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3-05-1 二人のクリスマスイブ(1)
僕は美映留中央駅の改札を抜け、駅前広場に出た。
「うわぁ、綺麗だな!」
広場の中央に設置された大きなクリスマスツリー。
きっと、夜になったらイルミネーションが映える。
今日はクリスマスイブ。
街はすっかりクリスマスの楽し気な雰囲気に包まれている。
ふふふ。
雅樹とデート。
僕は朝から気持ちが高ぶって、胸がドキドキしている。
いや、正確には昨日から。
あぁ、早く雅樹に会いたい。
そういえば去年のクリスマスイブはイルミネーションを見に都内へ出たっけ。
懐かしい……。
今年は地元で過ごす。
僕は、ツリーを取り囲む人達を尻目に、アキさんのお店「ムーランルージュ」へ向かった。
ムーランルージュに着くと、お店はクリスマスの飾りつけがされていた。
「おはようございます!」
「おはよ! めぐむちゃん」
この時間なのに数人のキャストさんが来ている。
マネージャーのユミさんも、「メリークリスマス! めぐむ君」と声を掛けてくれた。
きっと、今夜はクリスマスイベントでもあるのだろう。
準備とかかな?
そんなキャストさん達を横目に、ロッカーを開け鏡に映る自分を見る。
よし!
今日は思いっきり背伸びをして大人っぽくなるぞ。
僕は服を脱ぎ着替え始めた。
いつもとは違うメイク。
前々からすこし勉強していた。
アイラインをすこし派手目に入れて、リップは濃い赤。
チークは子供っぽくならないようにシャープに入れる。
ウィッグはウェーブがかかったロング。
うん。
どうかな?
せめて大学生ぐらいには見えるといいんだけど……。
そこへ、アキさんがやってきた。
「めぐむ、おはよ!」
「おはようございます。アキさん!」
アキさんは僕に近づいてくると、じっと僕の顔を見る。
「あれ、いつもと違う雰囲気ね」
「はい。ちょっと大人びて見えるようにしました」
「そうね、クリスマスだものね。だったら、ちょっとこれを付けてみない?」
アキさんは、大人っぽいイヤリングを付けてくれた。
鏡を見る。
わぁ、すごい。
さすが、アキさん。ちょっとしたアクセントでこんなに雰囲気が変わるんだ。
「気に入った? めぐむ。それ、あげるわ。安物だけど」
「ありがとうございます!」
僕は素直にお礼を言った。
「あっ、それと、これね……」
アキさんは紙袋を僕に渡す。
「メリークリスマス、めぐむ! クリスマスプレゼント。あっ、いまは開けないでね」
そして耳元で囁く。
「彼とのエッチの時に着てみてね。きっと可愛がってもらえるから」
「着てみる? 服なんですか?」
アキさんはウインクしながらしーっの指をする。
「後のお楽しみ!」
でも……僕はうつむく。
「アキさん、ごめんなさい。僕は何も用意してないんです。クリスマスプレゼント……」
「ううん。いいの、いいの」
「でも……」
「あっ、そうだ、めぐむ。じゃあさ、こっち向いて」
「はい」
アキさんは、僕の唇にチュっとキスをした。
えっ?
僕は思わず唇を抑えた。
「めぐむの唇、もらっちゃった。ありがと、めぐむ」
「あの、こんなんで……」
「いいの、いいの。さぁ、いってらっしゃい!」
「はい。ありがとうございました! いってきます!」
待ち合わせ場所には少し早めについた。
ショーウインドーに映る自分の姿を確認する。
Aラインの黒いコート。それにブーツ。
よし。
メイクともばっちり合っている。
「よお、めぐむ!」
「あ、雅樹」
雅樹が片手を上げながらやってきた。
「あれ、ずいぶん、お洒落したな」
「どうかな? すこしは大人っぽくみえる?」
僕は背筋を反らせてポーズをとる。
「ああ、綺麗なお姉さんって感じだな。ドキっとするよ」
「ほんと? うれしい」
むふふ。
嬉しいけど、ちょっと照れる。
「めぐむ。でも、どうして?」
「ほら、今日、いくでしょ? あそこ……」
「おーそうか、そうか。えらいぞ、めぐむ!」
雅樹はそう言うと、僕の頭をポンポンなでる。
やった!
