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3-11-1 予備校ロマンス(1)

僕は、自分で勉強するのは嫌いじゃない。 計画を練ったり、参考書を選んだり、ノートをきっちり取ったり。 大抵の問題は、たとえ難問であっても、予習、復習で物にできる自信がある。 そうやって、自分なりやり方で勉強をしてきた。 だから、予備校はいらないと思っていた。 でも、模擬テストの結果を見て、誰かに教えてもらいたい、と初めて思った。 古文の記述問題。 ちゃんと読解しているつもりなのに、どうしても点を落としてしまう。 それで、両親に相談して、予備校で講座を受けることにした。 4月からのコースに向けて、説明会に申し込んだ。 ここは、美映留中央駅からほど近いビルの一室。 地元では馴染みのある中堅の予備校。 今日の説明会向けに、二十人ほどの人が集まっている。 僕は、中程の席に座って始まるのを待っていた。 「それでは、始めたいと思います。お手元のパンフレットを開いてください」 予備校の担当先生の説明が始まる。 僕が受けたいと思っている講座は、実戦演習を中心とした古文のコース。 まずは、全体の講座の説明が始まった。 説明を聞いている内に、基礎のおさらいも受けてもいいかなと思いはじめる。 15分ぐらい経って、遅れて教室に入ってきた人がいた。 僕は、ちらっと見る。 学校の制服を着ている。 男子学生だ。 ああ、あれは確か美映留学園の制服。 その人は、僕の方に向かって来た。 そして、僕の隣の席を指さして言う。 「あの、ここ空いてますか?」 「はい、どうぞ」 僕は、荷物をどかしながら答える。 「ありがとう」 何処かで、聞いたことがある声。 その人は、僕の隣の席に座りながら、僕にお辞儀をする。 「あれ? 青山さん?」 その人は、僕の顔をじっと見つめる。 えっと、誰だったかな……? 「もしかして、神楽さん?」 そうだ、前にオープンキャンパスで一緒になったことがある。 たしか、名前は、神楽 誠(かぐら まこと)だったかな。 でも、前に見たときは、茶髪で長髪だった。 いまの神楽さんは、単発で黒髪。 そのせいなのか、真面目そうに見える。 前は、いかにも遊んでいる風で僕とは別世界の人に見えた。 へぇ、なかなかカッコいいんだ。 僕はそんな感想を持った。 神楽さんは席に着くなり、僕に話かけてくる。 「やっぱり、青山さんだ! 嬉しいな。また会えた!」 神楽さんのテンションは高い。 僕は、しーっ、っと口に人差し指をやる。 「神楽さん、ほら、静かに。ね?」 「あぁ、ごめん。嬉しくてさ」 神楽さんは、頭を低くして、僕に向かってニコッと笑いかけた。 それにしても神楽さん、ってこんな人だったかな。 僕は、講座の説明を話半分で聞きながら、思い起こしをしていた。 確かに、オープンキャンパスではすこし一緒に回った。 でも、その場の関係。 友達になった訳でもない。 僕はそんな認識だった。 なので、今の今までこれぽっちも思い出すことはなかった。 そんな関係だったと思ったのだけど……。 神楽さんの僕との再会の喜びようを見ると、なにか誤解があるような気になってくる。 恋人に再会した。 そんなテンションなのだ。 改めて、神楽さんを見る。 前に会った時は、さほど気にもしなかったけど、やさしい目をしている。 整った顔。 若手の役者さんに似た人がいるような気がする。 いわゆる二枚目の美形だ。 それに、背丈だって、結構ある。 雅樹と同じくらいかな。でも細身に見える。 着やせするタイプかもしれない。 なんといっても、魅力的なのは、目じりのほくろ。 実は、これで、神楽さんって思い出すことができたのだ。 休憩時間になった。 教室は、ざわざわと話し声が聞こえる。 神楽さんは、改めて僕に話しかけてきた。 「でも、驚いたな。