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3-04-1 文化祭 雅樹を探して(1)

修学旅行が終わりひと段落が付いた頃、ちょうど文化祭の時期がやってくる。 そして、文化祭当日の朝。 「生徒の皆さんは、準備に入ってください!」 学内放送が流れた。 ホームルームが終わったあとの生徒達は、一斉に当日の準備に取り掛かる。 「じゃあ、雅樹。僕は、図書委員の手伝いがあるから」 僕は、またねの手つきをする。 「めぐむ、図書委員のバザーって正門の通りだったよな?」 「うん、そうだけど?」 「じゃあ、昇降口まで一緒に行こう!」 僕と雅樹は一緒に教室を出た。 昇降口に向かう。 「雅樹は、午前中はフリーじゃないの? バスケ部の手伝い?」 「いや、フリーだったんだけどさ、いとこが文化祭に来ることになっちゃってさ」 雅樹は、困った顔をする。 「だから、親から、学校の案内をしてあげなさい、って頼まれちゃって」 「へぇ。そうなんだ」 僕は雅樹をちらっとみる。 「女の子?」 「いや、男。まだ中2なんだけど、うちの学校に来たいって言っていてさ」 「そう、男の子なんだ……」 僕は、ホッと胸を撫でおろす。 「あれ、めぐむ。いま、ホッとした?」 「え? 僕、そんな顔していた?」 「ああ。まぁ、どちらにしても心配することないから……」 雅樹は、僕の耳元に口を近ずけ、「めぐむ、大好きだよ」とささやくと、僕の頬にチュッっとキスをした。 トクン……。 はぁ……素敵。 僕は、このまま別世界のお花畑に旅立ちそうになっていたが、慌てて現実世界に戻ってくる。 「ちょ、ちょっと! ここ学校だよ!」 「平気だって。誰もいないから。ははは」 そう言いながら、僕の頭をポンポンとなでる。 「もぉ、雅樹は!」 僕は、怒った振りをしながら、雅樹に触られた髪の毛を整える。 階段を降りながら話す。 「ところで雅樹」 「なんだ、めぐむ」 「今年は楽そうでいいよね。クラスの出し物」 「そうだな、驚かし係、楽というか、楽しそうだもんな」 「うんうん」 僕と雅樹は、午後からクラスの出し物のお化け屋敷のシフトが入っている。 そう、今年のクラスの出し物はお化け屋敷。 準備にはかなりの時間をかけて取り組んだ。 その甲斐もあり、なかなか本格的なお化け屋敷となっている。 僕達がやる事になっている驚かし係とは、要は、お客さんを怖がらせる仕掛け人のことだ。 「そうだな、去年は大変だったもんな。カフェな」 「うん。そうそう、僕、疲れて倒れそうになっちゃったもんね」 雅樹はなにか思い出した顔をした。 「そうだ。たしか、俺と翔馬が付き合ってる説ってあったなぁ。ははは」 そう……。 僕の勘違い、ちょっとした行き違いがあった。 僕は、恥ずかしくて、顔を真っ赤にする。 「もう! それ、言わないでよ、謝ったじゃない!」 僕は、雅樹の腕あたりをポンポンと叩く。 「ははは、ごめん、ごめん。でも、あの時のめぐむの泣きべそ、ちょっと可愛いかったなぁ……」 「ひどい!」 僕は頬を膨らませる。 でも、僕もすぐに吹き出す。 「ふふふ、でも、今となっては、いい思い出」 「ああ、そうだな……」 雅樹は少し懐かしそうな顔をした。 しばし沈黙。余韻に浸る。 「ところで、めぐむ。図書委員の仕事って午前中はずっと?」 「んー。途中で交代してくれるっていう話だけど」 「そっか。じゃあ、終わったら、いっしょに回れるかもな」 「うん。そうだね。楽しみ」 正門から校舎までのアプローチに、図書委員の出店を発見する。 そこで雅樹と別れた。 「またね」 「ああ、またな」 雅樹は、いとこと待ち合わせの正門へそのまま歩いて行った。 僕は図書委員の店舗の裏手に回る。 