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3-17 試合観戦 雅樹の過去

今日はバスケットボール部の試合の観戦にきている。 春の大会。 この大会を最後に雅樹と翔馬は引退になる。 会場は、美映留市内の別の高校。 その体育館。 僕とジュンは、初めてのバスケットボールの試合にウキウキしていた。 「めぐむ。うちの高校の応援席って、あそこじゃない?」 ジュンが指さす方向に、美映留高校の学校名が入った旗を見つける。 立派な応援旗だ。 応援席は二階席になっていて会場を見下ろすようになっている。 僕とジュンは、裏手の階段を上り応援席へ向かった。 応援席は、既に多くの人が詰めかけていた。 試合に出ない部員や、応援に来た女子部員などだ。 「すごいね、ジュン、座れるかな?」 「あっ、あそこ空いているよ!」 僕とジュンは運よく、空き席を見つけて座る。 「ふぅ。さて、翔馬と雅樹はいるかな?」 僕は、観客席からコート見回す。 どこの学校もウォームアップ中のようだ。 「いないね」 ジュンが言う。 と、その時、後ろから聞きなれた声が聞こえた。 「おっ。めぐむに、ジュン。来てくれたんだ」 僕とジュンは振り向く。 翔馬だ。それに雅樹もいる。 「よぉ。二人とも! 俺たちは第2試合だからさ」 翔馬が言った。 「あまり、期待しないでくれよ。毎年初戦敗退なんだからさ」 翔馬が申し訳なさげに言うと、「まぁ、そう言うなよ」と雅樹が翔馬の肩をたたいた。 雅樹は、明るい声でガッツポーズをする。 「今年は俺たちがいるんだから、やってやろうぜ。なぁ、翔馬!」 「そうだよな!」 翔馬は、受け止める。 そして、僕とジュンに「まぁ。見ててくれ!」とグーサインをした。 「頑張って! 二人とも!」 僕とジュンもグーサインを返した。 雅樹は、「俺たちの控え場所は下だから、またな」と言うと、翔馬と連れ立って控え場所に去っていった。 二人を見送り、僕はジュンに言った。 「翔馬にしては、自信なさげな言いようだったね」 「あれ、めぐむ、知らないの?」 ジュンの解説によると、初戦は去年4回戦まで進んだ強豪高校。 対して、ここ数年は1回戦負けの美映留高。 まぁ、勝つのは難しいかな。ジュンは漏らす。 なるほど。 翔馬が自信を無くすのも無理はない。 「それはそうと、」 ジュンが言う。 「翔馬と雅樹って、人気みたいだね」 「そうみたい」 僕は答える。 翔馬と雅樹が僕らと話している間、女子達がざわざわしていたのに気が付いた。 「まぁ、二人ともイケメンではあるからな……」 ジュンはそう言うと、まんざらでもない顔をした。 ジュンの気持ちはよくわかる。 イケメンと友達ってだけで、別に何か得するわけじゃないけど鼻が高いのだ。 いよいよ、第2試合が始まる。 翔馬と雅樹がコートに出てきた。 「頑張って!」 黄色い声援が飛ぶ。 二人とも、応援席の方を見て、軽く手をふる。 キャーと歓声。 僕とジュンは、顔を見合わせる。 ジュンは、言った。 「イケメン祭りを思い出さない?」 「確かに。ふふふ」 僕は答えた。 僕は自然と、雅樹の姿を追う。 ユニフォームを着た雅樹。 カッコいいな。 キュッ、キュッ、とシューズが鳴る音。 ドリブルで敵陣に切り込む。 シュートの態勢。 そこから、綺麗な弧を描いて放たれるボール。 スローモーション。 ゴールをくぐり、バサッっとネットが擦れる音。 はぁ……ため息が出ちゃう。 あれ? あの手首にしているのは……。 じっと、見る。 僕がプレゼントしたリストバンドだ! M&M! 嬉しい! 忘れずに身に着けてくれたんだ。 試合の方は、スコアを見る限りいい勝負。 でも、相手はさすが強豪校。 詳しくはわからないけど、プレーに余裕があるように見える。 対してうちの高校は、全員必死の表情。とはいえ、点数に差が出ないのは、実力が拮抗している証拠だ。 相手校が点を入れると、すぐに取り返す。 そんなシーソーゲームが続く。 「今年は、強いですね。さすが先輩」 応援席からの後輩とおぼしき人の声が聞こえる。 なるほど。 強豪校に対してこれだけ善戦できているのは、翔馬と雅樹の影響が大きいのは確かなようだ。 応援席の女子達は、おのおの応援する選手の名前を呼んでいる。 やっぱり、翔馬と雅樹を応援する声が多い。 僕も、翔馬と雅樹を応援する。 「頑張って! 翔馬! 頑張って! 雅樹!」 ジュンは、ふとつぶやく。 「翔馬はともかく、雅樹がこれだけバスケできるのはすごいな」 「えっ、どうして?」 僕が尋ねる。 「だって、雅樹は、たしか高校からだよね。バスケ。中学は野球部だったから」 たしかに、雅樹は中学時代は野球部。 雅樹が直接教えてくれた。 でも、どうしてジュンがそれを知っているのだろうか? 僕は、ジュンにそのことを聞く。 「え?」 ジュンはキョトンとする。 「あぁ……めぐむは知らないのか。ボクと雅樹は同じ中学出身なんだよ」 「えっ。そうなの?」 驚いた。初耳。 「でも、ジュンって、雅樹と面識なかったんでしょ? どうして部活とか知っているの?」 