、すぐに湯船の中で僕の手を探し当て、手を重ねるように繋いだ。
「な? 意外と早く手を繋げただろ?」
「うっ、うん。まあね」
湯船の中で手を繋ぐということ。
濁ったお湯。
すました顔をしていれば、誰にも知られることはない。
人知れず人前で雅樹と繋がる……。
一糸まとわぬ姿で、お互いを感じあう。
そんな事をふと考えたら、体の芯がじわっと熱くなってきた。
ああ、なんか、エッチな気になっちゃうよ。
やばい、抱きつきたい衝動が……。
ふぅ。
だめだめ。
僕は、気を紛らわすために雅樹に話しかけた。
「嵐山の渡月橋だけど、どうだった?」
「どうって?」
「ほら、ガイドさん言っていたじゃん?」
「何を?」
雅樹は不思議そうな顔で僕を見る。
「もう! 聞いてないんだ」
僕は、しょうがないなぁ、と雅樹に説明をした。
これは、バスガイドさんが説明していたことだ。
嵐山観光の時、渡月橋の話題が出た。
その中で、
『恋する男女が一緒に渡ると別れる』
『渡っているときに振り向くとバカになる』
という言い伝えの説明があったのだ。
僕はこのことを雅樹に話し、「だから、僕は振り向いて雅樹を確認することができなかったんだからね!」と、つんとした口調で言った。
雅樹は、まったく動じず、「へぇ、そんな話してたのか? 全然聞いてなかったぞ。バスの後ろの方じゃ大騒ぎしてたからな。ははは」と答えた。
「もう!」
僕は頬を膨らませた。
雅樹は、僕のほっぺを人差し指でつんっと突きながら言う。
「一緒に渡ったかといえば……たぶん一緒に渡ったと思うぞ。列だからな」
「あちゃー。やっぱり……」
まぁ、そうだと思ったけど。
でも、雅樹は平然として言った。
「でも、大丈夫じゃない?」
「どうして?」
「恋する男女だろ? 俺達、恋する男男じゃん」
「あー。なるほど。って、そんなのありかな?」
「ありだろ?」
言葉通りならそうだ。
確かに、そう信じればいいだけかもしれない。
まぁ、屁理屈だけど……。
雅樹は、すぐに、悪戯っ子の顔になり言った。
「男と男なら余計に愛が深まったりな。こんな風に!」
そういうと雅樹は、急に、僕の腰あたりをぎゅっとつねる。
「やめてよ!」
僕は、あははっと笑いながら、くすぐったくて体をよじらせる。
水しぶきが、ざばっと上がった。
「よぉ、なんか楽しそうだな!」
「何を話していたの?」
その時、森田君とジュンが入ってきた。
僕と雅樹は、あわわわ、と慌てふためいて、手をぶんぶん振った。
そして、さりげなく距離を取って湯舟につかる。
「あれ? 森田君に、ジュン、いらっしゃい。僕と高坂君も今来たところ……」
「そうそう。いま、青山と、ほら、庭の景色が綺麗って話していたところだ」
ごまかし半分で露天風呂の庭を眺める。
そういえば、いつの間にか夜のとばりが落ち、庭園風の庭がライトアップされていた。
紅葉には早いけど、夏から秋へ移り変わるこの季節も風情があっていい。
「確かに、綺麗だね」
「なるほどな。京都に来たって感じだな」
ジュンと森田君は、僕達の視線の先を見て同意した。
雅樹と目配せをする。あぶない、あぶない……。
4人で明日の班行動の予定をすこし話したところで、森田君が言った。
「ちょっと提案があるんだけど」
なんだろうと、一同、森田君を見る。
「せっかく、この4人一緒に旅するんだからさ、これからは、下の名前で呼び合わないか?」
一同顔を見合わせる。
「いいね!」雅樹が言う。
「うん。ボクも賛成!」ジュンが手をあげて言う。
僕も、大きく首を縦に振った。
「よし、じゃあ、これからは名前で呼び合う。いいな! あー、あと呼び捨てで頼む! 俺は翔馬。いいな、みんな、俺のことは『翔馬』って呼んでくれよな!」
「呼び捨てかぁ。いいなぁ。友達っぽい! ボクは『ジュン』ってよんでよね」
「じゃあ、俺は『雅樹』だぞ」
みんな、はしゃぎ気味に自分の下の名前を言い合う。
そっか、みんな、森田君、いや翔馬の提案を心のどこかで待っていたんだね。
不思議と笑顔が溢れ、4人の距離が一機に近くなった。
僕はというと、この修学旅行で一番心配だった『雅樹』と誤って呼んでしまう心配が無くなった。
しかも、修学旅行中だけでなく、これからずっと。
だから、こんなに嬉しいことってない。
僕がふふふと微笑みをこぼしているのに、ジュンが気づいて言った。
「めぐむ、よかったよね。森田君と高坂君と本当の友達になれたって事だもんね。ふふふ」
「そうだよね」
僕とジュンは微笑みあった。
翔馬が壁の時計を見ながら言った。
「おっと、夕食の時間だな。そろそろ上がるぞ」
翔馬は、タオルを背中にパチンとたたきつけると、よし! と言って脱衣所に向かった。
「本当だ! ボク、もうおなかペコペコ」
ジュンは、そういって露天風呂から飛び出して翔馬に続く。
二人を見送って、僕と雅樹は顔を見合わせた。
雅樹は、にこりとして言った。
「俺達も行こうか、めぐむ」
「うん。雅樹」
雅樹は、湯船から立ち上がった。
僕は、その雅樹の背中を見ながら、思わずつぶやいた。
雅樹にめぐむか……。
これからは、みんなの前でも、雅樹、めぐむ、で呼び合っていい仲。
ふふふ。
これって、すごいことだよね。
思わずにやけてしまう。
その時、雅樹が振り返り僕に言った。
「ほら、めぐむ。何、にやにやしているんだ? 先に行っちゃうぞ!」
「あっ、待ってよ! 雅樹!」
僕は、自分の発した言葉に、またしても微笑む。
まってよ、雅樹、か……うふふ。
ああ、楽しい修学旅行になりそう。
僕は、そんな幸せな予感を胸に、雅樹のあとに続いた。
ともだちにシェアしよう!