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3-06 初詣
大晦日。
僕の家では家族で揃って年を越す。
お父さんとお母さんと僕の三人家族。
お父さんは、紅白歌合戦の曲目を調べたりテレビ欄のチェックで忙しそうだ。
お母さんは、キッチンに立ち、年越しそばの準備と、お雑煮をこしらえている。
僕はソファに寝ころびながら、ぼぉとしながらテレビを眺めていた。
そこへ雅樹から連絡が入った。
「明日の初詣の後、海を見にいかない? 島の方まで」
僕はすぐに返信を送った。
『うん。行きたい!』
『OK! 決まり』
僕はスマホを胸に抱く。
わくわくして居ても立ってもいられなくなった。
「お母さん、僕、お風呂に入るね!」
「え? まだお風呂、できてないわよ!」
「うん。僕がやるから、大丈夫!」
「じゃあ、お願いね」
僕は腕まくりをしてお風呂場に入っていった。
元旦はよく晴れて穏やか。
僕は待ち合わせの八幡宮の最寄駅で雅樹を待つ。
とにかく人が多い。
ここの八幡宮は、近辺では一番大きな神社で、遠くからも参拝者がやってくる。
「ごめん、待たせたかな? めぐむ」
「ううん。大丈夫だよ。というか、この人で、出会いないかと思ってハラハラした!」
「本当にすごい人だな」
僕は雅樹の顔をまじまじと見つめる。
「雅樹、今年もよろしくね!」
「ああ、今年もよろしく、めぐむ!」
かしこまった挨拶に二人照れ笑いをした。
そして、雅樹は手を出し、「さぁ、いこうぜ!」と言った。
「雅樹、ごめん、今日は、ほら、男モードなんだ。だから、手は繋げない……」
「ごめん。そうだよな。うっかりした。いつもの癖だ。ははは」
お正月は、ムーランルージュは店を閉めている。
だから、今日は女装をせずにそのまま来たのだ。
長い参道を歩いていく。
「あーあ、今年は受験勉強が始まるな」
雅樹が憂鬱そうに言った。
「そうだよね。三年生になったら夏までには遊びつくしておきたいね」
「めぐむは夏からでもいいかもしれないけど、俺はもう始めないとな……」
「ふふふ。僕が雅樹に唯一勝てるのって勉強だけだね」
「それが一番大事な事じゃん。まぁ、めぐむがいるから辛くても乗り切られるってもんだよ。受験勉強」
「僕が雅樹の励みになるなら嬉しい!」
「よし、勉強で辛くなったら、エッチして慰めてくれよな?」
僕は辺りをキョロキョロする。
そして、小声で返す。
「ちょっと、ここ外だからね。そういうことは言わないの!」
雅樹はニヤっとすると肩を組んくる。
「こうすれば自然だろ? めぐむが勉強で辛くなったら、俺が慰めてやるからな!」
僕は雅樹の手の甲をつねり、肩に組んだ腕をはがす。
「いててて!」
「もう、翔馬みたいなことしないで。それに、僕は勉強が辛いからって、その、しちゃうのは違うと思うんだ。もっと純粋で自然なものだと思うから」
「ん? それって、勉強に関係なく、俺としたいってこと?」
「えっ? 僕、そんなこと言った? 今?」
「たぶん」
「もう、恥ずかしいから、そういうこと言わないで!」
僕は照れて雅樹を叩く。
「いててて、だから、めぐむが言ったんだよ!」
「知らない!」
頬を膨らませプイッと横を見た。
長い行列もいよいよ終わりに近づく。
あと数組で僕達の番だ。
「もう少しだな、めぐむ」
「うん」
僕は何をお祈りしようか考えていた。
今年も雅樹と仲良くできますように!
ううん。
もっと欲張ろう。
雅樹とたくさんエッチができますように!
これはさすがに……。
うーん。
雅樹と一緒の時間がたくさん出来ますように!
これだ!
僕と雅樹に番。
お賽銭を投げて、お辞儀と拍手。
そしてお祈り。
『神様、今年も、雅樹と仲良くできて、いっぱいエッチして、沢山の時間を一緒に過ごせますように!』
最後にお辞儀。
ふぅ。
予定を変更して、ちょっと欲張ってしまった……。
本殿を離れて雅樹が言った。
「めぐむ、何をお祈りした?」
「えっ? 普通に、いろいろかな」
「そっか、俺は、受験勉強がうまくいきますように、かな」
僕は、雅樹をはっと見つめる。
自分があまりにも不純なお祈りをしたことが恥ずかしくなってきた。
「どうした? めぐむ。顔を赤らめて」
「え? なんでもないけど……」
「そっか。ならいいんだけど……」
僕はもう一度本殿を振り返った。
『神様、受験勉強も頑張りますから。どうか』
こっそり念じた。
さて、お詣りの後は、おみくじ。
巫女姿の係員さんにお金を渡すと、雅樹と僕はそれぞれ箱の中に手をいれた。
「よし、これだ!」
雅樹の回心の一声。
僕は奥の方に手を伸ばし選ぶ。
「これにしよう!」
さて、結果はどうかな?
僕はおそるおそる、お折りたたまれた紙を広げる。
最初に目に飛び込んできたのは『大吉』の文字。
やった!
