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3-15-2 めぐむ、奮闘する(2)

振り向いた僕達の目に入ったのは……。 田中さん。 さっそく、現れた。 息を切らしている。 知り合いの子が呼びにいったようだ。 計算通り。 こうやって、校門前でいちゃいちゃしていれば、きっと田中さんが現れるはず。 だけど、こんなに早いのは予想外。 僕は慌てて戦闘態勢に入る。 「そうだけど。あなた誰? ねぇ、マー君知り合い?」 「いや、そのなんだ……」 雅樹は小声で僕に言う。 (ちょっと、めぐむ、あんまり煽るなよ) 「私は高坂先輩の後輩です!」 田中さんが答える。 「へぇ、で、その後輩ちゃんがあたしに何の用?」 田中さんは僕の全身を舐めるように見る。 「たしかに、可愛いとは思いますが……でも、あなたは、高坂先輩には似合わないと思います!」 ずいぶんはっきり言う。 これが女同士って事なんだろう。 「あらっ。ずいぶんじゃない。こんなお似合いなカップルに向かって!」 僕は雅樹の腕をとり体をきゅっとくっつける。 「ねぇ、マー君」 「おっ、おう」 「高坂先輩、お可哀そう……どうして、この人と付き合っているんですか?」 「どうしてって言われてもな……」 雅樹は僕の顔を見る。 (どうして、僕の顔をみるのよ。バシッと言って!) 僕は小声で返す。 「まぁ、好きだからかな……」 「どうして、目を逸らすんですか。やっぱり、この人に騙されているんだ。高坂先輩」 「いや、騙されているとか、ないから……」 雅樹はしどろもどろに答える。 「高坂先輩、大丈夫です。わたしが、先輩を救ってあげます!」 ギャラリーたちのヒソヒソ声。 どうも、みんな田中さんを応援しているようだ。 控え目ながら、僕の悪口らしき言葉が耳に入る。 うぅ、なんか、変な方向にすすんできたぞ。 ここは早目に決着をつけなければ……。 「後輩ちゃん、どうでもいいけど、あたしのマー君に構ってくるのやめてくれない!」 「あなた、先輩と別れてください!」 「ちょっと、あたしの言葉聞いてる?」 僕の言葉など全く聞いていない。 なんか旗色の悪さを感じる。 きっとこのアウエー感がそうさせているんだ。 「鈍感な人。先輩が嫌がっているのわからないですか?」 「嫌がってなんてないから。ねぇマー君」 「おう」 雅樹は小声で僕に言う。 (どうしたんだ、めぐむ。押されているぞ) (分かっているって) 僕は雅樹にアイコンタクトをした。 「何をコソコソ話しているんですか? 先輩、弱みでも握られているんですか?」 田中さんは、雅樹のもう片方の手を握る。 あぁ。こら! どさくさに紛れて! 「ちょっと、マー君に触らないでよ!」 「先輩。この人と私どっちがいいですか?」 「そりゃ、アキだな!」 「あぁ、やっぱり脅されているんだ。先輩。お可哀そう……」 いつの間にか、雅樹の腕に手を回している。 あぁ、これは面倒なことになった。 ここまで気の強い子とは計算外だった……。 ギャラリーから、「先輩、かわいそう!」とか「あの女、絶対悪い女だ!」とかささやきが聞こえる。 そっか……。 アキさんはこれを心配していたんだ。 僕が、困ったと思っていたとき、声が聞こえた。 「おい、お前ら? なにしているんだ?」 山城先生。 僕は瞬時に顔を逸らす。 「いや、その……」 雅樹は口ごもっている。 田中さんも、急にだまった。 「いいか、ここは校門だぞ。ひと様の迷惑になっているだろ。直ちにやめなさい!」 「わかりました!」 雅樹は、ほっとした表情をした。 僕と田中さんは顔を合わせ睨み合う。 そして、田中さんはぷいっと顔を逸らすと、踵をかえし校舎の中へ入っていった。 山城先生は、「ほら、帰った、帰った!」と、手を叩いてギャラリーを追い返す。 ギャラリーたちはしばらくざわざわしていたが、ようやく見世物が終わったことを察したのか、ちりじりに解散した。 「いこうか、めぐむ」 雅樹は僕に囁いた。 「そうだね」 僕が歩き出そうとしたとき、山城先生が言った。 「ちょっと、まて。そこの二人!」 ビクッとする。 「なんでしょうか?」 雅樹が振り向いて言う。 「いいから、保健室に来い。そちらの彼女も一緒に」 顔を見合わせる。 「雅樹、なんだろ」 「とりあえず、行くしかないか……」 保健室。 雅樹と僕は、山城先生の前に座らされた。 「さてと……」 山城先生は僕達を見る。 何かお叱りがあるのかと身構えたけど、意外にも、急に声を上げて笑い出した。 僕達はあっけに取られる。 「あの……」 「あぁ、ごめん、ごめん。おかしくてさ。君、青山だろ?」 