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3-04-3 文化祭 お化け屋敷(1)

僕と雅樹がクラスに戻ると、ジュンはすでに受付の机にいた。 「遅いよ、二人とも。早く、準備に入って!」 「ごめん、ジュン」 僕達は、そそくさと裏手の入り口から明かりが漏れないように、そっと中に入る。 中は真っ暗だけど人の表情はなんとか分かるレベル。 お客さんが何人か入っているようだ。 「なかなか、盛況のようだね」 「うんうん」 僕と雅樹は声をひそめて話す。 教室中に鳴り響くお経とドロドロとした不気味な音。 そのおかげで、すこしぐらいの話し声なら大丈夫だ。 その時、キャーという悲鳴が聞こえたかと思うと、遠ざかる足音が聞こえた。 「へぇ、うまくやってるな……」 雅樹が感想を述べる。 「最初は僕だったよね?」 「そうだな。俺が先にするか?」 「いいよ、予定どおり僕からで」 僕達は薄暗い教室の中、仕掛け人の配置場所までやって来た。 「交代です」 僕は、前の担当ペアに話しかける。 「助かる。今ちょうど途切れたところだから、すぐにお願い」 「了解」 雅樹は、さっそくスイッチとタブレットを手に持ち準備をする。 僕は急いで真っ白な幽霊のマスクをかぶった。 脱出ゲームをやろう。 という意見が最初に上がった。 でも、仕組みや謎解き、お客さんの回転率などを考えて難しいという結論に達した。 そこで、『お化け屋敷』という代替案に傾いた。 何を隠そう、その意見を出したのはジュンである。 お化け屋敷に決まったとたん、ジュンの計らいで、オカルト研究会の全面協力を得ることができた。 「ジュン、オカルト研究会でお化け屋敷はしないの?」 僕は不思議そうにジュンに質問をした。 「うちはさ、毎年、占いの館をやることになっているから。意外と好評なんだよね」 そう言うと、お化け屋敷づくりの指揮をかって出た。 教室の中には、机と段ボールでコースが作られ、暗幕で真っ暗にしている。 そのルートの中で3つの仕掛けがある。 それぞれは薄暗いライトで照らされ不気味さを演出している。 一つ目は、テーブルの上に置かれた赤ちゃんのお人形。 近づくとお人形がいきなり大声で泣き出す。 これは、タイミングよくスイッチを入れると、大音量で泣き声が再生される仕組み。 この準備には僕も参加した。 僕はジュンに尋ねた。 「ねぇ、ジュン。これで本当に怖がってくれるかな?」 「大丈夫。怖がらすのではなくて、驚かすのが目的だから」 ジュンの回答に、僕はなるほどと思った。 そうか、驚かすのでいいのか。 二つ目は、無造作に置かれた首だけのマネキン。 マネキンは、恐怖にデコレーションされている。 目や口から血が流れ、振り乱れたロングヘアー。 そして、机には赤い絵の具で、『助けて……』の文字。 これは怖い。 目が合うと夢に出そうだ。 しかも、これだけではない。 近づくと、「助けて……」としゃべりだし、目と口が動く。ように見える。 これは、スイッチが入ると音声が流れるところは同じだが、それに合わせて顔に当てたプロジェクターが表情を作り出す仕組みになっている。 ちょっとしたプロジェクションマッピングだ。 ジュンも、「これは、なかなかうまくできた」と感想を述べた。 三つ目は、壁に掛けられた女の子の肖像画。 肌は色白く、そして目が異様に大きい。 口元は、薄気味悪く笑みを浮かべている。 しかも、順路を歩くとちょうど目が合うようになっている。 でもこれはダミー。 吸いこまれるように近づくと、仕掛け人の出番だ。 頃合いを見て、横に配置されたカーテンから飛び出して驚かす。 ジュンが言うには、「やっぱり、人間が一番怖い!」ということで、人手による仕掛けが設けられることになったのだ。 仕掛け人は、一つ目と二つ目のスイッチ担当と、三つ目の驚かし担当で分担する。 スイッチ担当は、頭上に設置されたカメラの映像をタブレットで確認して、タイミングを合わせてスイッチを押す。 驚かし担当は、基本的に好きな格好に変装をして、自由に驚かしていい。 だから、本格的なゾンビメイクをする人もいれば、全身タイツでコスプレする人もいる。 