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3-20-1 雅樹のいとこ(1)
最近は、ぐずついた天気が続いている。
こんな梅雨の時期は、室内でのんびり過ごすのがいい。
僕と雅樹はそんなことを話しながら、最近お気に入りのカフェに入り浸っている。
このカフェは、ゆったりとした店内のつくりで話しやすい。
何よりも一番のお気に入りポイントは、本屋さんが併設されているところだ。
本を無料で読みながら、カフェを堪能できる。
今日は、好きな雑誌を読みつつ、受験のために少しでも士気を上げようと、参考書も手元にもってきていた。
雅樹は、何冊かの参考書をペラペラめくり、その一冊を僕の方に向けた。
「めぐむ、この参考書どうかな?」
僕は、手元の雑誌から一旦目を移す。
僕も好きな出版社のシリーズ。
数ページほどザッと眺めて答えた。
「このシリーズいいよね。解説が多いから」
「めぐむはさ、何の教科を勉強しているんだ?」
雅樹は、僕の参考書の背表紙を見て言う。
「僕は、まずは日本史をかたずけようと思っているんだ」
「なるほどね」
僕と雅樹が話に夢中になっていると、声をかけてくる人物がいた。
「あれ、お兄ちゃん?」
雅樹が振り向いた。
そこには、例の雅樹のいとこが立っていた。
白いシャツに紺のズボン。
中学生らしいサッパリとした身なり。
「やっぱり、お兄ちゃんだ!」
雅樹のいとこは、ぱぁっと顔を明るくする。
「ヒカルか。どうしてこんなところに……」
雅樹がそう言いかけた途端、雅樹のいとこは、雅樹の腕に抱き着いた。
「おい、あまりくっつくなって!」
雅樹は、すぐに叱った。
「偶然だね。うれしい!」
雅樹のいとこは、そんなお叱りには気にする様子もなく、腕に頬ずりを始める。
僕は、口をあんぐりとさせた。
ちょっと!
僕の雅樹に勝手にくっつかないでよ!
はっ、とする。
だめだ。
僕はまた、嫉妬している。
スカート越しにももの辺りをギュッとつねる。
我慢しなきゃ……。
目を閉じて深呼吸をする。
すーはー、すーはー。
よし。
大丈夫。
平常心、平常心。
雅樹のいとこは、しばらくの間、雅樹とじゃれたあと、いまようやく気づいたように、僕を見る。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
雅樹のいとこは、僕を紹介しろと言わんばかりに雅樹をせっつく。
雅樹は、しようがないな、と僕を紹介した。
「あぁ、友達のめぐむだ。めぐむ、こっちが……」
名前を言おうとしたとき、雅樹のいとこがさえぎる。
「僕は、雅樹お兄ちゃんのいとこの高坂 光 です。よろしくお願いします。めぐむさん」
軽くお辞儀をしてニッこりと微笑む。
虫も殺さないような笑顔だ。
「よろしく、ヒカル君」
僕は言った。
ヒカル君は、僕の顔をじろじろ見ると、唐突に言った。
「もしかして、彼女さんですか?」
えっ……。
僕と雅樹は、驚いて目をあわせる。
初対面で、いきなりの質問。
僕が返答にこまっていると、「うん、まぁそうだ」と雅樹は代わりに答えてくれた。
「へぇ。そうなんですか……」
ヒカル君は、改めて、僕を顔と姿をじろじろ眺めると、「ふーん」と言った。
ヒカル君は、少し間をおいて、
「ねぇ、お兄ちゃん! 僕の参考書を選ぶの手伝ってよ」
と雅樹の腕を引っ張りねだり始めた。
雅樹は困った顔をしていたが、根負けしたようだ。
「めぐむ、ごめん。ちょっと行ってくる」
「うん、わかった」
ヒカル君は、やったーっと喜びながら、雅樹の腕を組み参考書コーナーへ歩いていく。
完全にヒカル君のペースだ。
雅樹が少し気の毒に思えた。
