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3-02-2 修学旅行(2)

修学旅行二日目の朝。 僕は、朝食を前にふあーあと大きな欠伸をかいた。 「眠そうだね、めぐむ。よく寝れなかった?」 「うん。ちょっとね……」 ジュンの問いに僕は、目をこすりながら答えた。 ジュンは、焼き魚をパクパク口に運びながら、僕の顔を覗き込む。 「誰もいびきとかなかったと思うけど」 「そうなんだけどね。ほら、僕って枕が違うとよく寝れないんだ」 「へぇ、そうなんだ……」 もちろん、うそ。 昨夜の事。 露天風呂で翔馬が言った『名前を呼び捨て』の提案。 もう、高坂君、って言わなくていいんだ。 そう思ったとたん、僕は一機に緊張の糸が切れて、気がすうっと楽になった。 そうしたら、僕の持病が発症。 雅樹に甘えたい病にかかってしまったのだ。 で、昨晩は雅樹と同じ部屋の隣の布団。 病気にかかった僕は、気持ちが高ぶって止まらない。 目をギンギンにさせて、雅樹の布団に忍び込むかどうか、一晩中もやもやしてたのだ。 結局、勇気が出せずあきらめたのだけど、寝ついたのは明け方。 というわけで、完全に寝不足なのだ。 テーブルの向いを見ると、雅樹は翔馬と楽しそうに朝食を取っている。 はぁ。 ため息がでちゃう……。 で、今日からこの4人で班行動。 計画では、金閣寺、三十三間堂、清水寺と続く。 朝食を食べていざ出発。 さて、観光というと、2列ですすむ機会が多い。 だから、この4人だと、雅樹と翔馬、ジュンと僕ってペアになるかと思いきや、意外や意外。 翔馬とジュンがペアになり、雅樹と僕がペアになったのだ。 歴史好きの翔馬とオカルト好きのジュン。 どうやら、京都という場所はこの二人にはとっても相性がいい。 「ほら、金閣寺の鳳凰ってさ、不吉ないわれがあってさ……」と翔馬の歴史ウンチクに、ジュンは「不吉って、怨念!? その話、詳しく!」と興味深く聞き、ジュンの「新撰組の犠牲者の霊がさ……」というオカルト情報に翔馬は「新撰組だって!? それで?」と相槌を打つ。 といった具合だ。 おかげで、僕と雅樹は晴れて横並びになった。 お互い顔を見合って笑った。 そして、さらにチャンスが訪れる。 清水寺の参道でお昼をとった時のこと。 翔馬が言った。 「雅樹、めぐむ、すまん。ちょっと、ジュンとここに行きたいのだが……」 地図を指さした所。 僕は、地名を読む。 「坂本竜馬の墓?」 「そう、ボクと翔馬で話していて、ちょっと行きたいねって話になってさ」 ジュンが、申し訳なさそうに僕に言った。 竜馬のお墓。なるほど、歴史xオカルトの完全なる融合。 そして、翔馬とジュンが二人して、このとおり! とお願いするものだから、僕と雅樹は首を縦に振った。 もちろん、雅樹も僕も内心、やった! とほくそ笑んでいたのは言うまでもない。 ということで、この後の八坂神社へは、僕と雅樹だけで行くことになり、雅樹とジュンとは、五条大橋で落ち合うことになったのだ。 清水寺から二年坂を通り八坂神社へ向かう。 雅樹と二人、ゆっくりと歩く。 情緒あふれる美しい石畳。 軒を連ねるお土産屋さん。 そこで扱う和の細工物や、かんざし、扇子など伝統工芸品の数々。 僕達は、物珍しげにお店を覗く。 「めぐむ、京都はやっぱりいいな」 「うん。違う時代にタイムスリップしたみたい」 ああ、これで手を繋いであるけたらなぁ……。 僕は、そんな思いで、雅樹の手を無意識に見つめた。 二年坂を降り、ねねの道に差し掛かった。 いつの間にか、人通りの少ない通りに入った。 「なぁ、めぐむ」 「なに?」 「俺さ、昨日の夜、あまり寝れなくてさ」 「どうして?」 と僕が雅樹に尋ねたと同時に、雅樹は僕の手首をギュッとつかみ強引に路地裏へ引っ張った。 僕は、物陰に押し込まれる。 「ちょ、ちょっと! 雅樹」 雅樹は、ニヤっと笑ったかと思うと、そのまま、キスしてきた。 僕は、両手首を壁に抑えつけられて身動きが取れない。 んっ、んっ、んっ、ぷはっ……。 