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3-08 バレンタインデー

謝りたい気持ちとは裏腹に、それからも僕は雅樹に謝れないでいた。 雅樹から軽蔑されることが怖かったんだ。 だから、もしかしたら、時間が解決してくれる、なんて甘いことを考えてしまっていた。 あれからも、雅樹はメールでデートの誘いをしてくれた。 でも、僕は適当な用事につけて、断りつづけた。 「僕から謝らないといけないんだ」 そんな独りよがりを続けているうちに、誘いのメールもこなくなった。 嫌われてしまったのかもしれない……。 雅樹とは学校で挨拶をするだけ。 そんな日々が続いている。 雅樹は、もう僕に愛想をつかしているに違いない。 メールも来なくなって久しい。 毎日、夜寝る前には雅樹の写真を見ては寂しくて泣いた。 僕が雅樹を好きな気持ちは何も変わっていない。 ほら、こんなに雅樹のことばかり思い浮かぶ。 笑顔。 話すときのしぐさ。 意地悪そうな笑顔でさえ愛おしい。 手を繋ぎたい。 キスしたい。 雅樹との何気ない会話。 雅樹との楽しい思い出を思い浮かべると、とめどなく涙が流れてくる。 そして、いつの間にか眠りにつく。 いつしか、そんな習慣が身に付いてしまった……。 僕は、ふらふらと部屋を出て洗面所へ向かう。 そして顔を洗い、ダイニングへ入った。 「おはよう、お母さん」 「おはよう、めぐむ、最近、寝坊気味よ。しっかりしなさい!」 「ごめんなさい」 僕は眠そうな眼で椅子に座った。 お父さんが僕の顔をチラッと見た。 「おはよう、めぐむ」 「おはよう、お父さん」 「どうした? 最近元気ないみいだけど」 「そうかな?」 お父さんは、ご馳走さまをすると、席を立つ。 「なにかあったら、相談にのるからな」 「そうよ、母さんにも、相談してね。めぐむ」 「ありがとう、お父さん。お母さん」 そっか、僕は両親にまで心配をかけちゃっていたんだ。 僕は朝食を取りながら考えた。 あぁ、どうして、すぐに謝らなかったんだろう。 後悔しても、後悔しきれない。 このままじゃ、僕はきっと駄目になってしまう。 中学生の時のような真っ暗な毎日。 いや、それどころじゃない。 雅樹という心の支えを一旦知ってしまった今では、何も無かった頃とは違う。 なまじ知ってしまったからこそ、その大事な雅樹を失った事実に僕は耐えられない。 きっと僕は生きていけないだろう。 なのに……どうして僕は……。 涙をこらえる。 せめて、謝れるきっかけがあれば。 僕ははっとカレンダーを睨み、そして決心をした。 僕は、メールを打った。 『雅樹、会って話したいことがある。明日、部活の後でいいから』 朝の忙しい時間帯だ。 直ぐには返事は期待出来ない。 でも、間もなく返信があった。 『分かった』 目を閉じる。 よし。 会ってくれる。 断られないで良かった。 ホッとした。 スマホを胸に押し当てギュッと握った。 僕は散々、会うのを断り続けたというのに。 雅樹、ありがとう。 もしかしたら、まだ僕のこと愛想を尽かしてないかもしれない。 そんな都合のいい事を思いながら、学校へ行く準備をした。 学校の帰り、美映留中央に立ち寄り材料を買った。 作り方は、大体わかるけど一応調べる。 うん。 大丈夫そう。 「お母さん、キッチン借りるね」 「あれ、どうしたの? 何か作るの? めぐむ」 お母さんの声が聞こえる。 リビングでくつろいでいたようだ。 僕の言葉でキッチンへ入って来た。 「うん。友達に友チョコでもあげようかなって思って」 「へぇ、そうなの?」 声のトーンを落として言う。 「好きな女の子でもできた?」 少し沈黙。 「やだな、そんなんじゃないよ。お母さん。男友達!」 「そっか。もしかしたら、恋の悩みかと思っていたんだけど。でも、めぐむ。