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3-19-3 新緑リゾート(3)
次にやってきたのは、アウトレット。
さすがはリゾート地。
広大な敷地で、そこに平屋の建物が迷路のように連なっている。
沢山のショップが入っていて、何処に行こうかと目移りしてしまう。
僕と雅樹は、手を繋いで、ゆっくりとショップを見て回る。
都会のアウトレットでは、まずお目にかかれない、地元名産品なども扱っていて、思わず手に取ってみてしまう。
半分ぐらい回っただろうか。
僕は、履きなれないサンダルで、足が痛くなってきた。
正確には、踵。
靴擦れしてきている。
僕は、雅樹に、休もうよ、と言おうとしていると、ちょうど雅樹が先に提案してくれた。
「めぐむ、ちょっと休もうか? カフェでもどう?」
「うん! 入ろう!」
僕達はカフェに入った。
注文したドリンクを手にとり、テラス席に腰掛ける。
爽やかな風が吹き抜ける。
あぁ、気持ちいい。
目に入るのは、アウトレットの広い屋根、奥には新緑の木々、そしてさらに遠くに、白い雪がかかった山々。
高原ならではの景色に心が洗われる。
僕が浸っていると、雅樹は話を切り出した。
勝負の話のようだ。
「めぐむ、なんだか俺達ってさ、無理に飾らなくていいんじゃない?」
「うん。僕もそう思った。自然にしていればいいって」
雅樹は、うん、うん、と頷く。
そうなんだ。
意図的にドキドキさせる、なんて出来っこない。
今日だって、二人とも、素の行動でしかキュンとしていない。
雅樹は、片手を上げて言った。
「だから、俺は、これからは、無理にカッコつけるのやめた!」
「僕も、もう、無理に可愛くするのやめた!」
僕も同様に片手を上げる。
二人して、クスクス笑った。
カフェでエネルギーを充電したあと、まだ行っていないエリアを回ってみようということになった。
しばらく歩くと、行く手の広場に人だかりを見つける。
雅樹は指差した。
「なぁ、めぐむ、あそこに行ってみようぜ! 人が集まっている」
「うん、行ってみよう!」
そこは、ちょっとした子供向けの水遊び場になっていた。
地面にたくさんの穴が開いていて、定期的に地面から水が噴き出す。
子供たちは、キャッキャいいながら、走り回る。
親たちも、一緒になって楽しんでいる。
「雅樹、僕もちょっと行ってきていい?」
「ああ、いいよ」
雅樹は、どうぞの手つきをした。
なんだ、雅樹は恥ずかしいのかな?
僕は、さっそく、噴き出す水のところへ行く。
こんなのは子供だまし。
端から端まで、水をよけながら歩き切った。
ははは。
たのしい。
ひときわ大きい、噴き出し口を見つけた。
どうやら、壊れて出ないようだ。
僕が覗いていると、急に水が噴き出す。
「キャッ!」
水しぶきがもろにかかってしまった。
「もう! なにここ! でも、気持ちいい!」
僕は思わず声をだして大喜びする。
あははは。楽しい。
濡れちゃったけど、これくらいなら平気。
僕は、笑いながら、雅樹を見た。
雅樹は、むすっとした顔をしている。
「雅樹? どうしたの?」
「ううん。なんでもない……」
雅樹は、首を振りながら、そっぽを向く。
変な、雅樹。
雅樹も、一緒に来て遊べばいいのに……。
僕は、ハンカチで髪の毛を拭きながら、雅樹の元へ歩き始めた。
変な所で、恥ずかしがるんだから、雅樹は。
その後も、しばらくアウトレットを歩いた。
いよいよ、靴擦れで踵が痛い。
僕は、さっきから、痛さのあまり、ちゃんと歩けていない。
雅樹は、楽しそうに話し掛けてくるけど、僕はやっとのことで答える。
ごめん、ちゃんと返せない。
だって、足が痛いんだ。
ああ、サンダルでこなければよかった。
もう、我慢できない。
僕はついに音を上げる。
「いたた。雅樹、ちょっと待って!」
「ん? どうした? 足痛いのか?」
雅樹は心配そうな顔をする。
「うん」
「見せてみろ」
僕は、右足の踵を見せる。
「あぁ、これは痛そうだ。よし、ここのベンチに座ってて」
「わかった……」
僕は、雅樹が指さしたベンチに座り、サンダルを脱いだ。
あぁ、もう一歩も歩けない……。
雅樹は、インフォメーションセンターの方に向かっていった。
しばらくして、雅樹が戻ってきた。
なんと、自転車に乗っている。
「じゃん! 自転車借りてきた。これで、駐車場まで乗せていくよ。あっ、これバンソウコウね。貼って!」
「ありがとう! 雅樹」
僕は雅樹にお礼を言って、バンソウコウを受け取る。
右足の踵にバンソウコウを貼った。
うん、これで少しは歩ける。
でも、痛い。
「貼れた? じゃあ、後ろに乗って」
「うん」
僕は、雅樹に言われた通りに自転車の後ろに座った。
「じゃ、ちゃんと俺にくっついて!」
「うん。分かった」
僕は、雅樹の背中にしがみ付く。
大きな背中。
「もっとギュッと」
「こう?」
腕をきつく巻き付けた。
そして、背中には頬をそっと付ける。
雅樹の温もりが伝わる。
トクン……。
「よし、いくよ!」
雅樹の掛け声。
「それ!」
雅樹は自転車をこぎ出す。
ぐぐっと加速する。
あっ……。
ちょっと、怖いかも。
僕は目を瞑って、雅樹にぎゅっとしがみ付く。
スピードに乗って安定してきた。
雅樹が、楽しそうな声を上げる。
「やっほー! 気持ちいいな、めぐむ」
風がビューと耳元で唸る。
「雅樹、はやいよ」
「平気だよ! ははは」
雅樹は、どんどん加速する。
僕は、怖さを通り越して、可笑しくなった。
クスっ……。
雅樹って、こんな時にも楽しんでしまうんだ。
僕は、さっきからずっと、胸がキュンキュンしている。
あぁ、やっぱり、雅樹ってカッコいい。
だめだ……。
結局、僕は、雅樹にメロメロなんだから。
雅樹は、僕を車まで送り届けると、「自転車返してくるから、待ってて」
と言って、来た道を引き返して行った。
僕は、雅樹を見送りながら、まだ治らない胸のドキドキを心地よく思っていた。
そろそろ日が沈む。
辺りはすっかりと暗くなり、駐車場に停めている車もまばらになった。
雅樹は、車に乗り込むとすぐに打ち明けた。
「めぐむ、俺さ、言っていなかったんだけど、さっきアウトレットでめぐむにときめいたんだ」
「えっ? いつ?」
僕は驚いて聞き返す。
そんな場面あったかな?
