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3-14-1 拓海からの呼び出し(1)

突然、何の前触れもなく、雅樹の兄、拓海(たくみ)さんから呼び出しがあった。 『中央駅前のカフェで会いたい』 僕は、ピンときた。 拓海さんが僕と話したい理由。 それは、雅樹との交際の件。 これしかない。 あれから、1年が経ったのだ。 雅樹にふさわしい相手にならなければ、交際を認めない。 拓海さんは、そう言っていた。 来るべき時が来た。 僕は拳をぎゅっと握った。 たしかにあの頃は、僕は雅樹に依存していた。 だから、拓海さんに全く言い返す事は出来なかった。 でも、今は違うんだ! 拓海さんに、雅樹との交際を認めてもらう。 僕は決意を新たに、待ち合わせ場所へ向かった。 待ち合わせのカフェに入ると、直ぐに拓海さんを見つけた。 僕は、拓海さんが座るテーブルに向かう。 「お待たせしました」 僕は深ぶかとお辞儀をする。 拓海さんの目には僕の姿は、入ってなかったようだ。 拓海さんは、驚いた表情になる。 「あれ? 君は、めぐむ君?」 「はい、そうです。僕はめぐむです」 僕は真剣な表情で答えた。 それから拓海さんは、僕に飲み物を注文してくれた。 僕は、ジュースを口に含み喉を潤す。 緊張で、喉がカラカラ。 いよいよ、拓海さんを説得しなくてはならない。 もし、駄目って言われたら……。 そう思うと、恐ろしい。 緊張で胸が張り裂けそう。 でも、弱気になってはいけない。 絶対に説得する。 説得できる。そう自分に言い聞かせていた。 僕が、いま将に話を切り出そうとしたとき、拓海さんがにこやかに話しかけてきた。 「いやぁ、それにしてもすごいな。どう見ても、女の子じゃないか」 「はっ、はい」 僕は答える。 「めぐむ君に。こんな趣味があったなんてね」 「いいえ、趣味ではないんです」 「そうなの? まぁ、いいか」 拓海さんはコーヒーを一口すすった。 「今日、呼び出したのは、他でもない……」 きた! 僕は、考えてきたセリフを口に出す。 「分かってます! 拓海さん。ちょうど一年前にお約束をした件ですよね?」 拓海さんは、目を大きくした。 僕は、何か言い出そうとする拓海さんを制止する。 「まずは僕から説明させて下さい!」 僕は、話し始めた。 まず、僕は前に拓海さんが指摘したことを改めて説明する。 雅樹が二人の時間を作るためにバイトで稼いで一人暮らしをしようとしたこと。 それに、僕はただ何もできずにいたこと。 拓海さんは、そうだったな、と頷く。 それから、僕がしたこと。 そう、二人の時間を作るために女装を始めたことを説明した。 僕は、自分の女装した姿を見せながら、今日この格好で来た理由はここにあります。それを話す。 拓海さんは、女装を始めた理由に驚いた様子だったが、すぐに納得したという表情になった。 僕は続けて説明する。 女装によって、二人の平穏な日々を勝ち取れたこと。 そして、これからもそれは続くこと。 僕は、ただ雅樹を見ているだけじゃない。 ちゃんと、二人の為、雅樹の為に努力できるんだ。 それを力説した。 「だから、拓海さん、僕はあれから雅樹にふさわしい人間になれたと自負しています」 拓海さんは、眼をつぶって腕組みをしながら聞いている。 何を考えているのだろう? その姿からは、うかがい知ることはできない。 「だから、拓海さん。雅樹との交際を認めてください!」 僕は、頭を下げた。 はぁ、はぁ……。 興奮して息が切れる。 言うべき事は言った。 あとは、拓海さんの返事を待つだけ。 沈黙。 「お願いします……」 僕は祈るように、つぶやいた。 しばらくして、拓海さんの笑い声が聞こえてきた。 「ははは、いや、ごめん、ごめん。めぐむ君があまりにも熱っぽく語るから」 えっ? 僕は、顔を上げて拓海さんを見る。 「そっか、あれからもう一年か……」 拓海さんは、一年前のことを懐かしむような表情をした。 「もちろん、いいよ。というか、俺からもお願いしたい。どうか、弟と、雅樹とこれらも仲良くしてやってくれ」 そう言うと、拓海さんは頭を深々と下げた。 「本当に、いいんですか? 雅樹との交際」 僕は恐る恐る尋ねる。 拓海さんは、笑いながら言う。 「ああ。本当にいいよ。