「はぁ、はぁ。雅樹、もう、強引すぎるよ」 「はぁ、はぁ、しょうがないだろ……昨日夜からずっと我慢していたんだ。めぐむの布団に行くかどうかでずっと寝れなかったんだからさ」 「えっ? そうなの? 僕もだよ」 僕の返答を聞いて雅樹は、笑いだした。 「ははは。そうだったのか? じゃあ、やっぱり行けばよかったな」 「ぷっ。そうだね。あはは」 「じゃあ、もうちょっと、エネルギー補充しておこうか?」 「うん!」 僕達はすぐに唇を合わせた。 何食わぬ顔で通りに戻った。 さすがに地元で、こんな街中でキスなんて絶対にないけど、さすが旅先。 気持ちが開放的に、そして大胆になってしまう。 お陰で、久しぶりのキスを堪能できたわけだけど……。 雅樹に甘えたい病は、これでまずは小康状態を保てそう。うふふ。 さて、少し歩いていくと僕達の目の前には、八坂神社の鳥居が見えてきた。 ああ、そうだ。 僕は、ふと思い出した。 しおりづくりの時に改めて気が付いた情報があったんだった。 僕は、さっそく雅樹に説明した。 「雅樹、そういえばね、八坂神社って縁結びなんだって」 「へぇ」 「だから、恋人同士で来ると逆効果なんだって。最悪、分かれちゃったりとか?」 「え! そりゃ、まずいじゃん。じゃあ、他人の振りしようか?」 雅樹は、柄にもなく焦っている。 ちょっと、大袈裟だけど……。 「そんな事したって神様にバレると思うけど……」 「まぁ、まぁ。ちょっとだけ……」 うつむいて歩く僕。 雅樹は、僕の斜め後ろを歩く。 このまま八坂神社に行けばいいのかな? そんな事を考えていたら、突然、雅樹が声をかけてきた。 「ねぇ、キミ修学旅行? 高校生?」 えっ? 雅樹、突然何? と言おうとして止めた。 雅樹は澄ました表情。 ああ、いつものね……。 雅樹は、時々、変な小芝居をしてくる時がある。 こんな風に。 僕は優しいからいつも乗ってあげているわけで、今回はどうやら、他校の生徒同士の設定っぽい。 僕は、それらしく答える。 「はい。僕は修学旅行で……」 「へぇ、そうなんだぁ。俺も修学旅行なんだけど、君って一人だよね?」 「えっと、そうですけど」 「どう? 俺と一緒に京都回らない?」 なっ? ナンパ設定? しょうがない。 僕は、もじもじしながら言った。 「でっ、でも……」 「いいじゃん! だって、君、可愛いし、俺、一目ぼれなんだ!」 ぷっ! 一目ぼれって……。 雅樹、普段、そんな言い方しないじゃん! 表情を見ると、それらしくチャラ男の顔つきをしている。 無理があるって! 雅樹! おっかしくて、しょうがない。 でも、吹き出すのを我慢しながら続ける。 「えっ、そんな……可愛いだなんて……急に困ります」 クスッ。 自分で言って笑いそうになる。 何、このセリフ。漫画やアニメの可愛い子ちゃん? 「ほら、この神社。ちょうど縁結びなんだってさ。俺達、縁結ばれちゃおうぜ!」 「……そこまで言うなら……はい、お願いします!」 見つめ合う二人。 しばらくして、どちらともなく笑い声。 「ぷっ、ククク……」 「ぷっ、あはは!」 二人でお腹を抱えて大笑い。 「雅樹、どうしてナンパ?」 「ははは。いやどうしてかな? それにしても、めぐむはちょろいなぁ。そんな風に誰かについていっちゃったらダメだぞ。ははは」 雅樹の大笑いに、僕は雅樹を睨みながら言った。 「雅樹! せっかく乗ってあげたんでしょ! 雅樹以外について行くわけないじゃん!」 「そうだよな。悪りぃ、悪りぃ。ほら、でもおかげで縁結びの逆効果は解消されるだろ?」 僕は、プスッと笑って言った。 「雅樹は、単にナンパのシチュエーションしてみたかっただけでしょ?」 「バレたか。ははは。さぁ、行こうぜ」 僕達は、意気揚々と鳥居をくぐり抜け、境内へ進んだ。 そのあと、僕達は八坂神社でお参りし、境内の見どころはすべて回った。 そして、翔馬とジュンとの待ち合わせ場所の五条大橋へ向かったのだった。 僕達が先に到着。 翔馬とジュンは後からやってきた。 「よう! 待たせたな」 「ごめん、遅れちゃった?」 