一体いつだろう……。
「ほら、めぐむの水しぶきがかかったとき。なんか、楽しそうにしている笑顔をみたら、ドキドキが止まらなかったよ」
雅樹は、照れながら言った。
「そうなんだ……」
僕は夢中になっていたから、雅樹がドキドキするのが分からなかった。
そういえば、すこし不機嫌そうな顔をしていた?
今思えば、あれが雅樹のドキドキだったのかも。
雅樹は言った。
「だから、3対2で、めぐむの勝ちだよ」
「雅樹、違うんだ……実は、僕も……」
僕は、自転車の一件を話す。
雅樹は、「へぇ? そうなの?」と言って驚いた表情をした。
「だから、3対3で引き分けだよ。雅樹」
膝の上に置いた僕の手に、雅樹は手を重ねた。
「ははは。そうか、なんか俺たちって息が合っているな」
「ふふふ。本当に、息ぴったり!」
僕は雅樹の手を振りほどき、改めて恋人繋ぎをした。
そして、ぎゅっと握り合う。
幸せ……。
僕は、ふと、お昼に見かけたご夫婦を思い浮かべる。
二人の素敵な笑顔。
僕達も、あんな風になれるといいな。
僕達は、駐車場に車を止めたまま、しばらく話をしていた。
もう、辺りは真っ暗だ。
今日は、すごく楽しかったから、このまま帰るのは名残惜しい。
だから、まだ出発したくない。
もっと、いっぱい話していたい。
雅樹も、そう思っているのだろう。
次の機会には、どこに行こうか、という話を終えて少し会話が落ち着いた。
僕は、雅樹に聞いた。
「ところで、雅樹が勝ちだったら、何したかったの?」
「俺はね。そうだな。車でエッチかな?」
「ぶっ、雅樹は相変わらずエッチだ!」
雅樹は、突然、僕のアゴをしゃくる。
えっ。
なに?
鼓動が早くなる。
雅樹は、僕の顔のすぐ近くに顔を寄せる。
「あれ? じゃあ、めぐむが勝ちだったら、何したかった?」
「ぼっ、僕は……その」
雅樹が近い。
緊張で、顔が火照ってくる。
だめ、心臓がドキドキしてきた。
はぁ、はぁ。
息が荒くなる。
「その? ほら、もしかしたら、俺と同じなんじゃない? 車で、エッチ」
「そっ、そんなこと……」
「そんなこと?」
あぁ、雅樹が迫ってくる。
ゾクゾクする。
車でエッチ。
そんなの、したいに決まっているじゃん。
でも……。
そんなことは、僕の口からは言えないよ。
僕は、半分照れ隠しで雅樹を突き飛ばす。
「そんなこと、ないから!」
バン!
はぁ、はぁ。
雅樹は、片目をつぶり、頭を抑える。
「いたた、頭打ったよ。めぐむ、ひどいな」
「えっ? 大丈夫? ごめんね」
そんなに強くしてないのに……。
でも、打ちどころが悪かったのもしれない。
僕は、慌てて、雅樹に体を寄せて、雅樹の頭に手を伸ばす。
雅樹は、急に笑いだす。
「ははは。引っかかったな!」
雅樹は、そのまま僕の両腕を掴むと、手首を抑えたまま、僕にキスをする。
あぁ、そんな無理矢理にキスだなんて……。
でも、嬉しい。
んっ、んっ……。
僕が雅樹の口を吸おうとしたとき、唇と唇が離れた。
熱い吐息とともに、唾液が糸を引く。
「はぁ、はぁ、もうキスやめちゃうの? 雅樹」
「じゃあ、めぐむ。正直に言いなよ。車でエッチしたいって……」
「その、だって……」
「言わないと、キスしないよ。正直にならないと」
雅樹の意地の悪い言い草。
キスしたい。
でも、恥ずかしい。
僕は、目を逸らして小さな声で言った。
「その……エッチしたい……車で」
「えっ? 聞こえないけど?」
もう! 雅樹の意地悪!
僕は、開き直って、大声を出す。
「車でエッチしたい!」
「あははは。正直でよろしい。俺達って息ぴったり!」
雅樹は、満足そうに笑う。
もう、そんな笑顔しちゃって!
僕が恥ずかしがるの、そんなに嬉しいの? もう!
でも、僕は、早くキスの続きがしたくてしようがない。
「ほら、言ったんだから、早くキスしようよ!」
「ははは。分かったよ。エッチだな、めぐむは!」
雅樹は、そう言うと、僕をぎゅっと抱きしめ、そして、キスを始めた。
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