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3-16-3 後輩の恋愛事情(3)
僕が現場に戻ると、柔道部員が辺りに転がっていた。
うぅ、とか、ああ、とか呻き声が聞こえる。
その真ん中で、松田君はうつむいて立っている。
「なかなか、やるじゃないか、新入生」
柔道部の部長が腕組みをして言った。
ああ、松田君は、さっきの囲まれていた3人と戦ったんだ。
そして、何とか部長以外の4人を倒した。
でも、自分もボロボロ。
顔は、少しケガをして、額から血を流している。
上着もシャツも土で汚れている。
きっと、地面に転がって、取っ組み合いになったんだ。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をする松田君。
対して、柔道部の部長は、平然としている。
おそらく、部員達の戦いを高みの見物でもしていたのだろう。
「疲れて声もでない、ってか? へへへ。俺も、この間は、そうやって疲れていたんだよ。だから、これで条件はおあいこだな。へへへ」
「はぁ、はぁ……」
「さあ、いくぞ! おりゃ!」
柔道部の部長は、松田君に襲い掛かる。
二人はがしっと組み合う。
地面から砂ぼこりが舞う。
松田君は、疲労していてふらふらしている。
ただし、その割に隙がない。
そんな様子に、柔道部の部長は声を荒立てた。
「くっ、この野郎!」
「はぁ、はぁ……」
松田君は、苦しそうだ。
柔道部の部長が仕掛ける。
あっ!?
でも、松田君は、さっと交わしてまた元の体勢に戻す。
何度も、投げられそうになってはこらえる。
でも、疲れが足に来ているのだろう。
次第に、ふらふらの揺れが大きくなった。
その時、一瞬の隙。
柔道部の部長は、その機の逃さず投げを仕掛ける。
ああ。
松田君が宙を舞う。
いや、かろうじて、体をよじっている。
二人もつれたまま、地面に落下。
ドン!
不完全な体勢のまま地面に叩きつけられた。
そして、そのまま柔道部の部長は松田君を抑え込む。
「うぅ……」
松田君の呻き声。
「ははは。どうだ、痛いか? 負けましたと言え!」
抑え込みだと思ったけど、絞め技?
松田君は痛みに耐えている。
「ほら、腕が折れるぞ! いいのか? へへへ」
柔道部の部長の勝ち誇った表情。
ああ、松田君。
早く、負けたって言って!
腕が折れちゃうよ!
その時だ。
「おい、何やっているんだ? お前ら」
僕の視界に山城先生が入った。
山城先生は、柔道部の部長の襟首をつかむと、片手ですっと、軽々持ち上げる。
部長の渾身の絞め技はいとも簡単に外れて、部長は足を浮かせたままジタバタしたかと思うと、そのまま、ポイっと、投げ捨てられた。
そのまま、地面にゴロリと転がった。
「なっ、なにを!」
部長は、直ぐに立ち上がり、顔を真っ赤にして山城先生を睨んでいる。
松田君は、地面に大の字になって、はぁ、はぁ、と息を弾ませている。
たすかった……。
そう思っているのかもしれない。
「お前らな、一般の生徒に集団で闇討ちとか。恥ずかしくないのか?」
「せっ、先生には関係のない話だ。邪魔すると、先生だからって、容赦はしないぞ!」
山城先生は、無言で、どうぞ! 来なさい、とでもいうように手招きをした。
「くそ!」
柔道部の部長は、逆上して、山城先生に襲いかかる。
あっ、という間もなく、部長の体はバシッと地面に叩きつけられた。
目にも止まらなぬ早さ。
圧倒的な強さ。
部長は、脳震盪でも起こしたようだ。
あまりの早さに受け身を取れなかったようだ。
柔道部なのに、だらしがない。
「あっ、しまったな。つい、投げ飛ばしちゃったけど……これは正当防衛だよな? なぁ青山?」
山城先生は、僕の方を見て頭をポリポリと掻く。
僕は、呆気に取られて声を出せずにいた。
松田君も、目を大きく開けて、口をパクパクさせた。
山城先生は、そんな松田君の元に駆け寄ると、しゃがみ込んで松田君を優しく抱きかかえる。
「おい、大丈夫か?」
「はっ、はい……」
「これ、全部君がやったのか?」
山城先生は、周りに転がっている柔道部員を見て言った。
「はい!」
「そうか。うん。強いな。そういえば、腕は大丈夫か?」
「大丈夫です。あの、先生」
「なんだ?」
「お名前は?」
松田君の頬が赤くなっている。
「ああ、俺は、保健の山城だ。君は一年生か? 教科を持っていないから知らないかもな。ははは」
「山城先生!」
松田君は、山城先生にひしっと抱き着く。
「おお、どうした? 本当に、大丈夫か?」
