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3-18-2 愛ゆえに(2)
テニススクールの終了時間になった。
ユータとフーカ君は、ベンチにやってきた。
ユータは、すこし息を弾ませながら、得意げに言った。
「ねぇ、どうたった? めぐむ兄ちゃん! 僕、結構うまいでしょ?」
僕は、タオルを手渡す。
「うんうん。上手だったよ、ユータ」
ユータは、えっへん、と言わんばかりにアゴを上げる。
フーカ君は、僕達のやり取りをにっこり笑いながら見ている。
僕は、そんなフーカ君に話し掛ける。
「フーカ君も上手なんだね。お兄ちゃんビックリしたよ」
「そっ、そんなことないよ」
フーカ君は、照れた顔をする。
ああ、可愛いな。
僕は思わず、フーカ君の頭を撫でる。
フーカ君の頬がさっと赤く染まる。
やばい。
本当にカワイイ。
「めぐむ兄ちゃん! 気安くフーカに触らないでよ!」
突然、ユータは僕の手を払いのける。
そして、頬を膨らませる。
「あれ? ユータ。ジェラシー? ふふふ。かわいい!」
「そっ、そんなんじゃないやい!」
「ははは」
僕が笑うと、一部始終を見ていた久遠さんも笑い出す。
「こっちにこいよ!」
フーカ君の手を取って、自分の方に寄せるユータ。
それにおとなしく従うフーカ君。
ああ、それにしてもラブラブな二人。
僕は、ユータのほっぺをツンツン突いてからかう。
「めぐむ兄ちゃんやめてよ!」
「やだよ! ふふふ」
久遠さんは、提案をした。
「そうだ! あの、めぐむさん、差し出がましいようですが、少しうちに寄っていきませんか?」
「えっ?」
「せっかくですので……」
せっかく?
ああ、そういうことか……。
今日は、叔母さんじゃないからか。
そうだよね。
たまには、二人仲良くさせられる時間を作ってあげたいよね。
僕は一応ユータに尋ねる。
「いいですけど、ユータどうする?」
「えっ、フーカんちに行けるの? 行きたい!」
即答。
ユータは、飛び跳ねんばかりに興奮する。
「パパ! ユータ君、お家に来ていいの?」
久遠さんは無言で頷く。
すると、フーカ君は手を叩いて目を輝かす。
「やった!」
「わーい、わーい!」
両手を繋いで喜ぶ二人。
実は、僕も少なからず嬉しい。
久遠さんと少しでも一緒にいられる。
「ユータも行きたいと言っていますので、すこし寄せていただきます、久遠さん」
「よかったです。では、駐車場へ行きましょう!」
「はい」
ああ、でも、雅樹。
これは、浮気じゃないよ。ユータのためだから!
いいね、わかるよね!
そんな言い訳を自分にしているうちに、久遠さんの家についた。
「そんなに時間はかからないですよ」
久遠さんはそう言ったが、本当にすぐに到着した。
車だと、駅の3、4駅ぐらいの距離はすぐなんだ。
僕の家には車がないから、本当にうらやましい。
家に入ると、久遠さんは言った。
「ユータ君にシャワーを浴びてもらうのは、どうでしょうか?」
なるほど、汗をいっぱいかいたもんな。
「ユータ、シャワー浴びさせてくれるって。どうする?」
「シャワー? 面倒だな……」
ユータは、嫌そうな顔をした。
「汗臭くなるよ、ユータ」
僕は、鼻をつまむリアクションをする。
「でもさぁ……」
ユータは口を尖らせた。
まぁ、気持ちはわかる。
僕が久遠さんへやめておきます、と言おうとした時、フーカ君が割り込む。
「ねぇ、ユータ君、いっしょに入ろうよ、シャワー」
「えっ? フーカも入るの? シャワー」
ユータは目を輝かせる。
「うん。いつも、テニスから帰ってきたらシャワーを浴びるの」
「へぇ。じゃあ、僕も入るよ!」
「うん! 一緒にはいろうよ!」
ユータは嬉しそうに服を脱ぎ始めた。
まったくもう!
僕は腰に手を当てた。
まぁ、一緒にシャワー浴びれるんだから、そうなるか。
そう、内心ほくそ笑んだ。
二人が、キャッキャいいながらお風呂に入っていくのを見送り、僕と久遠さんはリビングに入った。
僕はソファを勧められて座る。
ふかふかで座り心地がいい。
久遠さんは、キッチンに立った。
「お茶で良いですか?」
「はい、ありがとうございます」
コポコポと急須へお湯が入る音。
あれ?
今って、久遠さんと二人っきりじゃあ……。
ドキドキしてくる。
だめだ。
変に意識しちゃ。
久遠さんは、湯飲みを差し出した。
「どうぞ」
「あっ、ありがとうございます!」
僕は、湯飲みを取りずずっとすする。
ふぅ……。
すこし気持ちが落ちつく。
お風呂の方から、二人が騒ぐ声が聞こえ来る。
楽しそうだ。
僕は、湯飲みをテーブルに置いた。
「あの、久遠さん……」
そう、言いかけた時。
突然、久遠さんは僕を抱きしめた。
きつい。
息ができないくらいだ。
バサッ。
そして、何も抵抗できないまま、ソファに押し倒される。
久遠さんの体が覆いかぶさる。
重い。
でも、僕は、久遠さんのなされるがままじっとしている。
久遠さんは、僕の上に乗ったまま僕を見つめた。
興奮しているのか、すこし息が荒い。
そして、目も潤んでいる。
あれ?
そういえば、僕って冷静。
ドキドキはしているけど、エッチなドキドキじゃない。
そっか。
そういうことか……。
僕は、久遠さんに話し掛けた。
「久遠さん、もしかして寂しいのですか?」
「えっ?」
久遠さんは、はっとして、我に返ったようだ。
慌ててその場を取り繕う。
ソファの端に座り直して、頭を下げた。
「すっ、すみません。めぐむさん」
「いいんですよ。僕でよかったら、久遠さんの好きにして」
「本当にすみません。なんだか、めぐむさんは僕が愛した人に似ていたもので。僕は、どうかしていました」
やっぱり……。
たぶん、似ているわけじゃない。
寂しいんだ。
前に奥さんとは離婚したと聞いた。
そして、この部屋を見る限り再婚したわけでもなさそう。
久遠さんは、こんなに広い家で、フーカ君と二人ぐらし。
前にぽつりと言った一言。
会いたい人がいる。でも、会えなくて寂しい。
そう……。
きっと、久遠さんはずっと前から寂しさを我慢して、我慢して耐えているんだ。
僕は、以前、雅樹と会えない寂しさを久遠さんに打ち明けたことがあった。
久遠さんは僕を優しく慰めてくれた。
うん。
今度は、僕が久遠さんを慰める番。
僕は、久遠さんの横に座り直した。
「久遠さん、僕なんかが言うのもなんですが、久遠さんを元気付けたいんです」
「めぐむさん……」
「悩みを聞くことぐらいなら、僕にでもできます。よかったら、話してもらえませんか? 久遠さんが愛している人のことを……」
久遠さんは、少し驚いたようだ。
でも、直ぐに、真面目な表情になった。
ありがとう、と言ったような口の動き。
僕は、無言で頷く。
「はい。聞いてもらえますか? 僕がずっと、心に押し込めていたこと」
「はい!」
僕は、優しく久遠さんの腕を取った。
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