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3-07 すれ違う気持ち
翌日、雅樹からすぐに、埋め合わせをしたいとの連絡があった。
でも、僕は、『大丈夫だから』と返した。
本当は大丈夫じゃない。
落ち込んでる。
一晩明けても悔しい気持ちは消えないし、落胆の気持ちはぬぐえきれない。
今は会わないほうがいい。
絶対に喧嘩してしまう。
そんな気がした。
気持ちの整理がつくまでは我慢。
だから、翌日も、またその翌日の雅樹からの連絡にも、最低限の返信しかしなかった。
冬休みが終わり、学校が始まる。
僕は溜息をついた。
どんな顔で、雅樹に会えばいいのだろう。
「別に喧嘩をしているわけじゃないし、普通にしていれば大丈夫」
僕は、そう思うことにした。
教室に入ると、雅樹が先に来ていた。
「おはよう、めぐむ」
にっこりと言った。
「おはよう、雅樹」
僕も自然に微笑んだつもりだった。
けど、自分で無理していることが分かる。
あれ……?
僕はいつも、どんな顔で雅樹と接していたんだっけ?
雅樹は、そんな僕を表情を読み取ったの
か、すこし顔をこわばらせた。
僕は、自分が雅樹を怒っているのかどうかも、よくわからない。
ただ、明らかに以前の僕ではない。
その日のお昼休み、雅樹からのメールを受け取った。
『今日の帰り、会って話せないか?』
ずっと、逃げていたけど、やっぱりちゃんと雅樹に向き合おう。
こんなモヤモヤとした気持ちは嫌だ。
僕はそう思って、返信をした。
『わかった』
いつものショッピングモール。
僕は、ムーランルージュに寄り、フードコートに来た。
おかしいな。
雅樹と会うだけなのに緊張する。
僕は、カフェラテを手に席に座った。
時計を見る。
雅樹は部活に少し顔だしてから来ると言っていたから、もう少しかかるだろう。
僕はテーブルに突っ伏した。
この心につかえたものを取り除き、早く前の僕に戻りたい。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
気が付くと、目の前の席には雅樹が座っていた。
時計を見る。
あぁ、寝てしまった。
「起きたか? めぐむ」
「うん」
化粧が落ちないように目を擦る。
「雅樹、起こしてくれれば、よかったのに」
「いや、疲れていそうだったから」
僕はすっかり冷えたカフェラテに口を付けた。
美味しくない。
雅樹は頭を下げた。
「めぐむ。本当にごめん。俺が悪かった。せっかくのデートだったのに」
僕は黙って聞いていた。
「後から、めぐむの気持ちを考えたら俺は酷いことをしたなと思ったんだ」
沈黙……。
「いいよ。雅樹。僕はもう怒ってないから」
僕は、そう冷静に言った。
「なにか埋め合わせさせてくれないか? どこか行きたいところとか? 改めて島にいこっか? それとも、好きな映画とかでも?」
カフェラテを口に運ぶ。
「ううん。大丈夫だよ」
僕は微笑んだ。でも。
このカフェラテと同じように、意図せず冷めた口調になったかもしれない。
「雅樹、すこし歩こうよ」
「わかった」
僕達は席を立った。
それから、無言でモールを歩いた。
二人の距離は遠い。
手の甲ですら触れることはない。
心はもっともっと遠く感じる。
僕は正直驚いていた。
そう。
雅樹から直接謝りの言葉を聴けば、素直に元通りになるかも、と期待をしていた。
いつものモールを歩けば、自然と手を繋げるだろうと……。
でも、違った。
心につかえたものは引っかかったままだ。
心と体は、頑 なに拒否をしている。
ショッピングモールの出口までやってきた。
時計を見る。
もういい時間だ。
僕は雅樹に言った。
「それじゃ、また学校で……」
「ああ……」
雅樹は寂しそうに言った。
翌朝、教室に入ると、雅樹とは形式的な挨拶を交わした。
それを見ていたジュンが言った。
「あれ、めぐむ。雅樹と喧嘩でもしているの?」
「え? どうして?」
僕はドキっとして聞き返す。
「ほら、いつもならもっと仲良さそうじゃん。二人とも」
「いつもと同じだけど……」
さすがジュンだ。よく見ている。
「そっかな。まぁ、いいか。実は今さ……」
ジュンのオカルト研究会の新しい謎解きの話が始まった。
僕は、上の空でうん、うん、と相槌を打つ。
ごめん、ジュン。
いま、それどころじゃないんだ。
また、今後、ちゃんと聞くから許して……。
その日の夜。
ベッドに横になっていると、雅樹から連絡があった。
『週末、どこかに遊びにいかない?』
『ごめん、用事があるから』
僕はすぐに返信していた。
はぁ。
嘘をついてまで、どうして僕は断ったりするんだ。
たしかに、いまの僕達じゃ、どこへ行ったってぎくしゃくして楽しくないだろう。
でも、もとの僕達に戻るには何かしなきゃ。
雅樹は、こんなにも僕に気を遣ってくれている。
あれ?
