47 / 59
3-19-2 新緑リゾート(2)
次に立ち寄ったのは、花畑が有名な公園だ。
今の時期は、ちょっと遅めだけどチューリップが楽しめる。
どのくらいの本数があるのだろうか?
赤と黄色をメインに、白や紫が混ざり、一面に咲き誇っている。
僕は思わず声を上げる。
「雅樹! 見てみて! すごい綺麗!」
雅樹も、うんうん、と首を振る。
小道を進んで、丘の上の建物まで歩いていく。
僕は、雅樹の手をぐいぐい引っ張る。
「めぐむ、そんなに焦るなって!」
「だって、ほら、絨毯みたいに見えるって」
「ははは。大丈夫だよ。逃げないからさ」
雅樹は優しい笑みを浮かべた。
中央の建物まで来た。
ここからの眺めはチューリップが一望できる。
「わぁ、すごいな。本当に絨毯みたい!」
僕は、両手を大きく広げた。
チューリップだけじゃない。
青空にぽっかりと浮かんだ雲。
風にそよぐ木々。
目をつぶると、心地よい風が頬をなでる。
「雅樹。とても気持ちいいね。あぁ、最高!」
「めぐむが喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
僕が目を閉じて深呼吸をしていると、雅樹はポケットからスマホを取り出して言った。
「めぐむ! 写真撮らせて!」
「いいよ」
今日は、こんなにいい天気なんだ。
きっと、色が映えていい写真になるに違いない。
雅樹は、指を差して僕に指示した。
「じゃあ、そこの花のところに行って」
「わかった」
僕は、チューリップと草木が密になっている所に分け入る。
あっ、そうだ!
僕は、ピンと思いつく。
可愛い笑顔で雅樹をときめかせちゃおう!
雅樹がキュンとする顔。
思い浮かべるとドキドキする。
よし!
「めぐむ! 撮るよ!」
「うん」
僕は心構えをする。
雅樹の掛け声がかかる。
「はい、チーズ!」
僕は、小首を傾げて、上目遣い、そして少し唇を突き出して微笑む。
ふふふ、会心の笑顔!
パシャ!
「はい、オッケー!」
雅樹は、写りを確認して言った。
あれ?
おかしいな……。
雅樹の表情はいつもと変わらない。
僕は、不安げに雅樹に聞いた。
「ねぇ、雅樹。どうだった?」
「どうって?」
雅樹はキョトンとしている。
「その、可愛くなかった? 僕の笑顔」
「可愛いかった」
雅樹はグーサインをする。
「じゃあ、ときめいた?」
「いや……特には」
えっ? ダメなの?
会心の笑顔が……。
もう!
じわっと、恥ずかしくなってくる。
なんだよな、少し自信は有ったんだぞ!
密かに、寝る前に鏡の前で練習だってしていたのに!
雅樹は、僕のそんな事情はお構え無しだ。
「ははは、めぐむは、そのままでも可愛いから、無理に笑顔を作らないでいいぞ。まぁ、あざとい笑顔も嫌いじゃないけどな」
「あっ、あざといって……」
完敗……。
「どうせ、僕の笑顔は、あざといですよ! もう!」
僕は、ツンとして歩き始める。
「ちょ、ちょっと! めぐむ! 引っかかっているよ!」
「えっ?」
僕は、後ろを振り返る。
すると、スカートの裾が小枝に引っかかってひらりとまくれていた。
「きゃっ!」
僕は、慌ててスカートを抑える。
もう、恥ずかしいな!
泣きっ面に蜂だよ! もう!
雅樹を見ると手を挙げている。
「どうしたの? 雅樹」
「いや、ときめいた。まさか、しましまパンツとは……。ずるいなぁ、めぐむは。色仕掛けとかさ!」
「えっ? 雅樹、ときめいちゃったの? いいから、そんなのにときめかなくて! もう!」
はぁ、しかも、今日に限って普通のショーツを穿いてきたんだ……。
重ね重ね恥ずかしい。
お昼になった。
僕達は、花畑を後にして、近くのレストランを探す。
国道沿いを走らせていると、工房や公園が併設されたお洒落なレストランを見つけた。
「めぐむ、あそこどうかな?」
「うん、いいよ」
雅樹は、方向指示器を出してレストランの駐車場へと入っていった。
レンガ造り風の雰囲気のある店内。
ピザ窯や、ワインの樽、カウンター席にはビールサーバー。
テラス席のパラソルが風で優しく揺れた。
「ああ、地中海にでも来たよう」
僕はうっとりと言う。
「ははは、めぐむって、地中海に行ったことあるんだっけ?」
雅樹はニヤっとして僕を見る。
「もう! 揚げ足を取ったりして! 意地悪!」
僕は、雅樹の足を踏みつける。
「いててて!」
雅樹は、大袈裟な声を出した。
お昼時に差し掛かっていたけど、僕達は、運よく待たずに席を案内された。
席でゆったりとくつろぐ。
お隣のテーブルには、白髪のご年配のご夫婦。
仲よさそうに会話をしている。
ご主人は、一生懸命に身振り手振りで話す。
時より、奥さんが手を口に当てて楽しそうに笑う。
二人の会話は聞こえてこないけど、ぽかぽかした温かい空気が伝わってくる。
どんなことを話しているんだろう?
