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3-20-2 雅樹のいとこ(2)

数日後、僕と雅樹はまた同じカフェで待ち合わせることになった。 僕は、すこし早めにきて、雅樹が来るのを待っている。 旅行雑誌をペラペラとめくる。 もうすぐ梅雨が開ける。 そうすれば夏がくる。 旅行雑誌では、リゾート特集を組んでいた。 こんな南の島へ雅樹といきたいなぁ、と二人での旅行を妄想してたのしむ。 ふと見ると、いつの間にか、テーブルの向かいに、知らない女の子が座っていた。 雅樹のために席をとっておいたのに、しょうがないか、と思って店内を見回す。 あれ? 他の席はだいぶ空いている。 僕は、目の前の女の子を見た。 誰か、知り合いだろうか? 記憶を手繰る。 女の子もこちらを見ている。 「ねぇ、わからない?」 その子が突然言った。 人違い? そう、思ったとき、その子が言った。 「ヒカルです。めぐむさん」 僕は、驚いてその子を観察する。 たしかに、よく見えれば、なるほどヒカル君だ。 ショートボブに大人を意識したメイクは、逆に背伸びをした女の子の可愛さを感じる。 服装は少し派手目のガーリーファッション。 胸元の赤いリボンが印象的。 どう見ても女の子にしか見えない。 ヒカル君は、言った。 「どうですか? 僕って可愛いでしょ?」 自分のことを可愛いか聞くなんて、恥ずかしくないのか、と思ったけど、たしかにそれを言うだけの可愛さはある。 どこかのアイドルグループのメンバーのようだ。 でも、僕は別に張り合うつもりもない。 僕は、素直に微笑みながら答えた。 「うん。かわいいと思う」 ヒカル君は、僕の言葉を聞いて勝ち誇った顔をした。 「僕も、女装できるんです!」 お兄ちゃんのためだから、と小さい声で付け足す。 僕は、黙っていると、ヒカル君は言った。 「では、今日は、これで」 ヒカル君は、席をたった。 カフェの出口へ向かう途中で、立ち止まる。 そして、何かを思い出したかのように、テーブルに戻ってきた。 ヒカル君は、言った。 「そうそう、めぐむさん、今度二人でゆっくりお話しできませんか?」 気は進まないが、別に断る理由はない。 「いいよ」 僕は、答える。 じゃあ、とヒカル君はバッグからメモ用紙を取り出し、メールアドレスを走り書きをした。 そして、僕にスッと手渡す。 僕もメールアドレスを書いて渡した。 ヒカル君は、僕が渡したメモをバッグにしまいながら言った。 「では近いうちに、また」 ヒカル君とすれ違うように、雅樹が手をあげてやってきた。 「いまの子、めぐむの知り合い?」 「ううん。知らない子。人違いかな」 「そっか」 別に雅樹に内緒にする義理はないけど、 雅樹に心配をかけたく無い。 僕は、そう思って黙っていることにした。 数日後、ヒカル君から連絡がきた。 あのカフェでということで、気が進まないけど行くことにした。 何か断る用事が有れば良かったのだけど、残念ながら予定は空いている。 それなのに断るのは、負けたような気がして僕のプライドが許さない。 女装した方がいいかな、と思ったけど、どうせ男だってバレているわけだし、雅樹と会うわけじゃない。 わざわざ手間をかける事もないかと思い、普通に男の格好で行くことにした。 カフェにはヒカル君が先についていた。 ヒカル君も女装はしていない。 僕が近づくと、ヒカル君は「あれ、どなたですか?」という表情を浮かべた。 僕は、ヒカル君の真向かいに座った。 ヒカル君は、僕の顔をまじまじと見る。 「へぇ、それが普段のめぐむさんなんですね。印象が全然違います」 ヒカル君は感心して言った。 僕は、注文しに行くと言い、いったん席を立った。 レジカウンターではラテを注文した。 さて、どんな話になるのだろう。 受け渡しカウンタの前で待つ間、遠目でヒカル君をちらっと見た。 ヒカル君はスマホをいじっている。 その様子からだと、何を考えているのか全くわからない。 まぁ、中学生相手だ。 そんなに気負うこともないか。 ラテが出てくると、テーブルに向かった。 席につくと、ヒカル君は早速、話を切り出した。 「単刀直入にいいます。お兄ちゃんと別れてもらえませんか?」 僕は、呆気にとられた。 厚かましいにも程がある。 でも、普通に考えてみれば、ただの我儘。 やっぱり、子供なんだ。 少し安心した。 もしかして、本当にライバルになるのかもしれないと、心の何処かで警戒をしていた。 それがスッと解ける。 ヒカル君は、僕の表情を見て声を上げた。 「めぐむさん、何が可笑しいのですか!」 