実は、俺は、もうとっくに、めぐむ君を雅樹の交際相手として認めていたけどな」 僕は目を見開く。 「この一年間で雅樹は変わったよ。そうだな、明るくなった。いままでは、何か見えない物と必死に戦ってもがいているようだった」 拓海さんの遠くを見るような目つき。 きっと、雅樹の姿が見えているんだ。 「それが、めぐむ君と付き合いを重ねるうちに、気持ちにゆとりが生まれたんだと思う。よく笑うようになった。雅樹は、もう大丈夫。そう思っている」 拓海さんは優しく微笑む。 そして僕の手を取り言った。 「それも、めぐむ君、君のお陰だ。俺は、心底、君に感謝しているよ」 あぁ……。 なんて、優しい言葉。 拓海さんの手から伝わる雅樹への愛情と、僕への感謝の気持ち……嬉しい。 ううん。 でも、本当は違う。 本当は、僕こそ雅樹に感謝したいんだ。 僕は、拓海さんの手を握り返して言う。 「そんなこと……僕こそ、雅樹のお陰で、変わることができた。そんな風に思っています!」 拓海さんは、僕の言葉に微笑む。 「そっか。なるほど、二人は互いに必要な存在。運命だったのかもな」 「運命……?」 そうだ。 僕が最初に雅樹と出会ったときに感じたのも運命だった。 僕は目を閉じた。 そして、改めて、僕は雅樹との出会いに感謝した。 拓海さんが言った。 「それにしても、めぐむ君。いや、これからは、めぐむと呼び捨てさせて貰うけど、男らしいんだな。正直感心したよ」 「いえ、そんな。男らしいだなんて……」 男らしい。そんな褒め言葉、初めてかもしれない。 嬉しくて、気恥ずかしい。 「なんか雅樹を嫁に出すみたいな気持ちだよ。ははは。それにしても、雅樹は幸せものだな」 拓海さんは楽しそうに笑った。 僕もつられて笑った。 あれ? ということは、この呼び出してって何だったのだろう。 僕は、拓海さんに尋ねてみた。 すると、「あぁ、実は、今日は折り入ってお願いがあるんだ。めぐむに」と打ち明けられた。 拓海さんは、頭の中を整理するように少し間を取った。 そして、話し出す。 「すこし、話が長くなるけどいい?」 「いいですよ」 「俺には、高校のときからの親友がいるんだ……」 高校……。 拓海さんは大学生っていっていたから、5年以上前の事ってことになる。 「で、そいつは、まぁ、俺とはライバル的な存在。ほら、勉強で肩を並べて、運動で競い合って、挙句の果てに好きな女も同じ。みたいな」 拓海さんは、頭もよさそうだし、運動もできそう。 雅樹にとっての翔馬みたいな関係なのかもしれない。 拓海さんがライバルと取り合った女性か……。 どんな人だったんだろう? 拓海さんは続ける。 「高校の時はさ、いけ好かない奴。ぐらいにしか思ってなかったんだけど、大学でも一緒になって、こいつとは親友になれるかも、って思ったわけ」 拓海さんは、合間にコーヒーをすすった。 「まぁ、取り合いした女と別れて、これで引き分けだな、なんて話したのがきっかけなんだけどさ。ははは」 拓海さんは嬉しそうに笑った。 「大学ではたまたま一緒の学部でさ、講義の代返や過去問の情報交換だの、互いに協力し合って、なんとか単位を落とさずここまで来れたってわけ。もう、戦友って感じだよな。ははは」 なんだろう。 こうやって、人の思い出話を聞くのって楽しい。 僕は話の邪魔にならないように、微笑みながら黙って相槌を打つ。 「なんか、めぐむって話易いな」 「そうですか?」 「ああ。なんでだろうな」 「この格好だから、かもしれないですね。ほら女性って話易いって聞きました」 「例えば、そういう大人の飲み屋みたいにか?」 「はい」 「なるほどな。で、続きだけど……」 拓海さんは、話を続ける。 「大学でわかったのは、そいつは、俺よりはるかに頭がいいんじゃないかってこと。高校の時は同レベルだったのに、大学で一機に差が付いたって感じ? 運動はそうだな。こっちは、まぁ、俺が頭一つ出ているのは維持してたかな。まぁ、そんなわけで、俺は心の中ではそいつを尊敬をしているんだ」 拓海さんは、そこまで言って、一呼吸を置いた。 「ただな、ちょっと最近になって違和感に気がついた。気づいてしまったんだ……」 僕は、一瞬、拓海さんの目に悲しそう色が浮かんだのを見逃さなかった。

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