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3-11-4 予備校ロマンス(4)
「これでよかったかな?」
僕は、照れながら神楽さんの前に立つ。
今日の服装は、かわいい系のコーデ。
チェックシャツに、ミニ丈のデニムスカート。
黒タイツにスニーカー。
アウターは、オーバーサイズのもこもこパーカー。
メイクは薄めで、髪留めはキャラクターものでアクセント。
神楽さんからの「元気な女の子風」というリクエストを意識したのだ。
「ああ、萌香……本当に萌香じゃないのか……」
神楽さんは、また僕を萌香さんに被らせている。
「神楽さん、本当に大丈夫? また気を失ったりしない?」
僕は、心配そうに神楽に声をかける。
「ごっ、ごめん。大丈夫。青山さん、さぁ、行こうか」
「うん!」
昨日のランチの後、神楽さんは僕にこうお願いをした。
「青山さん、失礼は承知なんだけど、その、女装して僕と会ってくれないか? 嫌だったらいいんだ」
神楽さんは、僕をからかって言っている訳では無い。
今となってはよくわかる。
妹さん、萌香さんと会いたいんだ。
神楽さんは、吹っ切りれてはいる。
でも、これから進む険しい道のりを進む為に、何か心の拠り所がほしい。
きっと、そういうことなのだ。
「良いですよ」
僕は、そう返事をした。
僕達は、駅ビルに入った。
神楽さんは、なんだか緊張している様子。
僕の名前を呼ぶ時も、妙にかしこまっている。
クスっ。
おかしい。
「神楽さん、緊張しているんですか?」
「そっ、そりゃなぁ。俺の知っている青山さんじゃ無いみたいだし……可愛いし」
神楽さんは、語尾をゴニョゴニョ言って誤魔化す。
僕は、聞かなかった事にして質問した。
「でも、神楽さんって、女の子と付き合っていましたよね? だから、こういうのは慣れているのかと思いました。なんか意外です」
「まあね。確かに付き合っていた子はそれなりにいたけど、今思えば真剣じゃ無かったからな。きっと、向こうもそうだったと思う」
誰かと一緒にいたい。
話し相手が欲しい。
一人は寂しい。
もしかしたら、そんな動機かも。
神楽さんは、妹さんを失って寂しかったんだ。
その心の隙間を埋めたかったのだから、なおさら。
僕はそう考えて、雅樹と付き合っていなかったら自分も同じ気持ちになっていたかもな、と想像した。
でも、今日はもっと楽しんでもらいたい。
神楽さんの門出なんだから。
僕は、提案した。
「神楽さん、何かリクエストはあります? 今日は特別に何でもしますよ」
神楽さんは、僕の顔をジッと見つめる。
そして、恥ずかしそうに言った。
「なぁ、ちょっとだけでいいんだ。手を繋いでいい?」
「いいよ」
僕は、そう言うと、神楽さんの手をすっと握った。
神楽さんは、ビクッとする。
僕は構わずに、ぎゅっと握った。
「ねぇ、神楽さん。今日は、僕を萌香さんだと思って、好きなところに連れていってよ」
そう言うと、神楽さんは嬉しそうな顔をした。
僕の言葉を待っていたかのように……。
「ほっ、本当にいいの?」
「うん!」
まずは、アイスクリームショップに行った。
まだ時期じゃないから、店内は空いている。
二人で分け合って食べることにした。
僕は、スプーンですくっては、口の中でゆっくりと溶かしながら食べる。
「美味しいね。冷たいけど」
「ああ、美味しいんだけどな。あいたたた!」
神楽さんは、冷たくて頭がキーンとしてうずくまる。
クスっ。
やっぱり、まだアイスは早い。
時期じゃないよね。
結局、少し残して、お店を出た。
僕は、体が冷たくなって、神楽さんの腕にしがみつく。
「あったかい!」
「青山さんって、本物の女の子みたいだな。なんか、ドキドキしてきたよ」
「えっ、そっかな?」
僕は白々しくそういうと、茶化すように言った。
「でも、僕を好きにならないでよ! 友達でいたいなら」
「ははは。努力するよ」
次は、タピオカのお店。
美映留では一番の人気店。
ガイドブックにも何回か乗ったことがある。
二人で列に並びながら話をする。
神楽さんは、意外にも来た事がないらしい。
「ここのタピオカは、特にもちもちしてて美味しいから!」
「へぇ、青山さんは色んなお店知っているんだね」
「まぁね」
僕は上から目線で答える。
神楽さんは、落ち着かない様子でソワソワした。
「どうしたの?」と、神楽さんに聞こうとして気づいた。
そうなのだ。
並んでいるのは女子高生ばかり。
そうだよね。
流行りのお店は女子率高いもんね。
男子が並ぶと異様に目立つ。
僕は、神楽さんがちょっとかわいそうになって、腕をギュッと組んだ。
「えっ?」
「ほら、こうすればカップルに見えるから、彼氏の値踏みでちらちらと見られる程度で、特に場違いではないよ」
「……ありがとう」
「ふふふ」
タピオカミルクティーを飲みながら、移動する。
今度は、駅前デパートの学生服売り場。
いまはちょうど入学準備のシーズンで、市内の中高生の制服販売の特設コーナーができている。
「この制服、ちょっと試着してくれない?」
神楽さんは、女子学生の制服を指さす。
これって……。
美映留女子の中等部の制服。
僕はすぐに察した。
萌香さんは、美映留女子の中等部を目指していたに違いない。
「わかった」
僕は、美映留女子の制服を試着する。
着替え終えた僕は、神楽さんの前に出て、くるっとひと回転した。
チェックのプリーツスカートがふわっと広がる。
僕は、照れながら言った。
「どう? 似合っているかな?」
神楽さんは、僕をみてにこっり笑う。
「似合っている。うん。よく似合っているよ!」
そう言ったあと、すこし涙ぐんだ。
「今日は、連れ回して本当にごめん。次で最後だから」
僕は、神楽さんに連れられて、駅前デパートの屋上にあるプラネタリウムにやってきた。
思い出の場所かな?
