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3-02-1 修学旅行(1)

ここは、京都へ向かう新幹線の中。 隣には、雅樹が座っている。 今日から修学旅行。 京都駅までは各自で行く事になっていて、僕は雅樹と待ち合わせて一緒に行く事にしたのだ。 車窓には、富士山が映った。 ああ、修学旅行に行くんだな。 そんな気分が一気に高まってくる。 でも、僕は一抹の不安が拭えきれていない。 僕は、落着きなさそうにひじ掛けに置いた手をトントンさせた。 その僕の手に、雅樹の手がそっと、触れる。 そして、雅樹はにっこりと微笑んだ。 「大丈夫だよ、めぐむ」 「雅樹、だって、僕は不安なんだ。僕達のこと、バレてしまうんじゃないかって」 「そっか?」 「だって、お互い名字で呼ばないといけないし、うっかり『雅樹』って呼んじゃいそう」 「まぁな」 「あと、修学旅行中、こんなに近くにいるのに手も繋げないんだよ。我慢できるかな。無意識に手を繋いじゃうかも」 「平気、平気。楽しんで行こうぜ!」 「……うん。だけど……」 あっけらかんに笑う雅樹を僕は恨めしく眺めた。 初日は、クラス行動。 見学のルートは、嵐山から平等院へ。 ガイドさん付きの観光バスで連れていってくれる。 やっぱり、バスは楽でいい。 ゆったりとした座席にもたれながら、窓の外の風景を眺め、バスガイドさんの話に耳を傾ける。 そうしているうちに、目的地へ到着するのだ。 ただ残念なことに、バスの並び順や見学の列は、名前順で雅樹とは離れ離れ。 幸い、ジュンとは隣同士になれたのはラッキーだった。 ところで、ジュンはこの日のためにオカルト手帳なる物を持参してきた。 その手帳には、代々部員の研究情報が載っているとか。 僕はジュンに、「ねぇ、ジュン。どんな情報があるの?」 と尋ねると、「じゃあ、ちょっとだけ教えるね。ふふふ」と教えてくれた。 まず、嵐山。 嵐山は、どうやら妖怪のっぺらぼうの生息地らしい。 これは手帳の情報で、ジュンは、ここからさらに大発見をしたと僕に言った。 それは、お昼の湯豆腐懐石に舌鼓を打っていた時のこと。 「めぐむ、大発見! 嵐山の湯豆腐が美味しい理由が分かったよ。湯豆腐はのっぺら坊だった説。これは有るよ!」 などと言って手帳に書き込みをする。 僕は、思わず、ないないと言って吹き出した。 次の平等院。 ここでの情報は、もう少しまじめ。 ジュンは、鳳凰堂の屋根についている鳳凰像を指さして言った。 「めぐむ、あの対の鳳凰は実は両方オスって説があるんだよ!」 どうやら、10円玉に描かれている鳳凰はそうらしい。 僕が、へぇ、と答えると、ジュンは「見つめあう2体の鳳凰……片桐先生とボクみたいだ……」と言って熱い視線を送った。 僕は、クスっと笑いつつも、いやいや、僕と雅樹かもしれない。と思って、僕も負けじと熱い視線を送ったのだった。 というわけで、ジュンのオカルト手帳のお陰もあって、普通より楽しく回れたのは間違いない。 雅樹はというと、やはりバスの席や見学の列もだいぶ離れていたせいで、話す機会はなかった。 でも、時折、雅樹と顔を合わせる機会があって、目配せをして秘密のコミュニケーションを取った。 「雅樹、たのしんでる?」 「ああ、めぐむは?」 「うん。楽しいよ」 といった具合。 考えてみると、初日はこれでよかったのかもしれない。 だって、もっと近くにいたら、雅樹に甘えたい病を発症していたかもしれないから……。 そんな事を考えているうちに、僕達一向は、一日目の日程は無事完了し宿に入ったのだった。 「ふぅ。心配する事なかったかな……」 僕は、ゆったりと一人、露天風呂に浸かった。 部屋割りは、明日からの班行動の4人。 雅樹、森田君、ジュン、それに僕。 今の時間、僕以外の3人は、それぞれ受け持ちの係りの会合へ行っているのだ。 僕は、しおり係で出発前に仕事を終えているから、本番は楽ができる。 役得なのだ。 僕がのんびりと今日の思い起こしをしていると、誰かが、お風呂に入ってきた。 「よう、めぐむ」 雅樹の声。 僕は、雅樹を見て言った。 「もう終わったの? ミーティング」 「ああ。で、急いで来たわけ」 雅樹は、ふぅ、と気持ちよさそうに一息つく。 そして、すぐに湯船の中で僕の手を探し当て、手を重ねるように繋いだ。 「な? 意外と早く手を繋げただろ?」 「うっ、うん。まあね」 湯船の中で手を繋ぐということ。 濁ったお湯。 すました顔をしていれば、誰にも知られることはない。 人知れず人前で雅樹と繋がる……。 一糸まとわぬ姿で、お互いを感じあう。 そんな事をふと考えたら、体の芯がじわっと熱くなってきた。 ああ、なんか、エッチな気になっちゃうよ。 やばい、抱きつきたい衝動が……。 ふぅ。 だめだめ。 僕は、気を紛らわすために雅樹に話しかけた。 「嵐山の渡月橋だけど、どうだった?」 「どうって?」 「ほら、ガイドさん言っていたじゃん?」 「何を?」 