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3-13-1 記念日のプレゼント(1)
もうすぐで、雅樹の18歳の誕生日。
僕は、雅樹の誕生日プレゼントは何にしようかと、いくつかのショップを見て回った。
でも、どうしても、これだ! というものに巡り会えない。
「そうだ、雅樹に希望はあるか聞いてみよう」
僕は、そう思って雅樹に希望を尋ねた。
すると、「まじで、欲しいものがあるんだけど」と回答が戻ってきた。
「本当? じゃあ、それをプレゼントにするね」
僕がそう言うと、「よし、じゃあ、一緒に買いに行こう!」となり、何を買うのかは分からないまま、僕は待ち合わせの場所に来た。
ここは、美映留市のお隣の矢追 市。
昔、ここで上級生とちょっとした事件があった。
思い出すと悲しくなるけど、雅樹との絆が深まったという良いこともあった。
その思い出深い矢追駅。
僕は、改札を出たところで雅樹を待つ。
僕は、ホームの階段から上がってくる雅樹を発見した。
手を振ると、雅樹も気が付いて手を振り返してくれた。
雅樹は、改札を出ると真っ先に言った。
「めぐむ、大丈夫?」
そう、雅樹は、あの事件の事で僕が嫌な気持ちになっていないか? を聞いているんだ。
「僕は、大丈夫」
そう答えて、にこっとした。
「よかった。ここじゃないと手に入らないらしくてさ」
雅樹は、ネットでいろいろと調べたらしい。
雅樹が欲しいものは、手に入れにくい物のようだ。
「雅樹、いい加減、教えてよ。欲しいもの!」
「ははは。もうちょっと待ってよ。でも、買うのはめぐむだからね」
「それはいいけど。雅樹へのプレゼントなんだから……」
「なに、すぐわかるよ。予算内だから大丈夫。調査済み」
「まったく。サプライズなんて、プレゼントするのが逆みたい」
「ははは。なるほど。そうかもね。実は、二人で幸せになるものなんだ」
「へぇ。そうなの? うわぁ、すごく楽しみ」
「だろ?」
「食べ物なのかな。なにか、珍しい、輸入品とか? あぁ、テンション上がってきた」
「あはは。じゃあ、行こうか」
「うん!」
僕は雅樹の手を握りしめた。
駅からは、すこし離れる。
商店街を抜け、裏手の路地に入った。
なんだか、怪しげな感じ。
「雅樹、本当にここで合っている?」
「うん。たぶん、合っている。ほら、あそこだよ」
僕は、雅樹の指差す方向を見て、口をあんぐりさせた。
『大人のおもちゃ専門店』
僕は、雅樹を見る。
雅樹は、にやっとした。
まったく、もう!
怒りが込み上げてくる。
「本気で楽しみだったのに!」
僕は振り返り、来た道を戻ろうとすると、雅樹に腕を掴まれてしまった。
「めぐむ! どこへいくんだ?」
「やだよ。帰る! からかわないで!」
「どうしてだよ。俺は本気だ」
「本気って……」
僕はもう一度、お店を見る。
どう見ても、エッチなグッズを売っているお店だ。
僕は腕組みをして、雅樹の説明を待つ。
雅樹は、やれやれというリアクションをすると説明を始めた。
「ほしいのは、このローターってやつ。丸っこくて可愛いだろ?」
雅樹はスマホの画面を僕に見せる。
ピンク色をしている卵のような形。
リモコン付きらしい。
「僕だって、これぐらいは知っているよ。で?」
僕は尚も、雅樹を睨む。
「そう睨むなって。ほら、受験勉強が本格的になるだろ?」
「うん。それはそう。受験とどう関係があるの?」
「だから、あまり会えなくてエッチできないかもしれない」
「うん、確かに」
「そうしたら、エッチしたい気持ちが抑えきれなくなったらどうなる?」
「うーん。恥ずかしいけど、一人エッチかな」
「だろ? で、めぐむはさ、お尻の方がいいだろ? 気持ちよくなるの?」
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいこと言わせないでよ……まぁ、でも、当たり」
「うんうん。そうすると、問題は、一人エッチでちゃんといけるかってことだ。いけないと、ストレスで受験勉強に影響する。俺はそれが心配なんだ」
「あぁ、それなら、大丈夫だよ。僕は指でいけるから」
「えっ? そうなの? 指で、いける……の?」
あっ……。
言ってから、急に恥ずかしくなる。
顔が熱くなる。
僕は雅樹の腕をポンポンと叩いた。
「もう! 本当に恥ずかしいことを言わせないでよ!」
雅樹は、しょぼりした。
「そうなんだ。じゃあ、要らないか。ごめん。余計なことを考えた……」
あれ?