数人の担当メンバーが、すでに書籍の整理をしていた。 僕は、担当の先生に声をかけた。 「お待たせしました」 「あぁ。待ってたよ。青山君」 担当の先生が手を休めて答えた。 出し物は、古本のバザーで、主に古い本を修復して捨て値で配るといったものだ。 小さな子供向けの本も少し置いてある。 近隣の幼稚園から預かっているもので代行して販売する。 本の種類も多く、ちょっとした古本屋と言っても差し支えないほど。 「ジャンルを確認して!」 先生の指示が飛び、生徒達は本を見栄えよく並べていく。 出店準備が整った頃、ちょうど、放送が入った。 「それでは、美映留高校、文化祭を開幕します!」 軽快な音楽が流れ始め、校門の方からお客さんが入ってくる声が聞こえ始めた。 図書委員の店舗は、正門からのアプローチにあるだけあって場所は申し分ない。 お客さんの入りは上々。 本を手に取り眺めてくれる。 僕は簡易レジの前に立ち、お客さんが見て回るのを眺める。 やっぱり嬉しいものだ。 「ほしいごほんはあった?」 「あったよ、ママ!」 親子連れが絵本を見ている。 あぁ。 ほのぼのするなぁ。 幼稚園ぐらいの男の子。 カワイイなぁ。 そんなことを思っていたら、店の前をスッと通りすぎる雅樹が目に入った。 「雅樹!」 と言おうとして、口をつぐんだ。 僕は目を見張った。 誰? 雅樹は女の子と腕を組んでいる。 いや、組んでいるというかぶら下がっているというのか……。 でも、いとこは、男子中学生だったはず。 むむむ……? 確かに、よく見れば男の子のようだ。多少は小柄ではあるけど。 それにしても……。 雅樹は、嫌がっているようだけど、容認しているようだ。 でも、なんだろう。 胸のあたりがキュッとする。 痛い。 なんで、あんなにくっついているんだ。 雅樹、他の人とくっつかないでよ。 「すみません、これをお願いしたいんですが……」 はっとした。 さっきの親子連れだ。 男の子が絵本を僕に差し出す。 「はい、これ。ください!」 「はい、ただいま。まっててね」 僕は慌てて、お会計をする。 そうこうしているうちに、雅樹はどこかへ行ってしまった。 僕はその後もずっと、雅樹のことが気になって気になって仕方がなかった。 「青山君、交代します」 「ありがとう!」 僕は、声をかけてくれた同級生の図書委員の子にエプロンを渡すと、すぐに雅樹を探しに行くことにした。 どこにいったのかな? 学校へ案内と言っていたから、校舎内に入ったのだろうか。 いや、校庭や部活棟の方か。 悩みながら歩いていると、僕を呼ぶ声がした。 「めぐむ!」 声の方へ目を向けると、翔馬が手を振っていた。 翔馬が立っているお店の看板を見ると、『情熱のフランクフルト byバスケ部』とある。 僕は小さく手を上げ、お店の方に歩き出した。 そうだ、もしかしたら翔馬が知っているかもしれない。 バスケ部の模擬店は、よくコンビニのレジ横で売られているような揚げ物の販売だ。 僕は、商品のディスプレイを見ながら翔馬に話し掛ける。 「翔馬は、バスケ部の手伝いなんだね」 「その通り! だからさ、めぐむ、何か買っていってくれよ」 「えっと、その、雅樹を探しているんだけど、知らない?」 「あぁ、さっき誰かと腕を組んで歩いていたな」 「そう、それ!」 「ところで、なんで、めぐむが雅樹なんか探しているんだ?」 「そ、それは……」 僕が口ごもっていると、翔馬がピンと来たのかこう言った。 「ははーん。さては雅樹の彼女を見たいんだな? 噂の」 「えっ、うっ、うん。そう」 「でも、残念だったな。なんか、一緒にいたの彼女じゃなくて、男だったぞ。友達かな?」 「へぇ、そうなんだ……」 「よし、まぁなんにしても、何か買ってくれたら行先を教えてやろう。