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3-16-1 後輩の恋愛事情(1)
ジュンが僕の机をバンと叩いて言った。
「めぐむ! 知っている?」
「えっ? 何を?」
ジュンは情報通だ。
だから、定期的に面白い話を持ってくるのだ。
ジュンは興奮して話し始める。
「今ね、新入生ですごい子がいるんだよ」
「どうすごいの?」
「それが、道場破りなんだ!」
「道場やぶり!?」
ジュンは、腕組みをした。
部活の仮入部期間中、片っ端から部活をめぐって試合を申し込んでいるらしい。
種目は、ありとあらゆる格闘技。
ボクシングを皮切りに、剣道や柔道、空手などの運動部をすべてだそうだ。
「それで、どの部活もその新入生にはかなわないんだって!」
「へぇ、それはすごいね……」
「ちなみに、その新入生を見た人の話では、人相や立ち振る舞いはまさに『鬼』そのものだって。怖いよね」
「鬼だなんて。大袈裟な」
「ははは。でも、どの部活に入るんだろうね。そんな新人、どの部活も欲しいだろうから。ああ、もしかしたら、うちの高校も全国に行けるかもね」
まぁ、運動部と言っても格闘系なら、バスケ部の雅樹や翔馬にも関係ないし、オカルト研究会のジュンにも関係ない。
ましてや、図書委員の僕なんて接点はなさそう。
僕は、「すごいね」と相槌を打つと、直ぐにこのことは頭から消えていった。
日直の仕事は、要は雑用だ。
今日は、各教科の宿題の回収や、保護者へのアンケートの回収を任された。
全員分のプリントを集めると、それぞれ茶封筒に収め職員室に向かう。
結局のところ、両手が塞がってしまい、非常に歩きづらいことになった。
茶封筒が滑る。
よっと……。
バランスをとって歩く。
あーあ、紙袋があればな。
そんなこんなで、隣のクラスの横を通りかかる。
そういえば、雅樹は教室にいるかな?
廊下を歩きながら、扉からこっそりと覗く。
雅樹は、雅樹は、っと……。
ああ、いた!
翔馬と何やら楽しそうに話している。
うふふ。
雅樹の顔を見るだけで幸せ。
と、ニヤニヤしていると、急に、目の前に星が飛んで、僕は尻もちをついた。
誰かにぶつかったのだ。
「あっ、いたた!」
「大丈夫っすか? すみません」
男子生徒の低い声。
タイの学年色は1年生。
どうして、3年生の教室に、と思いつつも、僕は、差し伸べられた手を握り立ち上がった。
目の前に立つ男子生徒を見る。
大柄で、ガッチリとした体型。
短髪の髪型。
浅黒い肌、すこし吊り目気味の細い一重まぶた。
引き締まった頬。
なぜだか分からないけど怖い。
無性に怖いのだ。
自分の手先がぷるぷる震える。
本能的に、やばそうな雰囲気を感じているんだ。
狼を目にした兎のように……。
でも、相手は1年生なんだ。
ビビッてどうするんだ。
僕は、そう思って、自分を鼓舞する。
「ううん、こっちこそ……」
男子生徒は、僕が落とした茶封筒を拾い上げた。
「あの、これ落としたもの」
あれ?
見た目は、怖いけど、立ち振る舞いはやさしい。
「ありがとう……」
僕は、微笑みながらそれを受け取った。
男子生徒は、にっこりと微笑みながら言った。
「もし宜しければ、手伝いましょうか? 職員室ですか?」
「えっ、いいよ」
僕は首を振る。
「いいですよ。あなたは3年生ですよね? 聞きたい事がありますし」
「聞きたい事?」
「失礼しました」
僕は、お辞儀をして、職員室の扉を閉める。
ほっ。
これで、日直の職務は完了。
僕は、手伝ってくれた男子生徒に声をかける。
「ありがとう。ところで、聞きたい事って何?」
「えっと、オトムサ同好会って知っています?」
「オトムサ? そんな、同好会あったかな……いや、待てよ。オトムサって言ったら、もしや……」
そう、僕が1年生の時に出会った先輩、氷室先輩が勝手に始めた同好会。
男の体をむさぼる同好会。
略して、オトムサ同好会。
でも、これは僕と卒業した氷室先輩しか知らないはず。
まさかね……。
「よく、知らないけど、どんな事をするの? その、オトムサ同好会って?」
「あの、知らないならいいんです。ただ、3年生の図書委員のAさんって方が会長らしいんですが、心当たりあります?」
「……えっと、しっ、知らないなぁ……」
ああ、これは男の体をむさぼる同好会で間違いない。
しかも、僕の情報まで漏れている。
これは、まずいな……。
「ねぇ、君はその、なんとか同好会に興味あるの?」
「ええ。もう、オトムサ同好会にすがるしか無くて……」
すがる? なんの事だろう。
やっぱり違うのかな?
ちらっと、横目で男子生徒を見る。
服を着ていてもわかる筋肉質な体。
氷室先輩みたいに、他人の筋肉がたまらなく好きって言う風には、まず見えない。
そもそも、あの氷室先輩が特殊すぎた、と言っても過言ではない。
「ごめんね。わからないや」
「そうですか……」
その日の放課後。
僕は図書室にいた。
図書委員の当番の日。
返却された本を、棚に戻す作業を担当する。
あらかた仕舞い終えて、うーんと、背筋を伸ばした時だった。
「あなたは、青山先輩ですか?」
「えっ?」
誰かに声をかけられ、振り向く。
「あれ、あなたは先程の?」
そこには、先ほどプリントを届けるのを手伝ってくれた男子生徒の姿があった。
「あっ、ああ。さっきはどうも。僕は、青山ですが、僕に何か?」
「いえ、別の図書委員の方に、イニシャルがAの人を尋ねたら、青山先輩、あなただけと教えられまして」
男子生徒は、カウンターの方の別の図書委員を見て言う。
「はぁ……」
まずいな……。
僕は、冷や汗がつーっと垂れるのを感じた。
男子生徒は、僕の目をじっと見つめる。
「もしかしたら、青山先輩。オトムサ同好会の事、知っているんじゃ無いですか?」
あぁ、そんな目で見ないで。
僕は、さり気無く目を逸らす。
しばらくの沈黙。
チラっと男子生徒の方を見る。
まだ、僕の方を見ている。
はぁ……。
しょうがない。
「オホン……実は、オトムサ同好会を知っています」
男子生徒は、やっぱり、という顔つきをした。
僕は白々しく、口笛を吹くようなそぶりを見せる。
「えっと、会長では?」
「まぁ、いいじゃない? で、オトムサ同好会を知りたいって、どうして?」
「はい。では、そちらの談話席で……」
男子生徒は、奥の談話スペースを指さした。
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