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3-12 3年生の桜の季節
美映留中央から何駅か先に進むと、樹音 駅がある。
樹音は美映留市の東端に位置し、自然が豊なところだ。
最近では開発が進み、湖畔にリゾート風ホテルが建ったり、空き地や森は高級マンションやお洒落な街並みに様変わりして、人気の街になっている。
ちなみに、美映留市内の女子校、美映留女子の最寄駅でもある。
その樹音駅に、僕と雅樹はやってきた。
駅を降りて周りを見渡す。
雅樹がぽつりと言った。
「久しぶりに来たけど、変わったな」
「うん。僕も小学校の遠足できた時以来かも……」
駅から少し歩くと、樹音公園が見えてくる。
今日の目的地はここだ。
樹音公園は、桜の名所で、遠くからくる人も多い。
中央には池があって、そのほとりに桜が点在している。
花見の季節には出店もあって、とても賑やかだ。
桜は満開。
ザザッと風が吹くと、桜の花びら少し舞う。
晴天の青空に舞う桜はとても幻想的だ。
僕と雅樹は遊歩道をゆっくりと歩き、桜を見上げる。
僕と雅樹は3年生になった。
「そうだ、もう少しで免許とれそうだよ。いま仮免」
「本当? すごいね。とったらどこか行こうよ!」
「おう。まかせておけ!」
雅樹は、春休みから教習所に通っている。
予備校に、部活に、そして教習所。
いったい、どれだけ目まぐるしい生活をしているのだろう。
想像もつかない。
それはそうと、雅樹はずっと前から18歳になったら、すぐに取るんだと言っていた。
「いいよね。車があったら、いろんなところへ行けるもんね」
遠い空を見上げる。
雅樹とドライブか……。
心が躍る。
僕は、湖畔の遊歩道のヘリに置かれた縁石の上を、よっと、のぼり、平均台のように歩く。
「めぐむ、あぶないぞ!」
「平気平気」
小さいころから、端っこを歩くのが大好き。楽しい。
「大丈夫か? めぐむは運動神経ないんだから……」と言って、雅樹は、わざとらしく「あっ、ごめん……」と言いながら、口に手を当てた。
「わっ、ひどい!」
僕は雅樹の顔をにらむ。
と、その時、バランスを崩しそうになった。
おっとっと……。
あぶない、あぶない。
無事に立て直す。
よし!
こうなったら最後まで落ちないでいってやる。
そして、集中して進み、最後にぴょんと、着地した。
薄手のスカートがひらりと広がる。
僕は、振り返って得意になって雅樹をみた。
どんなもんだい。
ドヤ顔の僕に、雅樹はよかったね、といって微笑んだ。
僕はすぐに雅樹の横にいって、手を繋ぐ。
ここが僕の定位置なんだ。
対岸までやってきた。
この辺りは、近くの商店街から石畳の歩道が延びている。
テラス席のあるレストランや可愛い作りのお菓子のお店が立ち並ぶ。
桜も相まって、絵に描いたような景色だ。
「へぇ、いい感じのところだね」
「うん。ガイドブックとかにも載っているよ。美味しいお店とかあるみたい」
「あれ、めぐむじゃない?」
僕を呼び止める声が聞こえた。
振り返ると、そこにはアキさんがいた。
僕は驚いた。
こんなところで、アキさんに会うなんて……。
アキさんは「お花見かしら?」と近づいてくると、雅樹の方をみた。
「アキさん、雅樹です」
アキさんに雅樹を紹介した。
雅樹は軽くお辞儀をする。
「雅樹、こちら、いつもお世話になっているアキさん」
「アキさん、いつも、めぐむがお世話になっています。お噂はかねがね……」
雅樹は、いつになく礼儀正しく挨拶をする。
アキさんは、「へぇ、君が雅樹君ね」、と言いながら、雅樹を値踏みするように見ながら近づいた。
雅樹は、たじろいでじっとしている。
アキさんは更に近づく。
アキさんと雅樹が近い。
アキさんは雅樹の頬を手で触ると、艶めかしい口調で言う。
「かわいいわね。私の好み」
キスをするような距離だ。
「ちょっとちょっと、アキさん!」
僕は、慌てて間に入り止める。
アキさんは笑う。
「ごめん、ごめん、冗談よ!」
もう、アキさんは冗談が過ぎるんだから!
アキさんは、「ねぇ、雅樹君。めぐむを泣かせるようなことをしたら許さないぞ!」と、今度は可愛らしい笑顔でウインクした。
「はい……」
雅樹は、ぼおっとしながら答えた。
もう、雅樹ったら!
