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3-10-1 翔馬の別荘 (1)

「春休みさ、うちの別荘にこないか?」 翔馬が言った。 僕とジュンは顔を見合わせる。 昼休み。 僕とジュンがちょうどお弁当を食べ終わった時だった。 「雅樹も行くんだけど、4人でさ。どう?」 雅樹も!? 僕はジュンに探りを入れる。 ジュンは、「めぐむが行くならいいよ」と言った。 「僕は行きたいな」 「よし、決まりだな!」 翔馬は指をパチンと鳴らした。 翔馬の別荘は、有数のリゾート地にある。 僕達は、新幹線に乗って最寄駅までやってきた。 「うーん……」 僕は伸びをした。 空気が美味しい。 ジュンが言った。 「こっちはまだ肌寒いね」 「うん。夏がシーズンだもんね」 僕は、すこし厚着してきたけど、正解だった。 「なにいってるんだよ、気持ちいいじゃん!」 翔馬は、僕とジュンに間に入り、僕らの肩を組む。 「翔馬、重いって!」 ジュンが顔をしかめていう。 「わりい、わりい。ははは」 翔馬はにっこりと笑いながら僕とジュンから離れ、今度は後ろを歩く雅樹に肩を組みだす。 「まったくもう!」 ジュンは文句を言っているが、そんなに嫌そうではない。 そう、仲のいい友達だからこそのスキンシップだと分かっているから。 翔馬は、修学旅行以来、僕とジュンには完全に打ち解けている。 最初の印象は、クールで爽やか、それにイケメンすぎて、少し近寄り難い感じだったけど、馴染んでくると、とても人懐こい。 以前雅樹は、翔馬はいいやつ、と繰り返し言っていたけど、本当にそうだなと思う。 今がオフシーズンといっても、それはリゾート地。 春休みだから、駅前の通りは人が多い。 「まずは買い出しだな」 雅樹が言った。 「オーケー!」 翔馬が道案内を始める。 今晩と明日の朝の食材を買った。 今晩のメニューはパスタ。 実は炊事係は僕なのだ。 それは、出発前のこと。 「うちの別荘さ、ご飯は自炊なんだよ……」 翔馬が言った。 別荘の管理は業者がやってくれる。 行く日にちを事前に言えば、掃除やベットメイクなどはやってくれるらしい。 でも、ご飯は、外に食べに行くか、自炊するしかない。 まぁ、ホテルではないのだから当たり前といえば当たり前だ。 「外に食べに行くにも、今のシーズンは店開いてないかもしれないしな」 「そうだな。こまったな」 雅樹が言う。 「そうなんだ。こまった……」 翔馬が答える。 「それは、こまったね……」 ジュンが同意する。 ふぅ……。 男の旅行あるある。 食事に困る。 しょうがない。 僕は小さく手をあげる。 「いいよ。僕が炊事係やるよ」 翔馬はそれを見て声を上げる。 「ほんとか? よっしゃ、めぐむ。愛しているよ!」 「大袈裟だよ、翔馬……」 「はっはは」 翔馬の言葉に、クラスの女子達がビクッと反応しているのが分かる。 こちらをチラチラ見ている。 怖い怖い。 「まぁ、あんまり期待はしないでよ。僕だってそんなに料理上手じゃないから」 「いいよ。めぐむ。ボクは、なんだって食べれるから!」 ジュンのフォローに、「うんうん。食べれればいいから」と、翔馬。 もう! 二人とも、まずいって決めつけている。 「そうだ。安心しろ。めぐむの作るもんなら、我慢してでも食べるよ!」 雅樹まで……。 「ねぇ、それだと、なんだか僕が作る料理はまずいみたいじゃん」 「いやさ、だから、ハードルを下げてあげているわけ。この優しさ、わからないかなぁ」 翔馬が、指で振りながら、ちっ、ちっ、ちっと口を鳴らす。 その動きに僕が微笑むと、一同笑った。 という、いきさつがあり、炊事係となったのだ。 翔馬の別荘に着いた。 思った以上に大きい。 暖炉のある大きいリビングに、ダイニングキッチン、寝室が二部屋、書斎が二部屋。 バーベキューができそうなテラスがあり、苔むした白樺の林が辺りを取り囲む。 たまに、野生のシカが現れるのだそうだ。 「すごいな。翔馬ってじつは金持ちのお坊ちゃんか?」 雅樹が言う。 「そうでもないさ。金持ちなら、執事が出てくるんじゃないのか」 翔馬が頭を掻く。 「これ、すごい!」 ジュンは、リビングに飾ってある猛獣のはく製やアジアの怪しいお土産の置物を眺めながら言った。 さすが、ジュン。 オカルト好きの魂がうずいているようだ。 「ここって、お化けとか出る噂はないの?」 「それは、ちょっと聞いたことはないな。あ、でも、平家の残党がこの辺を荒らしまわって打ち首になった話を聞いたことがあるな」 「翔馬、その話、詳しく!」 「相変わらず、グイグイくるな、ジュンは。ははは」 僕は、そんなやり取りを耳に入れながら、買った食材をキッチンに置いた。 「さて、すこし休んだら、テニスしにいこうぜ!」