これでどう?」 翔馬は知ってか知らずか変な取引を申し出てきた。 しょうがない。 「いいよ、じゃ、そのフランクフルトを一本頂戴!」 「毎度あり! さすが、めぐむ!」   翔馬が店内の女子達に注文を伝えている。 バスケ部のマネージャーのようだ。 しばらくして、フランクフルトが小さな紙に包まれてやってきた。 「ところで、翔馬。さっきの話なんだけど……」 「あぁ、忘れてた。めぐむ、こっちのダーツしていってくれ!」 翔馬は店の横に設置してあるダーツを指さす。 「買ってくれた人には、ダーツをしてもらい、当たればサービスすることになっているんだ」 「えっ、でも、いいよ僕は。1本でお腹いっぱいになるし……」 「まぁ、まぁ、そう言うなよ。もしかして、ダーツ苦手か?」 「うん。したことない」 「よし、俺が教えてやるよ!」 「えっ、いいって……」 そうは言ったけど、結局、僕は、翔馬の強引な誘いに負けてダーツをやることになってしまった。 「いいか、ダーツの矢はこうやってもって……」 僕が構える体の後ろから、ガッチリとした翔馬の体が密着する。 手を包む様に大きな手で握られる。 「もっと、こっちによってみな」 翔馬は、僕の体を強引に自分の体に引き寄せる。 腰の辺りもピッタリとくっ付き、翔馬のあそこが当たるのが分かる。 これって。 やばい……。 周りから見ると勘違いされるんじゃ……。 そして、耳元で翔馬が囁く。 「ちょっと上を狙うんだ。いいか?」 「翔馬、ちょっと近いよ。恥ずかしいよ」 「いや、大丈夫。男同士なんだから気にするなって。俺に任せておけって!」 でも、こんなにくっついていたら……。 そう思って、周りに目をやると、案の定、店内のマネージャー達から熱い視線が向けられていた。 嫉妬なのか、それとも違うものなのか。 もしも僕が女子なら、見守り隊の制裁に合ってしまうに違いない。 お客さんの方からも他校の女学生なのか、ヒソヒソと声が聞こえる。 普通に恥ずかしい……。 僕は顔を赤らめ、うつむいた。 そして、僕の手を握っていた翔馬が手を前に突き出す。 「それ。放して!」 僕はビクッとして、手を離す。 すると、放たれた矢は見事に的に真ん中に命中した。 「やったぞ! めぐむ」 翔馬は、僕に抱き着く。 「痛いって、翔馬……」 「いや、才能あるな。めぐむは」 「もう、翔馬が投げただけじゃん。それに恥ずかしいから離れてよ!」 「あっ、ごめん、ごめん。もし女子に抱き付いていたらセクハラだったな。ははは」 そう言って、僕から離れると、照れたように笑った。 もう! 抱き付く前からセクハラ気味だったよ。 それに、翔馬は自分がモテることを、ちっとも自覚していない。 それが、翔馬の好感が持てるところでもあるんだけど、でも、天然なところは困りものだ。 「はい、じゃあ、もう一本ね!」 翔馬は、フランクフルトをもう一本持ってくる。 あぁ……こんなに食べれない。 「あっ、そうそう、めぐむ。雅樹はさ、校舎の中へ向かったぞ!」 「ありがとう!」 僕はそう言ってその場を離れると、僕を見ていた女子学生達が翔馬に群がり始めた。 「あのぉ、ここで買うと、さっきの人みたいに、ダーツの手ほどきをしてくれるんですか?」 そんな声が聞こえる。 遠目で、翔馬を見ると、明らかに困ったような顔をしている。 マネージャー達が、手で罰サインを出しているのが見えた。 ふふふ。 あれは、翔馬の自業自得だ。 それにしても、僕はセーフだったのだろうか? さてと……。 僕は、フランクフルト2本が入った袋を持って、校舎の中へ入っていった。

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