5 / 59
3-02-2 修学旅行(2)
修学旅行二日目の朝。
僕は、朝食を前にふあーあと大きな欠伸をかいた。
「眠そうだね、めぐむ。よく寝れなかった?」
「うん。ちょっとね……」
ジュンの問いに僕は、目をこすりながら答えた。
ジュンは、焼き魚をパクパク口に運びながら、僕の顔を覗き込む。
「誰もいびきとかなかったと思うけど」
「そうなんだけどね。ほら、僕って枕が違うとよく寝れないんだ」
「へぇ、そうなんだ……」
もちろん、うそ。
昨夜の事。
露天風呂で翔馬が言った『名前を呼び捨て』の提案。
もう、高坂君、って言わなくていいんだ。
そう思ったとたん、僕は一機に緊張の糸が切れて、気がすうっと楽になった。
そうしたら、僕の持病が発症。
雅樹に甘えたい病にかかってしまったのだ。
で、昨晩は雅樹と同じ部屋の隣の布団。
病気にかかった僕は、気持ちが高ぶって止まらない。
目をギンギンにさせて、雅樹の布団に忍び込むかどうか、一晩中もやもやしてたのだ。
結局、勇気が出せずあきらめたのだけど、寝ついたのは明け方。
というわけで、完全に寝不足なのだ。
テーブルの向いを見ると、雅樹は翔馬と楽しそうに朝食を取っている。
はぁ。
ため息がでちゃう……。
で、今日からこの4人で班行動。
計画では、金閣寺、三十三間堂、清水寺と続く。
朝食を食べていざ出発。
さて、観光というと、2列ですすむ機会が多い。
だから、この4人だと、雅樹と翔馬、ジュンと僕ってペアになるかと思いきや、意外や意外。
翔馬とジュンがペアになり、雅樹と僕がペアになったのだ。
歴史好きの翔馬とオカルト好きのジュン。
どうやら、京都という場所はこの二人にはとっても相性がいい。
「ほら、金閣寺の鳳凰ってさ、不吉ないわれがあってさ……」と翔馬の歴史ウンチクに、ジュンは「不吉って、怨念!? その話、詳しく!」と興味深く聞き、ジュンの「新撰組の犠牲者の霊がさ……」というオカルト情報に翔馬は「新撰組だって!? それで?」と相槌を打つ。
といった具合だ。
おかげで、僕と雅樹は晴れて横並びになった。
お互い顔を見合って笑った。
そして、さらにチャンスが訪れる。
清水寺の参道でお昼をとった時のこと。
翔馬が言った。
「雅樹、めぐむ、すまん。ちょっと、ジュンとここに行きたいのだが……」
地図を指さした所。
僕は、地名を読む。
「坂本竜馬の墓?」
「そう、ボクと翔馬で話していて、ちょっと行きたいねって話になってさ」
ジュンが、申し訳なさそうに僕に言った。
竜馬のお墓。なるほど、歴史xオカルトの完全なる融合。
そして、翔馬とジュンが二人して、このとおり! とお願いするものだから、僕と雅樹は首を縦に振った。
もちろん、雅樹も僕も内心、やった! とほくそ笑んでいたのは言うまでもない。
ということで、この後の八坂神社へは、僕と雅樹だけで行くことになり、雅樹とジュンとは、五条大橋で落ち合うことになったのだ。
清水寺から二年坂を通り八坂神社へ向かう。
雅樹と二人、ゆっくりと歩く。
情緒あふれる美しい石畳。
軒を連ねるお土産屋さん。
そこで扱う和の細工物や、かんざし、扇子など伝統工芸品の数々。
僕達は、物珍しげにお店を覗く。
「めぐむ、京都はやっぱりいいな」
「うん。違う時代にタイムスリップしたみたい」
ああ、これで手を繋いであるけたらなぁ……。
僕は、そんな思いで、雅樹の手を無意識に見つめた。