手を挙げながらやってきた。 「それが、結構おもしろくてさ……」 ジュンは、興奮まじりで僕に竜馬の墓の説明をする。 僕は、そんなジュンの話をほほえましく聞いていた。 ところで、この五条大橋は、義経と弁慶の出会いの場所ということでチョイスしたわけだけど、いざ来てみると、小さい記念碑のような像があるだけでちょっと物足りない。 翔馬が言った。 「まぁ、こんなもんだよな。平安時代だろ? さすがに残ってないよな」 一同、うんうん、とうなずく。 「よし、ここは俺がひとつウンチクを披露しよう」 「よっ! 待ってました!」 ジュンが合いの手を入れる。 ふふふ。 なるほど、いいコンビだ。 雅樹も、そう思っているようで、にやっと口元を緩めた。 「コホン。では」 一同、翔馬に注目する。 「ここ、五条大橋で運命の出会いを果たした義経と弁慶。美しい義経と、まっすぐな性格の弁慶の主従。弁慶は、その生涯を通じて義経に尽くしたわけだよな」 皆、うんうんとうなづく。 「だけど、頼朝に追われて、それは過酷な逃亡劇もこなしたわけ。戦いで死にそうになったり、飢えで苦しんだり、でも、二人は耐え抜けた。なぜそれができたか?」 皆、今度は顔を見合わせて、首を横に振る。 「それは、義経と弁慶は男同士で愛し合う仲だった。つまり、愛の力だったわけさ」 「えっ!」 一同、おどろきの声が上がった。 「翔馬、それ本当の話かよ? 男同士でって」 雅樹も驚いたらしい。翔馬を問い詰める。 「ん? それは、分からないけど。まぁ、そう考えてもいいんじゃないか? そこは重要じゃなくて、ポイントは、愛の力は偉大ってところな」 翔馬は、皆の驚く顔を見て、悦に入ったようだ。 男同士の愛を笑いのネタとして言ったわけじゃない。 重要なのは「愛」の力。それは偉大だと持論を持ち出した。 僕は、翔馬はやっぱりすごいなと、素直に関心した。人間が大きいんだ。 それと、義経と弁慶の話……。 この場合、配役としては、体形なら、僕が義経で、雅樹が弁慶。 だけど、尽くすというところだと、絶対に僕が弁慶。 うんうん。 雅樹義経様に仕える僕。いい! 頑張ったご褒美に、いろいろしてくれるってことね。 これは、夜の妄想でさっそく使えるネタだ。 翔馬サンキュー! 僕は、心のなかでグットサインをだした。 「ねぇ、めぐむ」 「えっ?」 ジュンが小声で話しかけてきた。 「ボクが思うに、昼間はともかく、夜は、弁慶が義経に命令をだす。これじゃないかな?」 「えっ? 命令? ああ、そっちの話ね」 なるほど。 ジュンも同じようなことを考えていたのか。 この場合、弁慶が片桐先生、義経がジュンってこと? うーん。 ジュンはいいとしても、僕はその配役だとちょっとないな。 「いやいや、ジュン。それは違うよ。やっぱり、義経が弁慶に命令だよ。ご褒美でごにょごにょってあるでしょ」 「いや、めぐむ。弁慶は大人だから経験豊富なわけ。だから、夜の方は、弁慶が義経に手取り足取り教えてあげるんだよ」 「いや。ジュン。ジュンは親友だけど、これだけは譲れないな」 「何を言っているのさ、めぐむ。ボクだって、譲れないものはあるよ」 僕とジュンが額を突き合わせて、言い争いをしていると、翔馬が仲裁に入った。 「まぁ、まぁ。二人とも、仲良く! どっちだっていいだろ? そんなこと」 「よくない!」 僕とジュンは声がぴたりと合った。 「なんだ、仲いいじゃん」 雅樹は、やれやれ、と両手を広げて呆れたポーズをとった。 「ぷっ、あははは」 「クスクス、あははは」 一同、大笑い。 「まったく、ごめんね。ジュン。ちょっと熱くなっちゃったよ」 「こっちこそ、ごめん。めぐむ。ボクの方こそ」 僕は、ジュンと固く握手をした。 でも、ジュン、ごめん。 やっぱり、義経は雅樹で、弁慶は僕。これは、絶対に譲れないからね! 僕達は、そんなこんなで、無事二日目の班行動を終え宿に帰るのであった。

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