ううん、違う。
きっと、病気が治ったら連れていくって約束をした場所。
今日、回ったところは、全部そういう場所に違いない。
アイスも、タピオカも、学制服も。
プラネタリウムもそうだ。
僕は、しんみりしないように気を張る。
僕はただ楽しめばいいんだ。
それだけ。
プラネタリウムに入ってシートに座った。
暗くなって、一面に夜空が映し出された。
「わぁ、すごい綺麗! 僕、初めてきたよ」
「それはよかった」
満点の夜空。
神楽さんは、僕に言った。
「病気のせいで、日の光に当たれないから、夜散歩したんだ。でも、ほら、この辺だと星もよく見えなくて、いつか見せてやるって約束したんだ」
春の星が映し出される。
神楽さんは、リクライニングした僕のシートに手を伸ばしてぎゅっと握った。
「神楽さん?」
神楽さんの独り言が聞こえる。
「ほら、萌香。あれが、スピカ。お前の星だ。そして、アークトゥルスはお兄ちゃんの星。お兄ちゃんの言った通り、綺麗だろ」
パンっと耳元で何かが鳴った。
あれ?
おかしい。
体が動かない。
一方で、体が軽くなった錯覚を覚えた。
『ごめんなさい、めぐむさん。少しだけ貸してね……』
そんな声が耳元で聞こえた。
僕は立ち上がると、神楽さんに覆いかぶさる。
「萌香?」
「お兄ちゃん。本当に綺麗ね」
僕は、神楽さんの腕にもたれるように抱き着く。
そして、神楽さんの胸に頬を寄せる。
「なぁ、萌香。お兄ちゃん、頑張ろうと思う。萌香と同じ病気の人を一人でも救えるように」
「うん。お兄ちゃんならできるよ。萌香応援しているから」
「あっ、流れ星」
僕と神楽さんは一斉に声をだした。
ふふふ。
あはは。
僕と神楽さんは目を合わせて笑った。
神楽さんの柔らかい微笑み。
僕の唇は、神楽の唇に自然と引き寄せられる……。
唇が重なる。
すぐに、僕の体に熱が帯び始める。
胸が高鳴り、脈が早くなる。
体が喜んでいるんだ。
溢れんばかりの幸せを感じる。
萌香さん……よかったね。
大好きなお兄ちゃんとキスできて……。
長い間キスの後に、僕は声を出した。
「お兄ちゃん、二つの星はいつか一緒になるって、お兄ちゃん言ったよね?」
「ああ、言った。お兄ちゃんはいつか萌香のところにいくから。それまで大人しく待っていてな」
「うん。分かった」
「よし、いい子だ」
神楽さんは僕の頭を撫でる。
「さようなら、お兄ちゃん。またね」
「ああ、萌香。またな」
僕は、いつの間にか涙が出ていた。
そして、また、パンと耳元で何かが鳴る。
『めぐむさん、ほんとうにありがとう』
声の主は、萌香さん?
僕は徐々に体が動かせるのを感じた。
神楽さんの温もりを感じる。
僕は声をだした。
「あの、神楽さん……」
「ごめん。もう少しだけ、このままでいてくれ」
神楽さんは、そう言って、僕をぎゅっと抱きしめた。
4月に入ると、僕の予備校生活が本格的に始まった。
「いいか、テクニックに頼るな。背景をしっかりと抑えるように」
僕は、講義を受けながら、テキストにどんどん書き込みをしていく。
古文のコースは週に数コマ。
予備校に行く度に、神楽さんのことを思い出す。
今度会うのはいつのことだろう?
きっと、高校を卒業してから。
それとも、もっと先?
僕は、シャーペンを動かす手を止めて、目を閉じる。
萌香さん、神楽さんのこと、しっかりと見ていてあげてね。
『はい!』
そんな返事が、聞こえたような気がした……。
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