僕は雅樹の手をすこしつねる。
「いたた、めぐむ何するんだよ!」
「しらない!」
僕は頬を膨らませて、そっぽを向いた。
アキさんは、僕達のそんなやり取りを見て笑っている。
「うふふ。仲いいなぁ。微笑ましい」
「ほら、仲いいって」
雅樹は、僕の気分をとりなそうとする。
アキさんは言った。
「あっ、そうそう、私の家、近くだからこの辺詳しいんだけど、おすすめのお店があるから。よかったら二人で行くといいわ」
アキさんは、お店の行き方を僕に伝えると、それではまたね。と言って去っていった。
僕と雅樹は手を振って見送る。
アキさんが見えなくなると、雅樹は言った。
「いい感じの人だね。アキさん」
「うん。とっても良くしてもらってる。お姉ちゃんみたいな人」
「それに綺麗だ……」
僕は雅樹を横目でみる。
「もう雅樹は! 僕しか見ていない、っていってなかったけ?」
「そんなこといったっけ?」
「いったよ!」
僕はむくれる。
僕と雅樹はしばらく見つめ合い、一斉にぷっと噴き出した。
アキさんおすすめのカフェについた。
店内は天井が高い。
建物はモダンな作りだけど落ち着いた雰囲気だ。
池側はガラス張りで一望できる。
対岸の桜までよく見える。
まさしく絶景……。
「おー。すごいね」
「すごい。さすがアキさんのおすすめ!」
僕達は希望して窓際の横並び席を選んだ。
雅樹はメニュー表を片手に、小声で言う。
「なぁ、なんか浮いてないか? とくに俺」
「大丈夫だよ」
確かに、周りの人たちは大人の人ばかり。
しかも、女性ばかりだ。
僕と雅樹は手を繋いだまま、桜を眺めていた。
注文した苺のデザートが到着する。
「おぉ、美味しそうだ」
雅樹はさっそく食べる。僕も一口、口に入れる。
「美味しい!」
「うん。最高!」
僕達は、ペロリと食べてしまった。
しばらくコーヒーをゆっくり飲む。
幸せな時間……。
僕はふと池を見て提案する。
「ねぇ、雅樹、あそこに見えるボートに乗ってみない?」
「いいよ」
僕達は席を立った。
貸しボート小屋にいって、ボートを借りた。
雅樹は、ボートを漕ぎだす。
雅樹はさすがだ。
なんでもできる。ボートはぐんぐんと進んでいく。
僕もやってみようか、といったら、「俺にまかせておけ!」と胸をたたく。
「たのもしい」と言おうとしたら、「めぐむに任せたら帰ってこれなくなるからな」というもんだから、僕は思いっきり睨んだ。
「うそうそ!」
雅樹はそう言い、誤魔化すように、「そうだ、あそこの桜が水面まで垂れているとこまで行こう」と言った。
水上から見る桜は趣が違う。
みなもに映る桜が鏡のように見えて美しい。
ボートは桜のゲートをそっとくぐる。
雅樹はボートを止めた。
桜に包まれる。
あぁ……。
なんて綺麗なんだろう……。
花びらの合間から木漏れ日のように日が差し込み、水面をキラキラと輝かせる。
雅樹もそう思っているようだ。
僕は、ある衝動を抑えられなくなった。
「雅樹!」
雅樹に飛びつく。
「あぶない。めぐむ!」
雅樹は僕を抱き抑える。
ボートがゆらゆら揺れ波紋がひろがる。
僕はそのまま雅樹にキスをねだる。
そっと、唇と唇が重なった……。
雅樹は僕をぎゅっと抱きしめた。
僕と雅樹はしばらくそうしていた……。
二人でボートに寝ころび、桜を見上げた。
「ねぇ、雅樹」
「なに?」
「クラスが違っちゃって残念だったね」
そう、3年生になって、初めて雅樹とクラスが分かれてしまった。
雅樹は理系、僕は文系。
だから、当然クラスは変わってしまう。
ジュンとはまた同じクラス。
翔馬は雅樹と同じクラスだ。
「でも、クラスが違っても大丈夫だよ」
「うん。僕もそう思うよ」
僕は、一年前の花見では、まだ人前で手も繋げなかったことを思い出していた。
今は違う。
雅樹と僕を隔てるものはない。
心も体も……。
だから、クラスが違っても大丈夫。
強がりでも何でもない。
本当にそう思えるんだ。
僕は、雅樹と繋いだ手をぎゅっと握った。
すると、雅樹も握り返してくれた。
うん。雅樹もそう思っている。
すこしづつ、すこしづつ築き上げてきた二人の関係がこんなにも成長した。
ちょっと事では、もう揺るぐことのない固い絆……。
その時、風がびゅっと吹いた。
気が、ざわざわっと音を立て、花びらがぱぁっと舞った。
ああ、この絆がいつまでも続くように、もっともっと育てていきたい。
舞い散る桜越しに雅樹のはにかむ笑顔をみながら、僕はそう心に誓った。
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