「雅樹、大吉だったよ!」
僕は興奮して雅樹に報告したが、雅樹は浮かない顔。
「めぐむもか、俺も大吉。でもな、『学業』をみると、叶うが精進せよ、だって。うーん」
僕もあわてて『恋愛』欄を読む。
感情を抑えよ。さすれば吉。
うーん。
さっそく、お祈りの答えをもらったような……。
「雅樹、大吉っていっても、全部がいいって訳じゃないんだね」
「ほんとうにな。結局、俺たち次第ってことだな。ははは」
僕達は木におみくじを結んだ。
「じゃ、引き返すか!」
「うん」
参道の裏道は、お土産さんや可愛いお店が連なる通りになっている。
にぎやかだけど、参道に比べればぎゅうぎゅうってことはない。
「めぐむ、手冷たくないか? 俺のポケットにいれろよ」
「いいの?」
僕は雅樹の横にスッと近づき、雅樹のコートのポケットに手を入れる。
ポケットの中で雅樹の手と触れる。
そして、恋人結び。
あったかい……。
雅樹がにっこりして僕を見る。
「こうすれば、手を繋いでいるのわからないだろ?」
「ふふふ。バレバレだとおもうよ」
「そっか?」
「でも、この人出だもん。誰も見てないと思う」
「めぐむの手、温めてやるからな!」
「うん!」
やっぱり、手を繋げるのは嬉しい。
今年最初の雅樹の手。
僕は思わずぎゅっと握る。
雅樹もぎゅっと握り返してくれる。
ふふふ。
雅樹はニッと笑う。
そして、鼻歌交じり。
雅樹も僕の手を繋ぎたかったんだ。きっと。
裏通りをしばらく歩くと、僕はふと、和風の可愛いお店が目に止まった。
「ねぇ、雅樹、ちょっと早いけどお昼にしない?」
「いいねぇ。朝早かったからお腹がペコペコだ」
「あそこの店がいいんだけど……」
僕は指さす。
老舗料亭のような門構え。
間口は狭く、奥まったところに建物があるようだ。
門には控えめな看板がかかっていて、その脇にはメニューが置かれている。
メニューを見ていた雅樹は言った。
「そんなに高く無さそう。いいよ。ここにしよう」
間口を入っていくと、飛び石が置かれたアプローチが現れる。
綺麗に手入れがされている。
そして、すこし進むと、古くて味わいのある木造建築が現れた。
どこか名の通った人物のお屋敷だったのかもしれない。
竹林の向こうに池が見える。
中庭もあるようだ。
僕と雅樹は、温かい天ぷら蕎麦を注文して、すすった。
「美味しいね!」
「あぁ、でも、全然足りないなぁ」
「よかったら、僕の天ぷら食べない?」
「いいのか?」
雅樹は僕の答えを聞くまえに、箸を伸ばしてきた。
クスクス。
そんなにお腹が減ってたんだ。
ムシャムシャ食べる雅樹を見る。
なんか気持ちいい。
「じゃぁ、デザートでも頼んであげようか?」
「いや、やめておくよ。あとで島でお茶したときに食べるの取っておく」
「そうだね。ふふふ」
この後の予定は、駅に戻って路面電車に乗って島へ向かう。
途中、電車は海沿いを走る。
車窓から二人で見る海。
ああ、楽しみ。
「あっと、ちょっとまってな」
雅樹はスマホの着信に気が付きチェックを始める。
「いいよ」
僕は、食後に運ばれてきたコーヒーに砂糖を入れた。
そして口を付ける。
美味しい。
僕はゆったりとコーヒーを飲みながら中庭を眺める。
野鳥が数羽、枯れ木に止まって羽を休めている。
「いいところだよね……」
雅樹はスマホのやり取りが終わったようだ。
「めぐむ、ごめん」
「え?」
「これから、帰らないといけないことになった」
「これからすぐ?」
「ああ。急に親戚がきて、呼び出された」
「えっ、でも、島に行くって」
「ごめんな。この埋め合わせは必ずするから」
雅樹はすまなそうに頭を下げる。
「そんな。せめて、もうちょっと一緒に……」
「俺も、帰りたくないんだけど、うちの親がさ。いとこに甘くてさ」
「いとこって……もしかして、親戚というのは、雅樹のいとこ?」
「そう、文化祭に来てただろ。俺が断ると、親に言いつけてくるんだよ。面倒くさい」
また、胸の辺りがキュっとしてくる。
体温が上がるのが分かる。
雅樹のいとこの男の子。
腕を組み、手を繋いでいた。
今度は、僕と雅樹の大切な時間を……。
だめだ……。
気持ちを制御できない。
太ももの横を自分でつねる。
すぅ、はぁ。
息を整える。
大丈夫。大丈夫。
自分に言い聞かせる。
「わかった。いいよ。雅樹。帰って」
あふれだす感情を辛うじて抑えて言った。
でも、これが限界……。
「本当にごめんな、めぐむ。一緒に駅まで行こうか」
「ううん。僕はまだここにいるよ。だから、帰って……」
雅樹、本当に帰って。
これ以上は、僕は自分が何を言うかわからない。
きっと、雅樹を傷つけることを言ってしまう。
「おねがい……」
雅樹は、察してくれたようだ。
テーブルのお金を置くと、店を出て行った。
僕はしばらく、気持ちを落ち着かせようとした。
どこにぶつけたらいいのかわかない、この感情。
大切なものを奪われる。
怒り、悔しさ。
でも、ちがうんだ。
分からないけど、そういうことじゃない。
会計を済ませると、僕はとぼとぼと駅に向かった。
せっかくの楽しい初詣だったのに、最悪な結果となってしまった。
頬を涙が伝わる。
僕は路地に入ると、顔を両手で抑えて、声を押し殺し泣いた。
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