僕と雅樹は、簡単に変装用のマスクをいくつか用意した。 「どうせ、暗いんだから、そんなに見えないよ」 というのが、雅樹の意見だ。 しばらく待機していると、お客さんが入ってきた声が聞こえた。 「この赤ちゃん、不気味……」 「やだ、怖い……」 雅樹はタブレット見ている。 そして、お客さんが赤ちゃんの人形に触れようとした瞬間。 おぎゃー、おぎゃー、と泣き声。 「キャー!」と悲鳴が聞こえた。 雅樹は得意げな顔をして僕をみた。 指で鼻の下を擦っている。 僕は、小さく拍手した。 次のポイントでも、お客さんの絶叫が聞こえた。 さすが、雅樹だ。 いよいよ、僕の出番だ。 僕は、カーテンの内側で準備する。 心臓がドキドキするのが分かる。 驚かす方もこんなに緊張するんだ。 「あそこに、変な絵があるよ……」 「ちょっと、ゆっくり行こう……」 そんな会話が聞こえる。 息を潜める。 お客さんは絵に近づく。 僕との距離は、もう目と鼻の先。 カーテン越しで一歩、二歩の距離。 僕は息を吸う。 そして、勢いよくカーテンから飛び出した。 キャーでもヒャーでもない奇声を浴びせる。 「キャー!」 お客さんは大声を上げて出口に走っていく。 やった! うまくいった! 得も言えぬ、高揚感。 楽しい。 雅樹は僕の方を見て、グッジョブのサインをした。 「すごいぞ、めぐむ。大成功だな!」 「うん。やったよ。あぁ、なんだかとても楽しい!」 パチッ。 僕と雅樹はハイタッチをした。 そして、雅樹と交代。 雅樹は、ゴリラのマスクで挑む。 新しいお客さんが入ってきた。 僕と雅樹は互いを見て頷く。 僕はタブレットのモニタをじっと観察する。 それっ! 雅樹と同じようにタイミングよくスイッチを入れた。 キャーと、お客さんの悲鳴。 よし! いいぞ。 うまくいった。 どうやら、今度のお客さんは、小学生の子とお母さんのペアのようだ。 「ママ、怖いよ……」 「大丈夫よ。ママが付いているからね……」 そんな声が聞こえる。 「ふふふ。小学生にはまだ早いよ。ジュン仕込みのお化け屋敷なんだから!」 僕がそう独り言を言うと、雅樹が、 「めぐむ、なんか悪者の顔になっているぞ。ははは」 と笑った。 僕は聞こえないふりをして、 「僕は手加減しないよ。ふふふ」 と言うと、雅樹はやれやれ、というゼスチャーをする。 二つ目のマネキンのところに来たようだ。 タブレットの画面には、小学生の子がお母さんの後ろにピッたりとくっついている姿が映し出されている。 しようがないな。 ちょっと可哀そうだから、ということで、早めにスイッチを入れた。 「ママ、なんか言っているよ。あのマネキン……」 「大丈夫。目を閉じていればいいから」 なんとか、二つ目を通り過ぎた。 いよいよ、雅樹の出番。 「ママ、あの絵の子、こっちを見てるよ」 「また何かあるのかしら……」 僕は雅樹を見た。 今か、今かとタイミングを見計らっている。 そして、雅樹がカーテンから飛び出す。 うぉほっほっほ! 大声。 しばらく沈黙。 そして、今までにはないくらい大きな叫び声。 お母さんは、あまりに驚いてすぐには声が出なかったようだ。 しばらくしてえーん、えーん、と泣き声が聞こえた。 小学生の子だ。 雅樹は、あまりにも大人気なく驚かせてしまったことに、申し訳なく思ったのだろう。 小学生の子の前にしゃがみ込むと、 「ごめんね。ほら、もう大丈夫だよ」 と言った。 でも、すぐに、お母さんは子供の手を引いて出口へ飛び出していた。 雅樹は、頭を掻きながら戻ってくる。 「俺、そんなに怖かったかな?」 ぷっ。 柄にもなく落ち込んでいる。 僕はおかしくてしようがない。 「でも、大成功だったじゃない? ふふふ」 「まぁ、そうだな……」 そう言うと、ははは、と笑いだした。 あぁ、楽しい。 「雅樹、楽しいね!」 「ああ、これは楽しいな。次はめぐむの番だな」 「うん。次はどのマスクにしよかな」 「わざわざ怖がりに来るんだ、思う存分怖がらせてやろうぜ!」 雅樹は、そう言ってウインクをした。

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