「うん」 ジュンは、小さく返事をする。 僕は、不思議そうにジュンを見つめる。 しばらくして、ジュンが重い口を開いた。 「あまり気が進まないけど、めぐむは親友だからね。同じ中学の出身者はみんな知っているし……」 ジュンは何を言い出すのだろう。 雅樹の過去。 雅樹の中学時代。 僕の知らない雅樹。 心臓がドキドキしはじめる……。 ジュンが言った。 「雅樹って、ちょっとした有名人だったんだよ。中学生の頃」 「えっ?」 丁度そのとき、雅樹がゴールを決めたようだ。 応援席から歓声が上がる。 「どう有名人だったの?」 僕は気になって聞き返す。 「うん。雅樹って、もともと中学の時は野球部でさ……」 ジュンは、話し始めた。 雅樹の過去を……。 雅樹の中学の野球部は、公立中学ではそこそこの成績を収める強豪校だったらしい。 多くの部員を抱え、誰もが羨む人気の部活。 その中で雅樹は、頭一つ出る存在。 中1の頃から、投げてよし、打ってよしでスタメン入り。 雅樹は、あのような性格だから、周りからは慕われ、次期キャプテンとさえ言われていた。 そんな前途有望な雅樹は、ある事件を境に未来が大きく変わる。 ある時、野球部の女子マネージャーがクラスでいじめにあっていることが発覚したのだ。 最初は、誰も気がつかなかったらしい。 どうやら、恋愛が絡んだ嫉妬がらみが原因で、雅樹がたまたま、その子がいじめっ子に隠された靴を探していたところに声をかけたことがきっかけらしい。 その子は、雅樹に、他の人には黙っていてほしい、と懇願したようだ。 でも、雅樹は、その子を放って置けない。 その子を助けるため、声を上げる。 最初は、担任と当事者だけで解決を試みたらしい。 しかし、当時は、世の中的にはいじめ問題がクローズアップされていたから、みんな神経質になっていたのだろう。 あっという間に、他の先生や保護者を巻き込み、学校を挙げての大問題に発展した。 ただその中でも、雅樹は動じる事なく毅然とした態度で事に当たった。 結果、時間は掛かったが、加害者側が非を認め、最終的には和解に至った。 その子のいじめ問題は、無事に解決。 かと思われたが、雅樹は窮地に立たされた。 学校を代表する体育会系の部活。 これだけいじめ問題の中心人物になってしまうと、ただでは済まされない。 こういったいじめ問題はすぐに世間に露呈する。 マスコミに嗅ぎつかれでもしたら、部活動そのものに影響があるのは必至。 学校側はそれを恐れた。 それで、雅樹は身を引いて部活をやめた。 ジュンは、言った。 「つまりさ、雅樹は本当の意味で、身を挺してその子を守った。ということなんだ」 初耳だ。 雅樹は部活をやめたのはケガのせいだと言っていた。 ジュンは小声で言う。 「ちなみにさ、その事件を期に、雅樹はその女子マネージャーと付き合い始めたって噂だったけどね」 雅樹が中学時代に付き合っていた彼女。 きっと、そうなのだろう。 ジュンは、続ける。 「今は、どうなんだろう? 違う子と付き合っているようだしね」 雅樹の過去を聞いて、僕はとても驚いたし動揺した。 でも同時に、雅樹らしいとも思った。 誰かのために必死になる姿が目に浮かぶ。 雅樹がこの話をしなかったのは、僕に同情してほしくなかった、からなのだろうか? それとも、その女子マネージャーとのこと、前の彼女のことを僕に話すのをはばかれた、からなのだろうか。 僕は消化不良のまま、雅樹の過去をどう整理したらいいのか考えていた。 「めぐむ、見てみて。逆転している!」 ジュンの声に、僕はスコアボードに目をやった。本当だ。 残り時間は少ない。このまま逃げ切れるか。 そのとき、相手チームに得点が入る。 逆転された……。 そして、まもなく試合終了のホイッスルが鳴った。 あぁ。 応援席からは溜息が漏れる。 「おしい!」 「まぁ、強豪校相手に、これだけ戦えたんだからすごいよ!」 ジュンが言う。 「そうだね」 僕とジュンは拍手をする。 応援席からもそれに合わせて拍手が沸き起こる。 コートの中では、互いに健闘をたたえ合っている姿が見えた。 僕は雅樹を探して見つけた。 顔には笑みがこぼれている。 あぁ……。 でもさっきの話を聞いたせいか、僕の知っている雅樹ではないように見えた。 翔馬と雅樹は連れ立って、他の選手達と一緒に応援席にやってきた。 選手達はお辞儀する。 拍手が再び巻き起こる。 どの顔もやりきった爽やかな顔をしている。 僕の頭には、先ほどの話がこびりついていた。 不安気に雅樹を見る。 「どうした? めぐむ」 それに気が付いたのか、雅樹が尋ねてきた。 「かっこよかったよ。おしかったね!」 僕は不自然にならないようにそう言った。 「そうだろ? 俺もやるときはやるんだよ。ははは」 雅樹は、満面の笑顔を浮かべる。 あぁ、いつもの雅樹だ。 僕はほっとした。 僕の知らない雅樹は、いつか雅樹が話したくなるまで、心の奥にしまっておこう。 「お疲れ様! 雅樹」 僕はそう元気に言うと、雅樹とハイタッチをした。

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