雅樹は不思議そうな顔で僕を見る。 「もう! 聞いてないんだ」 僕は、しょうがないなぁ、と雅樹に説明をした。 これは、バスガイドさんが説明していたことだ。 嵐山観光の時、渡月橋の話題が出た。 その中で、 『恋する男女が一緒に渡ると別れる』 『渡っているときに振り向くとバカになる』 という言い伝えの説明があったのだ。 僕はこのことを雅樹に話し、「だから、僕は振り向いて雅樹を確認することができなかったんだからね!」と、つんとした口調で言った。 雅樹は、まったく動じず、「へぇ、そんな話してたのか? 全然聞いてなかったぞ。バスの後ろの方じゃ大騒ぎしてたからな。ははは」と答えた。 「もう!」 僕は頬を膨らませた。 雅樹は、僕のほっぺを人差し指でつんっと突きながら言う。 「一緒に渡ったかといえば……たぶん一緒に渡ったと思うぞ。列だからな」 「あちゃー。やっぱり……」 まぁ、そうだと思ったけど。 でも、雅樹は平然として言った。 「でも、大丈夫じゃない?」 「どうして?」 「恋する男女だろ? 俺達、恋する男男じゃん」 「あー。なるほど。って、そんなのありかな?」 「ありだろ?」 言葉通りならそうだ。 確かに、そう信じればいいだけかもしれない。 まぁ、屁理屈だけど……。 雅樹は、すぐに、悪戯っ子の顔になり言った。 「男と男なら余計に愛が深まったりな。こんな風に!」 そういうと雅樹は、急に、僕の腰あたりをぎゅっとつねる。 「やめてよ!」 僕は、あははっと笑いながら、くすぐったくて体をよじらせる。 水しぶきが、ざばっと上がった。 「よぉ、なんか楽しそうだな!」 「何を話していたの?」 その時、森田君とジュンが入ってきた。 僕と雅樹は、あわわわ、と慌てふためいて、手をぶんぶん振った。 そして、さりげなく距離を取って湯舟につかる。 「あれ? 森田君に、ジュン、いらっしゃい。僕と高坂君も今来たところ……」 「そうそう。いま、青山と、ほら、庭の景色が綺麗って話していたところだ」 ごまかし半分で露天風呂の庭を眺める。 そういえば、いつの間にか夜のとばりが落ち、庭園風の庭がライトアップされていた。 紅葉には早いけど、夏から秋へ移り変わるこの季節も風情があっていい。 「確かに、綺麗だね」 「なるほどな。京都に来たって感じだな」 ジュンと森田君は、僕達の視線の先を見て同意した。 雅樹と目配せをする。あぶない、あぶない……。 4人で明日の班行動の予定をすこし話したところで、森田君が言った。 「ちょっと提案があるんだけど」 なんだろうと、一同、森田君を見る。 「せっかく、この4人一緒に旅するんだからさ、これからは、下の名前で呼び合わないか?」 一同顔を見合わせる。 「いいね!」雅樹が言う。 「うん。ボクも賛成!」ジュンが手をあげて言う。 僕も、大きく首を縦に振った。 「よし、じゃあ、これからは名前で呼び合う。いいな! あー、あと呼び捨てで頼む! 俺は翔馬。いいな、みんな、俺のことは『翔馬』って呼んでくれよな!」 「呼び捨てかぁ。いいなぁ。友達っぽい! ボクは『ジュン』ってよんでよね」 「じゃあ、俺は『雅樹』だぞ」 みんな、はしゃぎ気味に自分の下の名前を言い合う。 そっか、みんな、森田君、いや翔馬の提案を心のどこかで待っていたんだね。 不思議と笑顔が溢れ、4人の距離が一機に近くなった。 僕はというと、この修学旅行で一番心配だった『雅樹』と誤って呼んでしまう心配が無くなった。 しかも、修学旅行中だけでなく、これからずっと。 だから、こんなに嬉しいことってない。 僕がふふふと微笑みをこぼしているのに、ジュンが気づいて言った。 「めぐむ、よかったよね。森田君と高坂君と本当の友達になれたって事だもんね。ふふふ」 「そうだよね」 僕とジュンは微笑みあった。 翔馬が壁の時計を見ながら言った。 「おっと、夕食の時間だな。そろそろ上がるぞ」 翔馬は、タオルを背中にパチンとたたきつけると、よし! と言って脱衣所に向かった。 「本当だ! ボク、もうおなかペコペコ」 ジュンは、そういって露天風呂から飛び出して翔馬に続く。 二人を見送って、僕と雅樹は顔を見合わせた。 雅樹は、にこりとして言った。 「俺達も行こうか、めぐむ」 「うん。雅樹」 雅樹は、湯船から立ち上がった。 僕は、その雅樹の背中を見ながら、思わずつぶやいた。 雅樹にめぐむか……。 これからは、みんなの前でも、雅樹、めぐむ、で呼び合っていい仲。 ふふふ。 これって、すごいことだよね。 思わずにやけてしまう。 その時、雅樹が振り返り僕に言った。 「ほら、めぐむ。何、にやにやしているんだ? 先に行っちゃうぞ!」 「あっ、待ってよ! 雅樹!」 僕は、自分の発した言葉に、またしても微笑む。 まってよ、雅樹、か……うふふ。 ああ、楽しい修学旅行になりそう。 僕は、そんな幸せな予感を胸に、雅樹のあとに続いた。

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