もしかして、僕は元に戻るのを望んでない。
まさか、僕は雅樹のことを……。
いや、いや、僕は頭を横に振った。
「僕はいったいどうしてしまったんだ!」
僕は枕に顔を押し付けた。
何日か過ぎたある日の放課後。
僕は一人で下校していた。
緑道を通り抜け、国道に差し掛かったとき、誰かに声をかけられた。
「めぐむ、いいか?」
僕は振り向いた。
雅樹だ。
息を切らしている。
走ってきたようだ。
「どうしたの? 雅樹」
雅樹は、息を切らしながら、言った。
「めぐむ、怒っているんだろ。どうしたら許してくれる? 俺、どうしたらいいか分からないんだ」
「雅樹は、謝らないでよ。ほら、もう僕は怒ってないって言ったじゃん」
「うそだ。めぐむ、怒っているよ」
そう、怒鳴らないでよ。
僕だってわからないんだ。
どうして、僕はこんなになっているのか。
「だから、僕は怒ってないから……」
僕はそれだけを言うと、振り向きそのまま国道へ歩きだした。
雅樹の悲し気な顔が脳裏に焼き付いていた……。
学校帰り、僕はチェリー公園のベンチで彼を待つ。
僕の最初の親友、白猫のシロに相談するためだ。
今日はあいにく、シロの大好物のイカ焼きは手に入らなかった。
だから、魚肉ソーセージを買ってきた。
しばらくすると、繁みからシロが姿を現した。
僕と目が合う。
「やぁ、シロ」
僕は声をかける。
なんだ、めぐむか、という表情。
そのまま、通り過ぎようとする。
「なんだよ、シロ。つれないな!」
僕は、ソーセージをちらかせる。
「ちゃんとお土産持って来たんだから、話を聞いてよ!」
しょうがないなぁ。
トコトコ近づいてくる。
ひょいと、ベンチに飛び乗ると、僕の横に座った。
「ありがとう、シロ。さすが僕の親友だ」
僕の手からソーセージを奪い取り、むしゃむしゃ食べはじめた。
「食べながらでいいから聞いてよ」
「にゃー」
「僕、雅樹とギクシャクしているんだ。なんでそうなったかというとね……」
僕は雅樹とそのいとことの一件について話す。
シロは時折、僕の表情を伺い、相槌をうっているようだ。
「シロ、僕はどうしちゃったんだろう?」
シロは、すっかりソーセージを食べ終わり毛繕いを始めた。
「僕は本当に怒っているのかな? 雅樹のこと」
僕は、シロの喉を撫でてあげる。
シロは喉を鳴らしながら、少し考えていたようだ。
しばらくして、僕を見上げる。
「にゃー」
「え? 僕がいけないって? どうして、僕がいけないの?」
僕はシロを抱きかかえ、シロと顔を合わせる。
「にゃー」
「そんな事も分からないのかって? 分からないよ!」
シロは僕の目を離さずじっと見つめる。
シロの透き通った目。
暫しの沈黙。
「そっか……シロの忠告はありがたく受け取るよ。話を聞いてくれてありがとう、シロ」
僕はシロを下ろし、頭を撫でてあげる。
「にゃー」
シロは僕の足に身体をこすると、ひと鳴きして去っていった。
「元気出せよ、か。ありがとう、シロ」
僕は湯舟に浸かりながら考えを巡らせる。
シロは僕がいけない、と言った。
どういうことだろう?
口と鼻を湯舟に入れ、ブクブクと泡を出した。
少し整理してみるか。
天井を見る。
あの初詣の日。
雅樹には、僕のために、いとこのことは断ってほしかったのは事実。
でも、雅樹だってしょうがなかったのは分かる。
だから、雅樹が悪くないのは分かっているんだ。
ショッピングモールで、直接雅樹が謝るのを聞いたけど、僕の気持ちには何の変化もなかった。
つまり、そういうこと。
雅樹は悪くない。
じゃあ、僕は一体なにに怒っているんだろう?
僕は、浴槽の縁にあごの乗せる。
ふぅ……。
雅樹のいとこ。
僕と雅樹の仲を邪魔する存在。
文化祭の時も、初詣の時も、確かに、雅樹のいとこを快くないと思ったのは本当だ。
『いとこ』っていうだけで、僕よりも雅樹の近くにいられる。
悔しい……。
あれ、これはなに?
嫉妬。そうだ、嫉妬だ。
嫉妬……?
頭の中で、光明が差し霧が晴れていく。
それと同時に、悲しい気持ちになった。
あぁ、そうか、分かった。
僕は自分自身に怒っているんだ。
そして、失望して、許せないんだ。
雅樹のいとこに嫉妬する自分に。
そう、あんなに優しくて僕のことを思ってくれている雅樹のことをちゃんと信じきれてない自分に……。
僕はまた湯舟に深々と浸かり、天井を見上げた。
あぁ、シロの言う通りだ。
僕はそんなことも気が付かないでいたんだ。
それなのに、雅樹にあんな悲しい顔をさせてしまった。
謝りたい。
雅樹に。
こんな嫉妬深い僕を許してほしいと。
涙が頬を伝う。
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