持ってきた雑誌の続きを読もうとペラペラめくるが、雅樹とヒカル君のことが気になってしようがない。
きっと、雅樹にべたべたしているんだろう。
だめだ、こんなのでイライラして。
相手はいとこで、中学生なんだぞ。
自分の嫉妬心を押さえ、平常心を保とうとする。
しばらくして、雅樹とヒカル君が戻ってきた。
「ごめん、めぐむ。飲み物買ってくるよ、何がいい?」
雅樹は僕に気を使ってくれたようだ。
「ありがとう。じゃあラテ、ホットで」
ヒカル君は自分もと言わんばかりに「僕は、ジュース。オレンジ」と言った。
雅樹は、ああ、わかったよ、と片手で了解のしぐさをすると、カフェのカウンターへ向かった。
ヒカル君は、席に座り、雅樹を見送っていた。
雅樹が離れたのを見計らって、僕の方をみて言う。
「間違っていたら、ごめんなさい。めぐむさんって、男の人?」
僕は、はっとした。
ばれた。
ヒカル君の視線は時折、僕の胸に向いていた。
それで、胸がない事に気づかれてしまったかも……。
全くの油断。
いつもは、パッドが入ったキャミかブラトップを着るようにしているので、少しは胸があるように見える。
でも、今日に限っては、この蒸し暑さなのでパッド無しの薄手のキャミ。
だから、もっと気をつけなくてはいけなかったんだ。
僕が答えに窮していると、ヒカル君は言った。
「そうなんですね。あぁ。大丈夫です。誰にも言ったりしませんから」
バレてしまったのだから仕方ない。
いいよ別に。
ヒカル君にバレたって、どうと言うこともない。
学校の知り合いならいざ知らず、たかだか、僕とは接点の無い中学生。
全く問題ない。
女だって言い張るほどの事じゃないさ。
僕の中では、すでに開き直っていた。
それで僕は真顔のままで答えた。
「そうだよ。僕は男だよ」
ヒカル君は、僕が素直に男だと認めたことに、少なからず驚いたようだ。
でも、その動揺を隠すように、平静を装った表情をした。
「それで、その、めぐむさんが男の人だって、お兄ちゃんは知っているんですか?」
ヒカル君は、ゆっくりと丁寧に言う。
別に隠すような事でもない。
「もちろん、知っているよ」
僕は答える。
それを聞いたヒカル君は目を見開き、満面の笑みを浮かべた。
「そう、めぐむさんが男と知っていても付き合っているんだ、へぇ……」
ヒカル君は、独り言をボソボソいっている。
じゃあ、僕でも大丈夫なはず。
そんな言葉が聞こえる。
しばらくして、雅樹が戻ってきて、飲み物をテーブルに置いた。
僕は、ありがとう、と言うとカップに口をつける。
ヒカル君は、再び僕がいないかのように雅樹に甘え始めた。
嫌がる雅樹と、雅樹にまとわりつくヒカル君。
僕は、二人を眺める。
そうか。
ヒカル君は、雅樹が男の子を好きになれることに喜んだのに違いない。
余計なことを教えてしまったかな……。
なんか悔しい。
少し唇を噛んだ。
ああ、いけない。
また、ヒカル君に嫉妬している。
全く、僕は学習しないな……。
僕は、二人から目を逸らして苦笑した。
しばらくして、ヒカル君はオレンジジュースを飲み干すと、ではまた、と言って帰っていった。
雅樹は、ヒカル君の姿を見送ると、僕に頭を下げた。
「めぐむ、本当に申し訳なかった。いやな気持ちにさせちゃったな」
「いいよ。しょうがないもん」
僕は、雅樹に言う。
雅樹は、「本当にごめん」と言うと、僕の手の甲に手を重ねた。
僕は、大丈夫と、無言で首を振る。
そう、別に雅樹が悪いわけじゃないんだ。
それはそうと……。
ヒカル君か。
きっと、これで終わりにはならないんだろうな。
僕は、そう予感した。
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