「ううん、可笑しくない。ただ、どうして、そんなことを言うのかなって、思って」 「僕が、お兄ちゃんを愛しているから。僕こそ、お兄ちゃんにふさわしいと思います」 この子は、本当に雅樹が好きなのだろう。 一途に想うあまり、周りが見えていない。 きっと、雅樹のことも、おそらく、自分自身の事さえも。 だから、ヒカル君のペースに飲み込まれてはいけない。 心の中の冷静な僕が警告をする。 うん。大丈夫だよ。 僕は冷静だ。 あの、初詣の時のような事にはならないから。 「ヒカル君の思いだけで、そんなことはできないよ。お兄ちゃんだって、そう思っていると思うよ」 「めぐむさんの気持ちはそうだとして、どうしてお兄ちゃんがそうだと、言い切れるんですか?」 ヒカル君は、不満そうに声を荒らげる。 僕は、気にも留めずに冷静に答えた。 「どうして、って。それはお兄ちゃんは僕を好きだから」 ちょっと意地の悪いいい方だ。 でも、この子にはこれぐらいは言わないと伝わらない。きっと。 ヒカル君は、きっとなって僕をにらむ。 「確かに今は付き合っているんだから、そうかもしれない。でも、僕の本気の思いをお兄ちゃんに伝えれば、お兄ちゃんはわかってくれると思う」 この子はきっと悪い子ではないのだ。 思い込みが激しいだけ。 ヒカル君は続けた。 「これは、知っているかもしれないけど、お兄ちゃんは、中学の時付き合っていた彼女がいたんだけど、ものすごく美人だった。だから、あの人よりも可愛くなる必要があるんだ!」 雅樹の中学時代の彼女。 その言葉に、すこし動揺した。 ヒカル君は、見たことがあるんだ。 美人……。 そうか、雅樹の彼女は、可愛かったのか。 ヒカル君が劣等感を抱くほど……。 僕は、ヒカル君の言葉に、引き戻される。 「今の僕なら、あの人と同じかそれ以上に可愛いくなれる自信がある。でも、めぐむさんは、その、可愛いかといったら、失礼ですが正直それほどでもないと思う」 ヒカル君は、僕を見る。 「本気で可愛くなろうとしていない。そんな気がする。だから、めぐむさんと僕とではお兄ちゃんに対する本気さが違うんだ」 「ヒカル君。僕は、べつに可愛くなろうとしているわけじゃないんだ」 僕は言った。 「えっ、どうして? じゃあ、何のために女装しているんですか? お兄ちゃんに、可愛いと思って欲しいんじゃ無いですか?」 僕は言葉につまった。 そうだ、僕は単に雅樹とイチャイチャしたいだけなんだ。 ヒカル君は、それを察したのか、僕に質問をした。 「もしかして、女装はカモフラージュ? 男同士で付き合うのに、人の目を気にしているんですか?」 図星だ。 僕が黙っていると、ヒカル君は勝ち誇ったように言った。 「僕は、人目だって全然気にしない。人前だって手を繋げるし、お兄ちゃんがキスしたいと言うのなら、受け止められる!」 お兄ちゃんは、そんなことは望んでないよ。 僕は、そう言おうとして、口を噤んだ。 言っても無駄だと思ったからだ。 ヒカル君は、もう僕とは話すことはない、と思ったようだ。 席を立ちながら言った。 「わかりました。めぐむさん。やっぱり、僕は、めぐむさんがお兄ちゃんを思う気持ちには絶対に負けてないと思う。お兄ちゃんに選んでもらいます!」 僕は家に帰って、ヒカル君の言葉を思い出していた。 僕の女装は、本気じゃない。かぁ……。 さすが、僕の女装を見破っただけのことはある。 鋭いところを突く。 建て前は、可愛さをアピールして目立ちたくない。 だけど、心のどこかでは、女になりきれない気持ちがある。 僕は男なんだ。 雅樹には、いつでも男の僕を気に留めていてほしい。 男だという事を意識して欲しい。 そんな気持ちが、中途半端な女装になっていたのかも知れない。 それを他人から指摘されるなんて、思ってもみなかった。 それにしても、ヒカル君って、雅樹が初恋なのかな。 自分の気持ちに正直だし、それを疑わない。 断られる事なんて、これっぽっちも考えてもいない。 そう、恋する事に臆病になる、そんな気持ちを持ち合わせていないのだ。 うん。 多分そうだ。 ふふふ。 僕の時と似ているのかも……。 僕は、雅樹に告白した時、雅樹がどう思っているかなんて考える余裕は無かった。 自分の気持ちを伝える事で精一杯だったんだ。 今思えば、本当に自分勝手だったと思う。 ヒカル君のことを我儘で自分勝手だと思ったけど、僕も同じじゃないか。 僕は、そんな忘れていた感覚を思い出して苦笑した。

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