元気そう。良かった」 「ありがとう」 「手伝いが欲しかったら言って!」 「ありがとう。お母さん」 そう言うと、リビングに戻っていった。 さすが、お母さん。 鋭い。 そうなんだ、恋の悩みなんだ。 もしも、恋の相手が女の子だったら、お母さんに相談できたかもしれない。 でも、違うんだ。 お母さんには相談できないんだ。 ふと準備した材料に目をやる。 気持ちを入れ替える。 さて、作るぞ! 僕は、エプロンを首にかけ、腕まくりをした。 あとはチョコが固まるのを待つだけ。 ラッピングの準備もできた。 準備万端。 僕は、早々に夕食とお風呂を済ませベッドに入った。 目をつぶる。 さぁ、いよいよ明日。 雅樹に謝るぞ。 もう、泣きながら寝るのは卒業だ。 でも、雅樹は許してくれるだろうか? 失望させてしまうだろうか? でも。 いいんだ。 雅樹、ごめんなさい。 僕は、何度がそうつぶやき、予行練習した。 次の日。 僕はいつものように登校をした。 教室に入ると、雅樹に挨拶をする。 「雅樹、おはよう」 「おはよう、めぐむ」 それだけのそっけない挨拶。 ジュンは見かねて僕の肩を叩く。 「めぐむ、いい加減、仲直りしなよ。雅樹と」 「ジュン、大丈夫だよ」 「まったくもう」 ちょっと呆れた顔をする。 「まぁ、それはそうと、今日はバレンタインデーだね」 「うん。そうだね」 「ボクはさ、実は片桐先生にチョコをあげるつもり」 ジュンは小声で言った。 「ほんと? 手作り?」 ジュンは首を振る。 「ボクには手作りは無理だな。でも、愛情はたっぷり込めたから」 「ふふふ。もらってくれるといいね。片桐先生」 「うん。なんか、緊張してきた」 その時、ホームルームの鐘が鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。 今日の授業は、全くと言っていいほど集中できなかった。 いつもは、意識的に雅樹を見ないようにしている。 でも、今日は、どうしても雅樹を見てしまう。 雅樹は、今日のこと、どう思っているんだろう。 面倒くさいと思っているだろうか。 それとも、すこしは楽しみに思ってくれているだろうか。 雅樹の様子はいつも通り。 心中はうかがい知れない。 ふぅ……。 緊張しているのは僕だけか。 そんなことを一日中考えているうちに授業が終わった。 僕は直ぐにムーランルージュへ向かった。 ムーランルージュでは、バレンタインデーイベントの準備の真っ最中だった。 たくさんのチョコの包みが用意されている。 スタッフさん達は準備で忙しい。 みんなを指揮していたアキさんは、僕に気が付くと、声をかけてくれた。 「めぐむも彼にあげるなら、もっていっていいわよ」 「ありがとうございます。でも、大丈夫です」 アキさんは僕が手にしている包みを見る。 「もしかして、手作り?」 「はい。簡単な生チョコですけど」 「さすが、めぐむ。彼、よろこんでくれるといいわね」 「はい!」 支度を終えたところで、鏡に映る自分の姿を見る。 雅樹にもらったチョーカーを触った。 うん。 大丈夫。 さあ行こう。めぐむ。 僕はショッピングモールへ向かった。 雅樹は先に来て待っていた。 僕に気が付くと、手を挙げた。 僕は早歩きで雅樹の元に向かった。 「やあ、めぐむ。なんか久しぶりだね。誘ってくれてありがとう」 「ううん。雅樹こそ。来てくれてありがとう」 「いこうか」 「うん」 僕と雅樹はショッピングモール内を歩く。 雅樹の斜め後ろ。 ちょっと前なら手を繋いで横に並んでいた。 当たり前の場所。 でも、それは特別な場所だったんだ。 雅樹の手を見る。 大きい手。 触れたい。握りたい。雅樹の体温を感じたい。 僕は雅樹のコートの裾を掴んだ。 雅樹が振り返る。 「雅樹、話があるんだ」 僕は切り出した。 