ドキッ……。 バレた!? 「いっ、いえ。あたしは……」 山城先生はちょっと待てのポーズを取った。 「いや、分かっている。いや、知っていたというのが正しいか」 「えっ?」 「実はある人から、青山のことは聞いていてな。それで危なくなったら手助けをって思ってな」 「先生、どういう意味ですか? めぐむの弱みを握って、脅迫でもするつもりですか?」 雅樹は声を上げる。 「おいおい、怖い顔をするなよ高坂。でも、そうか、青山の相手は、高坂とは気が付かなかったな」 「先生はどこまで知っているんですか? 僕のこと」 僕は、山城先生に問いかける。 「だいたいのことは知っているつもりだよ。女装をして、好きな男と付き合っている。相手はうちの学校の生徒」 「どうして、そんなことまで……知っている人なんているはずないのに…… 」 「そうだな……確かに、この学校にはいないな」 山城先生はクイズを出すように言った。 「だったら、誰が……」 僕はピンときた。 僕が女装をしているの知っていて、学校以外の人。 「もしかして、アキさん?」 「おっ、正解。実はアキから聞いていてな。困ったら助けてあげてほしいって頼まれていたんだよ。青山はだいぶアキに気に入られているらしいな」 「めぐむ、アキって、この間会ったアキさんのことか?」 「うん」 僕は山城先生に尋ねる。 「先生は、アキさんとどういう関係なんですか? ムーランルージュのお客さんですか?」 山城先生は頭を掻く。 「いや、なんというか。弟だ。俺の」 「えーっ! 先生の弟さん? アキさんが?」 「そう……恥ずかしながら。で、さっき笑ったのはさ、その青山のメイク。アキの入れ知恵なんだろ?」 「は、はい」 「だと、思った。あいつ、面白いこと考えるなって思ったらおかしくてな」 山城先生は、また笑い出す。 「先生、このこと……」 雅樹は、おそるおそる尋ねる。 「あぁ、安心しろ高坂。誰にも言うつもりないから」 「信用するしかない……ってことですか?」 「そういうことだ。まぁ、青山のことだって今の今までばれなかっただろ。信用できると思うぞ俺は。それに、学校で味方になってくれる大人がいるのは心強いだろ?」 「それはそうですが……」 雅樹は、佐久原先生の件以来、『先生』に信用を置いていない。 だから、いま精一杯飲み込もうとしているのだ。 一方、僕は、田中さんと言い争いに仲裁に入ってくれたこと、素直に感謝したい。 だから、山城先生に深々とお辞儀をした。 「先生、ありがとうございます」 「いや、いや、そうかしこまるな。アキの頼みでもあるんだから。ところで……」 山城先生は、僕の顔を見た。 「さっきの件だけど、このやり方は感心できないな」 ずばり駄目だしをする。 「この場合は、周りでごちゃごちゃやるより、高坂がしっかり誠意をもって断るのが正解だな」 「ほら!」 雅樹は、僕を肘で軽く突っつく。 僕はうつむいた。 確かに、今日は僕がこじらせてしまった風がある。 反省……。 「まぁ、なにかあったら相談に来いよ。お前たちの味方だから!」 山城先生はにっこりと笑った。 僕と雅樹は保健室を出ると、誰にも会わないように急いで校門を出た。 「それにしても驚いたな。めぐむ。山城先生がめぐむのこと知っていたなんてな」 「うんうん。でも、まさか、山城先生がアキさんのお兄さんだったなんて……僕はそれが一番おどろいたよ」 「俺は、山城先生はいまいち信用できないと思っていたけど、今日のことで見直したよ。あぁ、確かに頼れそうだな。山城先生」 「でしょ? そっか、どうも山城先生って親しみやすいと感じたのはアキさんと同じ空気を感じたからなのかもしれない」 でも、何か引っかかる。 普通の兄弟って、そんなことまで話をするのだろうか? まぁ、僕は兄弟がいないからわからないけど。 先生が言うように、確かに学校で味方がいるのは心強い。 僕は雅樹の手を握った。 「雅樹、学校帰りで手を繋げるって、希少じゃない?」 「それもそうだな。もう、ないかもしれないから、ちょっとお茶して帰るか?」 「そこまではいいかも……」 「ははーん。さては怖いんだな。田中さんに見つかるのが」 ドキっ……。 「図星か。なんか、言い負けていた感じだったもんな。ははは」 「ふん。しようがないよ。女の子に口喧嘩で勝てるわけないんだから」 「ははは。それでも勝負を挑んだめぐむは偉いな」 そう言って雅樹は僕の頭を撫でた。 ちぇ、僕をからかって……。 でも、本当は嬉しいんだ。僕の頑張りを認めてくれて。 僕は雅樹に微笑んだ。

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