雅樹が言う。 「よし、ジャージに着替えよう」 「うん」 僕達は、自分のバッグからジャージを取り出すと、着替え始めた。 テニスコートは、別荘地の中心にある。 その横には管理棟があり、そのほかいろんな施設が固まっている。 「ほら、そこにお風呂があるんだよ。今晩はここへ入りにくる」 翔馬が指さす方へ一同顔を向ける。 なるほど、湯気が立っている。温泉だそうだ。 「便利なとこだね。ここ」 僕は感心して言う。 「まぁね。でも、夏休みに来るとさ、人が多くてうんざりするよ。コートを取るのも大変」 翔馬はそう言うと、ラケット借りてくる、といって管理等へ向かっていった。 実は、僕はテニスをしたことがない。 ジュンも同じ。 「翔馬、僕達できないんだけど、見てるだけでいい?」 ジュンも、うんうん、うなずいている。 「何言ってるんだよ、二人とも。簡単だから。ボールが来たら打てばいいんだよ」 「そんな、簡単なわけないじゃん……」 ダブルス形式。 僕と雅樹、ジュンと翔馬のペアになった。 「雅樹はできるの?」 僕は聞いた。 「たぶんできると思う」 と雅樹はさらっと答えた。さすが雅樹……。 翔馬のサーブで始まった。 ものすごいスピードだ。 雅樹が打ち返す。 バシッといい音をさせて、翔馬の足元に落ちた。 それをまた翔馬が打ち返す。 僕とジュンは、ネット際に立ってその様子を見ている。 「すごい!」 「すごいね!」 コートにいるのに観客のよう。 これなら、楽でいいや。 僕がそう思っていたとき、雅樹が、「めぐむ、チャンス。打て!」と言った。 僕はハッとして、ラケットを立てる。 ポン! 当てたボールが相手のコートに落ちた。 「いいぞ! めぐむ」 でも、そのボールは、翔馬に拾われる。 「やるな、めぐむ」 翔馬はそう言うと、ロブを打ち上げる。 雅樹が返すと、今度は翔馬が叫ぶ。 「ジュン、打ち返せ、行ける!」 ジュンもラケットを立てて、ボールに食らいつく。 ポン! いいコースに落ちた。 雅樹は追うが一歩届かない。 「やったぞ。ジュン!」 ジュンは何が起こったのかわからない顔をしていたが、次第に顔を紅潮させて、 「やった!」と叫んだ。 雅樹も、「ナイス、ナイス」と手を叩いている。 「ジュン、すごいじゃん!」僕もジュンを褒めたたえた。 楽しい。 僕も、ジュンに負けてられるか、と思い積極的に打つようになった。 「すごい、楽しい!」ジュンが言う。 「ほんと、テニスって楽しいね!」僕が答える。 それからしばらくの間、お互い、いい接戦をしたのち、僕は手を挙げた。 「ごめん。疲れたから休まさせて……」 息がはずんでいる。 ジュンも「ボクも」といいしゃがみこんだ。 僕とジュンは、ベンチに戻ると汗をタオルでふいた。 「じゃあ、俺らはすこしやっているか。翔馬!」 「いいぜ。雅樹。どっからでもこい!」 雅樹がサーブを打つ。 ものすごい、速さだ。 僕とジュンは目を見開いた。 それを、翔馬が軽々と打ち返す。 え!? 僕とジュンは顔を見合わせる。 「なるほど、二人とも、僕達が楽しめるように、打ちやすい玉を返していてくれたんだね」 僕がそう言うと、ジュンが、「そうだね。二人とも優しいな」と、微笑むながら返した。 しばらく、ラリーがつづくと、翔馬が、「お、ちょっとまって。暑い。ちと、脱ぐ」というと、ジャージを脱ぎ捨て、Tシャツ一枚になった。 雅樹も脱ぎ始める。 僕とジュンは、自販機で買った紅茶を飲んでいた。 翔馬がサーブを打つ。 腕の筋肉すごいな。 僕は、そんな風に翔馬を見て思った。 そして、打つ瞬間、シャツがめくれ、腹筋がちらっと見えた。 ドキ……。 え!? なにこれ。 雅樹も筋肉質だけど、翔馬の筋肉はムキムキっとしたアスリートの体つき。 翔馬がボールを打つたびに、目が離せない。 腹筋がチラチラみえ、そして、ボール打つ瞬間、肩から腕の筋肉が盛り上がる。 ドキドキ……。 どうしちゃったんだ僕は……。 「ねぇ、めぐむ」 ジュンの声に、はっとする。 「え、どうしたの?」 「二人ともすごくない? もうバスケやめてテニスしたほうがいいよ」 「ふふふ。まったくね」 危ない……。 まったく、僕はどうかしている。 雅樹を差し置いて、翔馬に釘付けになるなんて。 雅樹を見る。 翔馬に少し押されているようだ。 雅樹は言った。 「ちくしょー! お前には勝てないな、さすがだ翔馬!」 翔馬も息を切らして言う。 「雅樹、何言っているんだ。俺の永遠のライバル!」 二人とも、ラケットを相手に向け叫んでいる。 僕とジュンは顔を見合せた。 「何これ。二人とも、いつの時代のスポコンアニメ?」 ジュンが吹き出しながら言った。

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