二年坂を降り、ねねの道に差し掛かった。
いつの間にか、人通りの少ない通りに入った。
「なぁ、めぐむ」
「なに?」
「俺さ、昨日の夜、あまり寝れなくてさ」
「どうして?」
と僕が雅樹に尋ねたと同時に、雅樹は僕の手首をギュッとつかみ強引に路地裏へ引っ張った。
僕は、物陰に押し込まれる。
「ちょ、ちょっと! 雅樹」
雅樹は、ニヤっと笑ったかと思うと、そのまま、キスしてきた。
僕は、両手首を壁に抑えつけられて身動きが取れない。
んっ、んっ、んっ、ぷはっ……。
「はぁ、はぁ。雅樹、もう、強引すぎるよ」
「はぁ、はぁ、しょうがないだろ……昨日夜からずっと我慢していたんだ。めぐむの布団に行くかどうかでずっと寝れなかったんだからさ」
「えっ? そうなの? 僕もだよ」
僕の返答を聞いて雅樹は、笑いだした。
「ははは。そうだったのか? じゃあ、やっぱり行けばよかったな」
「ぷっ。そうだね。あはは」
「じゃあ、もうちょっと、エネルギー補充しておこうか?」
「うん!」
僕達はすぐに唇を合わせた。
何食わぬ顔で通りに戻った。
さすがに地元で、こんな街中でキスなんて絶対にないけど、さすが旅先。
気持ちが開放的に、そして大胆になってしまう。
お陰で、久しぶりのキスを堪能できたわけだけど……。
雅樹に甘えたい病は、これでまずは小康状態を保てそう。うふふ。
さて、少し歩いていくと僕達の目の前には、八坂神社の鳥居が見えてきた。
ああ、そうだ。
僕は、ふと思い出した。
しおりづくりの時に改めて気が付いた情報があったんだった。
僕は、さっそく雅樹に説明した。
「雅樹、そういえばね、八坂神社って縁結びなんだって」
「へぇ」
「だから、恋人同士で来ると逆効果なんだって。最悪、分かれちゃったりとか?」
「え! そりゃ、まずいじゃん。じゃあ、他人の振りしようか?」
雅樹は、柄にもなく焦っている。
ちょっと、大袈裟だけど……。
「そんな事したって神様にバレると思うけど……」
「まぁ、まぁ。ちょっとだけ……」
うつむいて歩く僕。
雅樹は、僕の斜め後ろを歩く。
このまま八坂神社に行けばいいのかな?
そんな事を考えていたら、突然、雅樹が声をかけてきた。
「ねぇ、キミ修学旅行? 高校生?」
えっ? 雅樹、突然何?
と言おうとして止めた。
雅樹は澄ました表情。
ああ、いつものね……。
雅樹は、時々、変な小芝居をしてくる時がある。
こんな風に。
僕は優しいからいつも乗ってあげているわけで、今回はどうやら、他校の生徒同士の設定っぽい。
僕は、それらしく答える。
「はい。僕は修学旅行で……」
「へぇ、そうなんだぁ。俺も修学旅行なんだけど、君って一人だよね?」
「えっと、そうですけど」
「どう? 俺と一緒に京都回らない?」
なっ? ナンパ設定?
しょうがない。
僕は、もじもじしながら言った。
「でっ、でも……」
「いいじゃん! だって、君、可愛いし、俺、一目ぼれなんだ!」
ぷっ!
一目ぼれって……。
雅樹、普段、そんな言い方しないじゃん!
表情を見ると、それらしくチャラ男の顔つきをしている。
無理があるって! 雅樹!
おっかしくて、しょうがない。
でも、吹き出すのを我慢しながら続ける。
「えっ、そんな……可愛いだなんて……急に困ります」
クスッ。
自分で言って笑いそうになる。
何、このセリフ。漫画やアニメの可愛い子ちゃん?