「ちょっと、痛いです。先生……」
松田君は、心なしか甘えた声で言う。
山城先生は、抱き着く松田君の頭をポンポンと撫でた。
松田君は、目を閉じて幸せそうな顔で山城先生の胸に頬ずりをしている。
赤らめた頬……。
ああ、これは、山城先生に惚れてしまったのかも。
しばらくして、山城先生は、起き上がり、手をパンパンと叩いた。
「おい! 起きろ、柔道部員。みんなまとめて診てやるから、保健室まで来い!」
それからしばらく経ったある日。
お昼休み。
僕の教室に、松田君が顔を出した。
僕を呼び出しに来たのだ。
「えっ? あの一年生って、例の道場破りだよ! めぐむ、目を付けられちゃったの?」
ジュンは、心配そうに僕を見る。
「ジュン、平気だよ。ちょっと知り合いなんだ」
「本当に? いつの間に……あっ、もしかして! めぐむ、ナンパ? 手が早いな、むふふ」
ジュンは、いたずらっ子の顔付きで言った。
「ちっ、違うから! もう、ジュンは!」
「ははは。冗談、冗談。でも、乱暴されそうになったら、声を出して逃げるんだよ!」
「うん。ありがとう!」
僕は、ジュンに手を振って、教室の扉へ向かう。
松田君は、ケガはすっかり良くなったようだ。
すっきりとした顔になっている。
「あの、青山先輩。ちょっと、お話があります」
なんとなく、用件はわかる。
きっと、山城先生の事。
僕は、無言で頷き、教室を出た。
中庭の花壇までやってきた。
周りに人はいない。
僕が、頷いて合図を送ると、松田君は話し始めた。
「青山先輩、いや、会長! ありがとうございました!」
「へっ? 僕は、お礼を言われることは……」
「何を言っているですか。俺に、山城先生という理想の主君を引き合わせてくれたじゃないですか!」
「はぁ、やっぱり、山城先生の事、気に入ったの?」
「はい! 俺、山城先生に惚れました!」
松田君は、生き生きとしている。
そんな松田君を見ていると、僕もなんとなく嬉しくなってくる。
「あー。まぁ、よかったね……」
「はい。俺、幸せです! 俺、やばいです。山城先生の事を考えると、体が熱くなってきて止まらないんですよ!」
松田君のテンションは最高潮のようだ。
僕は、あえて水をさすようなことを言う。
「でも、松田君。山城先生は松田君より弱いかもよ?」
「ははは。それは、ないですよ。あの、動き見ましたか? あの強さ半端ないです。しかも、本気を出していなかったようですから……本気を出したら、どうなってしまうのか。ああ、体の芯がジンジン熱くなってくる。はぁ、はぁ」
松田君は、うっとりとした表情をして、息を荒げている。
きっと、柔道部の部長を軽く投げ飛ばした山城先生の姿を思い浮かべているのだろう。
「で、僕に用事って何?」
「はい。ズバリ、山城先生とお付き合いしたいのですが!」
僕は、口をあんぐりと開けた。
驚いた、けど、同様に感心もした。
気持ちがいいほど、はっきり言う。
男同士の愛の告白なのに、松田君の純粋で真っすぐな物言いを聞いていると、爽やかな青春ドラマを思い浮かべてしまう。
なんか、いいなぁ……。
はっ。
しまった。感心してもいられない。
ちゃんと断らないと、こんな感じで、どんどん松田君のペースに飲まれてしまう。
「やっぱり、山城先生を好きになっちゃったのね……で、どうして、僕に言うの? 山城先生に直接言えばいいじゃん」
「それが、いざ、口に出そうとすると、恥ずかしくて……」
松田君は、顔を赤らめて頬に手を添える。
あちゃー。
完全に、恋する乙女、いや恋するオトメン。
「僕は、何もできないから……」
「いいえ、ご謙遜を。ほら、書き込みにも『オトムサ同好会の会長はどんな男も落としてしまう手練れ』ってあります」
「へっ?」
僕は、松田君のスマホを取り上げると、掲示板を読む。
ああ、また、氷室先輩の嘘八百だ……本当に、困るよな。
「じゃあ、せめて、オトムサ同好会に俺を入れてもらえないですか? 俺も男の体のむさぼり方をいろいろと教えてほしいので」
「ぶっ! 松田君。ちょっと、落ち着こうか。そもそもね、オトムサ同好会なんて、ないから……そう、都市伝説! 都市伝説だから!」
僕は、必死になって松田君に説明する。
もう!
氷室先輩! 余計な事しないでくださいよ!
めぐむ、君ならできるよ! ははは。そんな事を言いそうな氷室先輩の顔をが脳裏に浮かぶ。
僕は、慌てて、手で振り払った。
「いい? そんな同好会は最初からないからね! 分かった?」
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