なぜか、僕は悪いことをしたような気になった。
そうなんだ。
雅樹は、僕のためを思って考えたことなんだ。
だから、全く悪気はないし、やましいことなんてない。
きっと、このためにいろいろと調べたりしたのだろう。
なのに、僕ははなっから、雅樹の悪ふざけって決めつけて、酷い言い方をした。
雅樹は、悲しい表情を浮かべている。
「雅樹、ごめんね。せっかく、僕のことを考えてくれていたのに……」
「ううん。いいんだ。さぁ、行こうか。せっかくだから駅前でもプラプラしてさ……」
雅樹は、無理に笑いながら言った。
すっかり元気がなくなってしまった雅樹を見て、僕は胸がキュッと締め付けられる。
誰のせい?
僕だ。
僕がいけない。
猛烈な後悔の念。
「雅樹、僕さ、このローターって使ったらもっと気持ちいいかもしれない。だから、これ買おうよ」
「えっ?」
雅樹の表情が少し明るくなる。
「本当に? これがプレゼントでもいい?」
「うん。もちろん。だって、僕のためなんでしょ?」
「あぁ、そうだ。そうだとも!」
雅樹はすっかり元気を取り戻した。
うん。
いつもの雅樹だ。
良かった……。
「じゃあ、めぐむ、いこうよ!」
「うん。分かった。ちょっと、ひっぱらないでよ」
雅樹は、僕の手を握るとグイグイ引っ張りながら、『大人のおもちゃ専門店』の方へ向かった。
僕と雅樹はお店の前に立つ。
ちょっと入るのは勇気がいる。
「雅樹、大丈夫かな?」
「大丈夫さ、入ろう! めぐむ」
雅樹はそう言うと、僕の手を引き店内に入った。
店内は、意外と広い。
入り口付近には、セクシーなコスプレ衣装がずらりと並ぶ。
エッチな下着類、そして書籍や映像ディスクのコーナー。
中程に、目的のローターの他、バイブ、ディルド、オナニーグッズ等がショーケースに収まっている。
大小さまざまな、色、形。
これだけ、ペニスが並ぶとちょっと怖い。
奥の方を覗くと、SMグッズや、人間大のお人形などが見える。
心臓が、バクバクしだす。
明らかに場違いなところに来てしまった。
奥のカウンターには、小太りの中年の男性が立っている。
じろりとこちらを見る。
僕は、雅樹の服の袖をひっぱり、隠れるようにうつむいた。
雅樹は、ショーケースを隈なく眺めていたけど、目的の物はなかったようだ。
「めぐむ、ここには無いみたいだから、これを店員さんに見せて買ってきてよ」
商品が写ったスマホを僕に手渡す。
「僕がいくの?」
「だって、めぐむが買ってくれるんでしょ?」
「意地悪!」
「ははは。大丈夫だって、それ見せればいいだけだから」
確かに、このプレゼントは僕が買わないとだめだ。
僕は意を決して、店の奥に進む。
「いらっしゃいませ……」
店員さんは、僕の姿を上から下まで舐めるように見る。
今日のコーデは、花柄のスカートにニット。春物のコートとブーツの組み合わせ。
いたって普通の格好だ。
それなのに、いやらしい視線。
ゾクっと寒気がする。
「すみません、これはありますか?」
僕は震える声で尋ねた。
「どれどれ? あぁ、静音ローターですね。型番は、」
店員さんは、商品型番をメモに取ると、「在庫を確認しますので、少々お待ちください」と言って、バックヤードへ行った。
僕は、ホッと一息ついた。
振り返って、雅樹を見ると、腕を前に出しグーサインを出している。
まったく、いい気なものだ。
僕も仕方なく、グーサインを返す。
「お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか?」
僕は店員さんの声に慌てて振り返る。
店員さんは、箱を出し、型番を確認している。
値段を見ると、確かに同じ。
「はい」
僕は、そう答えると、お財布からお金をだした。
店員さんは、袋に包みながら言った。
「えっと、電池をおまけしておきますね。あとこれ、お姉さんが使います?」
お姉さん?
ああ、僕のことか。
でも、こんなことを聞かれるの?
恥ずかしい。
でも、無視するのも変だ。
「えっと、はい。そうです……」
僕は頬を赤らめながら答えた。
「じゃあ、操作はあそこの彼氏かな?」
操作?
なんのことだろう。
「あと、これ気持ちいいから使い過ぎには注意して。はい、どうぞ」
僕は包みを受けとり、おつりをもらうと、そそくさと雅樹のもとに戻った。
店の外に出ると、大きく息を吸った。
「あぁ、恥ずかしかった! もう雅樹は意地悪だ」
「ははは。いいじゃない。恥ずかしがるめぐむの顔を見るのだって、俺の誕生日プレゼントなんだ」
「もう!」
でも、これが雅樹なんだ。
僕は溜息を一つついた。
そして、ローターを雅樹に手渡した。
「はい、お誕生日、おめでとう!」
「ありがとう、めぐむ!」
雅樹はそう言いながら、嬉しそうに箱を眺めている。
もう、子供なんだから。おっかしい。
僕は、雅樹の無邪気な笑顔を眺めて微笑んだ。
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