雅樹に褒められた。
僕はにっこりすると、すっと雅樹の腕を組んだ。
ショッピングモールでは、クリスマスコンサートが開催される。
場所は、中央広場。
僕と雅樹は、その一角にあるカフェのテラス席に腰を落ち着けた。
注文した飲み物が来る頃には、演奏者たちの準備が整う。
「雅樹。そろそろ、始まるみたい!」
「うん、楽しみだな!」
大きな拍手とともに楽団の自己紹介があり、さっそく演奏が始まった。
「雅樹、この曲知ってる?」
「あぁ、聞いたことある。たしか、ミュージカルの曲だったか?」
「そうそう」
僕はテーブルに手を置いた。
指でトントンとリズムをとる。
うっとりと目をつぶり、口の中でメロディーを口ずさむ。
ふと雅樹を見た。
優しく微笑み湛えている。
リラックスして、今、この時を楽しんでいるようだ。
あぁ、なんて素敵な時間。
そして、誰もが知っているクリスマスのナンバーが始まる。
会場からは手拍子が沸き起こった。
「あぁ、これ聞くとクリスマスって感じがするな」
「うん。そうだね……」
雅樹は僕の手の上に手を重ねた。
そしてぎゅっと覆い包む。
あったかい。
雅樹の顔を見つめる。
「めぐむ、なんか幸せそうな顔をしてるな」
「うん。だって幸せだもん」
僕は、にっこりと微笑む。
「雅樹」
「なに?」
「ううん。何でもない。呼んだだけ」
雅樹はにっこりとする。
「めぐむ」
「なに? どうせ、呼んだだけっていうんでしょ?」
「好きだよ」
トクン……。
なっ、なに……。
「もう、そういう事を突然言うのやめてよね!」
「あれ、めぐむ、好きだろそういうの」
「意地悪!」
「いてて、そんなに手を強く握るなよな」
「べーだ。うふふ」
「ははは」
二人笑顔がこぼれる。
こんなクリスマスマスイブを過ごせるなんて……。
あぁ、本当に幸せ。
コンサートの方は最後の曲となった。
僕は繋いだ手をギュッと握りしめて、きっとこの曲は今日の日の思い出の曲になるんだろうな、と想像した。
曲が終わり、盛大な拍手。
僕と雅樹はそのまま、ランチをとることにした。
「ねぇ、雅樹」
僕は早々にパスタを食べ終わり、デザートに手を付けている。
「ん?」
雅樹はピザを頬張りながら、僕の顔を見た。
僕は雅樹に質問した。
「クリスマスプレゼント考えてきた?」
去年と同じで、今年も同じ物を互いに贈り合う。
そして、イブの今日、何を買うか考えてくる約束の日。
雅樹は、頷くと、口をもぐもぐさせ、先にどうぞの手つきをした。
「じゃあ、僕からね。まず、これ見て」
僕は、カバンから写真をスッと取り出すと、雅樹の前に差し出す。
「伏見稲荷で撮ったツーショット写真。これ、僕のお気に入りなんだ」
雅樹は、驚いた様子で写真を眺めている。
「でね、この写真を入れるフォトフレームなんかどうかな? って思って」
雅樹は黙っている。
あれ。
反応が薄い。
「だめ、かな?」
雅樹は僕の顔を見ると、にやっとして、ポケットから何やら取り出した。
「俺が気に入った写真は、この八坂神社のツーショット写真なんだけど……」
あっ、これは……。
僕は雅樹が差し出した写真を見た。
「そう、ほら、道端でキスした後の。めぐむのほほが紅潮してて可愛いんだ」
ヒソヒソ声でそう言うと、うっとりした表情になった。
「もう、恥ずかしいなぁ!」
「ははは」
「あれ? ということは、もしかして?」
「おう。俺も、フォトフレームがいいと思っていたんだよ。偶然でびっくりしたぞ」
僕は目を丸くして雅樹をみる。
「ほんと……僕もびっくりした」
「な? 俺たち、考えていること一緒だな。ははは」
「うん。なんか嬉しい!」
僕は嬉しくて、雅樹に飛びつきたくてしょうが無かった。
その後、雑貨屋を数店舗回った。
ちょうど二枚入る、合わせ鏡のような形のフォトフレームを見つけた。
「雅樹、これにしようよ」
「うん。いいね」
会計すると、さっそく、互いに用意してきた写真を入れた。
「さぁ、できたぞ。はい、めぐむ。メリークリスマス!」
「メリークリスマス、雅樹!」
僕はフォトフレームを胸の位置に持つと、改めて二枚の写真を眺めた。
あぁ、幸せそうな二人。
ふふふ。
大切な宝物が増えた。
「いこう! 雅樹!」
僕は、雅樹の手をとり歩き始めた。
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