まさか、青山さんに会えるなんて。めちゃくちゃ嬉しいよ」 「うん。でも、ごめんね。僕は、気が付かなかったよ」 正直に答える。 神楽さんは自分の髪の毛を触る。 「ああ、しょうがないよ。ほら、髪の毛さっぱりしただろ?」 「う、うん。そうだね」 「あはは」 神楽さんは、嬉しそうに笑う。 なにが可笑しいのかよく分からないけど、僕もつられて微笑む。 僕はフォローのつもりで言った。 「そのほうが、似合っていると思うよ」 「そっか? やっぱりそうか。きっとそう言ってくれると思ってたよ」 僕は時計の針をみた。 休憩時間はまだもう少しある。 僕は、間を持たせるため、神楽さんに質問をすることにした。 「でも、よく、僕のことを覚えていたよね」 「そりゃ、もちろん。それに、この髪だって、君に言われたから……」 「えっ? 僕に?」 「あっ、いや、なんでもない。ははは」 やっぱり、神楽さんのテンションは高い。 なんか、違和感がある。 僕は、基本的に人見知りだから、こういった馴れ馴れしい感じの接され方は、正直苦手。 だから、ついつい、距離を取ろうと思ってしまう。 でも、そんな僕の都合などお構いなしに、踏み込んでくる。 「ところで、青山さんは、ここの予備校入るの?」 「うん。まぁね」 「おお、本当? なら、俺も一緒のコースを取ろうかな。どのコース?」 「えっ? 僕は文系だけど。神楽さんって理系じゃなかった?」 そう、確か、オープンキャンパスでは、理系の本を検索していたはず。 天文学に細菌学だったかな? 「うん、理系。よく覚えていてくれたな。ははは。嬉しいな」 「うっ、うん」 「でも、文系に転向したんだ。ほら、俺って理系って感じしないだろ?」 「どうかな……」 なんか、調子が狂う。 ボタンを掛け違えているような、そんな気持ちの悪さを僕は感じていた。 ちょうどその時、休憩時間が終わる合図が鳴る。 僕は、ホッとして、前を向いた。 説明会は終わった。 僕は、パンフレットをカバンにしまい、帰り支度をする。 耳よりな情報は、春休み期間から自習室を使える。 そして、過去の授業をビデオで見れるという事だ。 しかも、無料でだ。 僕は、さっそく明日から予備校通いをしようと計画を練る。 そんな、僕の思考に割り込むように、横から声が聞こえた。 神楽さんだ。 「ねぇ、青山さん、せっかく再会したんだ。この後、お茶でもどう?」 「あっ。ごめんね。これから、ちょっと用事があるんだ」 そう、今日はこれから雅樹とデートなのだ。 だから、嘘を言う必要がない。 気持ちよく、断ることができる。 今日の説明会で聞いた話をもとに、雅樹の通っている予備校とどう違うのか、情報交換をしたい。 早く雅樹と話したくてうずうずしている。 時計を見る。 待ち合わせの時間まで余り時間はない。 すこし急いでムーランルージュに向かわないといけない。 神楽さんは、そっか、と肩を落とす。 明らかにがっかりした様子だ。 「そっか……残念。ね、青山さん、アドレス交換しない?」 いきなりアドレス交換って……。 違和感の正体が分かった。 なにか、調子狂うと思ったけど。 これは、ナンパなんだ。きっと。 僕は、さーっと気持ちが冷めていくのを自覚した。 少しでも、互いを知っている。 それに、悪い人ではない。 そこまではわかる。 だから、そんな人でも、いないよりまし。 そう、すこしは思っていたけど、これは間違い。 そうだ。 そもそも、受験勉強は、一人でするもの。 こんなナンパ男の相手をしている場合じゃない。 あぁ、まったく。 見た目が変わっても、中身は変わらないんだな。 僕は、そんな風に神楽さんを判断した。 僕は、「ごめん、急ぐから」と言って手を振ると、そそくさとその場を立ち去った。

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