「あぁ、わかった」 雅樹は、そう言うと、公園に行こうか、と言い中央入り口を指さした。 公園のベンチ。 二人黙りこくっている。 僕は話がしたい。と言ったけど、なかなか切り出せない。 そんな僕を見かねて、雅樹が言った。 「いいよ。めぐむ。どんなことを言われても覚悟はできているから」 雅樹は、優しく微笑みかけてくれる。 僕は目をぎゅっと瞑り、頭を深々を下げた。 そしてずっと言えなかったことを言った。 「雅樹、ごめんなさい」 暫し沈黙。 雅樹は言った。 「うん、そうか。分かった。めぐむ、別れよう。俺のせいなんだ。覚悟はしてきたから……」 「え?」 僕は驚いて雅樹を見る。 「だから、別れようって、ちがった?」 「ちがうよ!」 雅樹は勘違いをしている。 そうか……。 ごめんなさい、だけでは何を謝っているか分からない。 僕は慌てて説明をする。 「僕が謝ろうとしているのは、僕が雅樹のいとこに嫉妬してしまったこと。そして、そのイライラな態度が雅樹を困らせてしまった。どうしようもないんだ。僕は」 そこまで言って唇を噛んだ。 本当にどうしようもない。 情けなくて、涙が出てきた。 雅樹は黙って聞いていた。そして、言った。 「もしかして、それをずっと悩んでいた?」 こくりと、僕は頷く。 「軽蔑したよね……僕のこと」 僕は足元を見た。 雅樹の目を見るのが怖い。 「いや、むしろ嬉しかった。ありがとう。めぐむ。俺のことで悩んでいてくれて」 「でも……」 「だって、俺のことが好きだから、嫉妬したんだろ。そりゃ嬉しいよ」 雅樹は微笑みながら言った。 ああ。 雅樹の言葉、その表情。 僕は救われた。 「そう……よかった。本当に、よかった……」 堰を切ったように涙が溢れてきた。 僕は両手でそれを隠すように覆った。 嗚咽が止まらない。 その時、肩の辺りに暖かな温もりを感じた。 雅樹の手。 僕の肩を抱いてくれたのだ。 嬉しい……。 雅樹の胸に寄りかかる。 あぁ、気持ちが落ち着く。 僕はハンカチを取り出し涙を拭いた。 泣いたら、すっきりした。 僕はすっかり落ち着きを取り戻した。 そんな僕を見て、雅樹が言った。 「じゃあ、めぐむ。これで仲直りだよな? 俺達」 「うん」 僕が微笑みながらそう答えると、雅樹は穏やかな顔をした。 「はぁ、俺のこと嫌いになったのかと思った。だから、めぐむからの誘いがきたら嬉しくて」 雅樹はうつむく。 「でもよく考えてみたら、別れ話かもしれないな、って思っていた。だから、今はすっごく嬉しいよ!」 あぁ、雅樹はどこまでいい人なんだろう。 責められて当然の僕を責めるどころか、まだ自分を責めるなんて。 大好き。 心から大好き。 雅樹の顔をぽぉっと見つめていると、はっと思い出したことがあった。 そうだ、チョコの存在。忘れている。 僕は、そそくさとバッグからチョコの包みを取り出した。 雅樹に差し出す。 「あっ、これ。チョコレート作ったから食べてよ」 「お、そうか。今日はバレンタインデーか。嬉しいなめぐむの手作りか。安心したらお腹が減ったよ。一緒にたべよう!」 雅樹は開けていい? というリアクションをする。僕は頷く。 箱の中にはサイコロ状に切り分けた生チョコが入っている。 雅樹は、そのひとつを手で摘まむと、パクっと口に放り込む。 「ほら、めぐむも」 もぐもぐしながら、チョコの箱を僕に差し出す。 僕もひとつ掴むと口に入れた。 雅樹が言った。 「あまいな」 「うん。あまい」 お互いにっこり微笑み合う。 「なぁ、めぐむ、仲直りのキス。してもいいか?」 「うん。キスして雅樹」 唇を重ねる。 雅樹の舌が僕の口をこじ開ける。 半開きになった僕の口へ舌が入る。 舌が絡みあい、激しく吸い付く。 あぁ、幸せ……。 甘い甘いチョコレートの味がした。

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