「ほら、この神社。ちょうど縁結びなんだってさ。俺達、縁結ばれちゃおうぜ!」
「……そこまで言うなら……はい、お願いします!」
見つめ合う二人。
しばらくして、どちらともなく笑い声。
「ぷっ、ククク……」
「ぷっ、あはは!」
二人でお腹を抱えて大笑い。
「雅樹、どうしてナンパ?」
「ははは。いやどうしてかな? それにしても、めぐむはちょろいなぁ。そんな風に誰かについていっちゃったらダメだぞ。ははは」
雅樹の大笑いに、僕は雅樹を睨みながら言った。
「雅樹! せっかく乗ってあげたんでしょ! 雅樹以外について行くわけないじゃん!」
「そうだよな。悪りぃ、悪りぃ。ほら、でもおかげで縁結びの逆効果は解消されるだろ?」
僕は、プスッと笑って言った。
「雅樹は、単にナンパのシチュエーションしてみたかっただけでしょ?」
「バレたか。ははは。さぁ、行こうぜ」
僕達は、意気揚々と鳥居をくぐり抜け、境内へ進んだ。
そのあと、僕達は八坂神社でお参りし、境内の見どころはすべて回った。
そして、翔馬とジュンとの待ち合わせ場所の五条大橋へ向かったのだった。
僕達が先に到着。
翔馬とジュンは後からやってきた。
「よう! 待たせたな」
「ごめん、遅れちゃった?」
手を挙げながらやってきた。
「それが、結構おもしろくてさ……」
ジュンは、興奮まじりで僕に竜馬の墓の説明をする。
僕は、そんなジュンの話をほほえましく聞いていた。
ところで、この五条大橋は、義経と弁慶の出会いの場所ということでチョイスしたわけだけど、いざ来てみると、小さい記念碑のような像があるだけでちょっと物足りない。
翔馬が言った。
「まぁ、こんなもんだよな。平安時代だろ? さすがに残ってないよな」
一同、うんうん、とうなずく。
「よし、ここは俺がひとつウンチクを披露しよう」
「よっ! 待ってました!」
ジュンが合いの手を入れる。
ふふふ。
なるほど、いいコンビだ。
雅樹も、そう思っているようで、にやっと口元を緩めた。
「コホン。では」
一同、翔馬に注目する。
「ここ、五条大橋で運命の出会いを果たした義経と弁慶。美しい義経と、まっすぐな性格の弁慶の主従。弁慶は、その生涯を通じて義経に尽くしたわけだよな」
皆、うんうんとうなづく。
「だけど、頼朝に追われて、それは過酷な逃亡劇もこなしたわけ。戦いで死にそうになったり、飢えで苦しんだり、でも、二人は耐え抜けた。なぜそれができたか?」
皆、今度は顔を見合わせて、首を横に振る。
「それは、義経と弁慶は男同士で愛し合う仲だった。つまり、愛の力だったわけさ」
「えっ!」
一同、おどろきの声が上がった。
「翔馬、それ本当の話かよ? 男同士でって」
雅樹も驚いたらしい。翔馬を問い詰める。
「ん? それは、分からないけど。まぁ、そう考えてもいいんじゃないか? そこは重要じゃなくて、ポイントは、愛の力は偉大ってところな」
翔馬は、皆の驚く顔を見て、悦に入ったようだ。
男同士の愛を笑いのネタとして言ったわけじゃない。
重要なのは「愛」の力。それは偉大だと持論を持ち出した。
僕は、翔馬はやっぱりすごいなと、素直に関心した。人間が大きいんだ。
それと、義経と弁慶の話……。
この場合、配役としては、体形なら、僕が義経で、雅樹が弁慶。
だけど、尽くすというところだと、絶対に僕が弁慶。
うんうん。
雅樹義経様に仕える僕。いい!
頑張ったご褒美に、いろいろしてくれるってことね。
これは、夜の妄想でさっそく使えるネタだ。
翔馬サンキュー!
僕は、心のなかでグットサインをだした。
「ねぇ、めぐむ」
「えっ?」
ジュンが小声で話しかけてきた。
「ボクが思うに、昼間はともかく、夜は、弁慶が義経に命令をだす。これじゃないかな?」
「えっ? 命令? ああ、そっちの話ね」
なるほど。
ジュンも同じようなことを考えていたのか。
この場合、弁慶が片桐先生、義経がジュンってこと?
うーん。
ジュンはいいとしても、僕はその配役だとちょっとないな。
「いやいや、ジュン。それは違うよ。やっぱり、義経が弁慶に命令だよ。ご褒美でごにょごにょってあるでしょ」
「いや、めぐむ。弁慶は大人だから経験豊富なわけ。だから、夜の方は、弁慶が義経に手取り足取り教えてあげるんだよ」
「いや。ジュン。ジュンは親友だけど、これだけは譲れないな」
「何を言っているのさ、めぐむ。ボクだって、譲れないものはあるよ」
僕とジュンが額を突き合わせて、言い争いをしていると、翔馬が仲裁に入った。
「まぁ、まぁ。二人とも、仲良く! どっちだっていいだろ? そんなこと」
「よくない!」
僕とジュンは声がぴたりと合った。
「なんだ、仲いいじゃん」
雅樹は、やれやれ、と両手を広げて呆れたポーズをとった。
「ぷっ、あははは」
「クスクス、あははは」
一同、大笑い。
「まったく、ごめんね。ジュン。ちょっと熱くなっちゃったよ」
「こっちこそ、ごめん。めぐむ。ボクの方こそ」
僕は、ジュンと固く握手をした。
でも、ジュン、ごめん。
やっぱり、義経は雅樹で、弁慶は僕。これは、絶対に譲れないからね!
僕達は、そんなこんなで、無事二日目の班行動を終え宿に帰るのであった。
ともだちにシェアしよう!