こっちまで楽しくなってくる。
僕が微笑ましく眺めていると、雅樹が話し掛けてきた。
「めぐむ、お隣のテーブル見ているの?」
「うん。ほら、仲のいいご夫婦だなぁって」
雅樹もしばらく観察する。
「ああ、たしかに楽しそうだな。なぁ、めぐむ。俺たちも、あのご夫婦みたいに、ずっと仲良くいられたら良いよな」
「そう! 僕も今、ちょうどそう思っていたんだ!」
「そっか、同じだな!」
本当に、あんな風になれたらいいな……。
いつまでも、二人で仲良く、一緒の時間を歩んでいく。
そして、いつの日か、今日の事も思い出話として懐かしみながら話す。
そういえば、昔、ドライブに行ったよねって……。
あぁ、いいなぁ……。
僕は、改めてご夫婦をうっとりと眺めた。
しばらくして、お待ちかねのハンバーグがやってきた。
僕は、あまりのハンバーグの大きさに圧倒されてしまう。
雅樹は、舌なめずりをして言った。
「さぁ、食べようぜ!」
「うん。でも、雅樹。半分くらい食べてくれる?」
「おう! 任せろ」
雅樹は、嬉しそうに自分の胸を叩いた。
食後は、レストランに併設された散策路を散歩することにした。
自然の地形を生かした散歩道。
ブナの林が風に吹かれ、ざわざわと音を立てる。
動物がひょこっと出てきそう。
僕は、木漏れ日を手にかざし、木々を見上げる。
「雅樹、いいね。新緑がまぶしい。ああ、気持ちいいな」
順路を進む。
今日はあいにく、サンダルで来てしまったので歩きにくい。
「めぐむ、小川のせせらぎだ。気をつけて」
丸太を渡しただけの簡単な橋。
「大丈夫かな……」
僕は、不安げに雅樹を見る。
「オホン、さぁ、めぐむ。俺の手に捕まって! さあ!」
「ありがとう」
僕は、雅樹が差し出した手を素直に掴む。
ゆっくり、ゆっくり、橋を渡る。
「もうちょっと! 頑張れ、めぐむ!」
雅樹の声が後押しとなって、前へ前へ進む。
時間をかけて、僕は無事に渡り終える事が出来た。
僕がホッとしていると、雅樹は、僕に何かを言いたそうにしている。
「ありがとう。雅樹、助かったよ」
僕はお礼を言う。
「おう、ところでさ。その、なんだ……」
「どうしたの?」
「めぐむ、ときめかなかった?」
「えっ? いつ? どうして?」
「ああ、なんて事だ! ほら、カッコよく手を差し出しただろ?」
雅樹は、頭をポリポリ掻いた。
僕は、素直な感想を述べる。
「うん。カッコよかった」
「でも、ダメか? ちょっと自信あったんだけど……」
雅樹は、ガクッと肩を落とした。
僕は、サンダルの底に着いた泥を取りながら、雅樹をフォローする。
「うーん。雅樹は、カッコつけなくても、いつもカッコいいから。だから、何もしなくていいよ」
「うぉーん、ひどいよ! めぐむ」
雅樹は腕で泣くフリをする。
クスッ。
そのとき、僕の足首がカクンとして、バランスを崩した。
「あぁ、雅樹……」
「めぐむ! あぶない!」
このままだと、小川に落ちちゃう。
ああ、だめだ……。
そう思ったとき、雅樹はさっと僕の腕を掴み取り、自分の胸の押し付けた。
「大丈夫か? めぐむ」
「うん。ありがとう、雅樹」
僕は、雅樹の腕の中でつぶやいた。
あぶなく落ちそうでドキドキした。
でも、いつの間にか、雅樹に抱かれて嬉しいドキドキに変わっていた。
はぁ。
キュンとしちゃったよ……。
僕は、雅樹の腕を振り解き、見上げて言った。
「雅樹、ありがとう。それでね……ときめいちゃった……もう! しようがないよ!」
「えっ? ときめいたの? ははは。なんだ、じゃあ、いま2対2で同点だな」
「うん」
ともだちにシェアしよう!