僕達は、カフェに入った。 吉村君は、興奮気味に言った。 「やっ、やった。希美さん。俺、君に一目惚れで……」 希美さんは、吉村君を一瞥しただけで、すぐに僕の方を見て言った。 「で、そっちの人。さっきの話、どうなの？」 やっぱり、希美さんは僕の言葉に興味深々なんだ。 僕は、じらすように冷静に受け答える。 「僕は、美映留高校３年の青山っていいます。こっちは、１年の吉村君」 「よろしく！　希美さん！」 希美さんは、テーブルに置いた手を落ち着きなさそうに動かす。 「自己紹介はいいのよ。で、青山先輩だっけ？　男同士の話ってなによ」 「うん。もしかして、希美さんは、男同士の話に興味があるかなって」 「滝沢よ。気安く希美って言わないで。どうして、女のあたしが男同士の話ってなるわけ？」 「そっ、それは……」 これ以上、じらすのも可哀そうだ。 そろそろ頃合いかと思った時、希美さん、いや滝沢さんは口を挟んだ。 「あー、そっか。男同士の話ってＢＬとかそういう事？　あたしがそのつまり腐女子じゃないかって？」 滝沢さんは、明らかに失望した顔をした。 「ちっ、違うよ！　滝沢さんは……」 吉村君は、声を張り上げる。 僕は、興奮した吉村君を制する。 そして、滝沢さんの目を真っすぐ見て言った。 「そんな事じゃないよ。滝沢さん自身の事」 「えっ？」 「つまり、滝沢さんの事を男だと思うから……」 沈黙を破ったのは滝沢さんだった。 「ぷっ。ははは。どこを、どう見て、あたしを男と思うわけ？」 「うん。そうだね」 「スカート穿いて、胸があって、アレはついてない。女そのものだと思うけど」 「うん」 「しかも、女子校だけど。あたしが通っているの」 「たしかにね」 沈黙。 僕も吉村君も黙っている。 滝沢さんは、ふぅ、とため息をついた。 「どうして、そう思った？」 僕と吉村君は、顔を見合わせる。 吉村君は肩をすぼめた。 そうだよね……難しいね。 僕は答えた。 「うーん。直感かな？」 「ぷっ。なにそれ？　これ、もしかして新手のナンパ？　だって、そっちのイケメンはあたしのこと女って見ているんでしょ？」 吉村君は、すぐに反論した。 「俺は、吉村。俺は、君の事を女だなんて思ってないよ。最初から」 「へ？　ははは。あたしを見て女と思わないなんて……信じられない」 「信じられないっていっても、信じてもらうより仕方ない。俺は、男の君が好きなんだ」 「へぇ。吉村っていったか。お前は、男が好きなのか？　それはホモってことか？」 滝沢さんは、挑発するように言った。 でも、吉村君はそれに乗らずに冷静に答える。 「そうだ」 「ふーん。で、そのホモの吉村は、女の体のあたしに惚れた？　あはは。うそだね。それ。普通のオスの行動じゃないか」 沈黙。 吉村君は、このままでは何を言ってもダメだと思ったようだ。 僕の方を見て助けを求める。 さて、どうしたものか……。 いや、簡単か。 僕には、滝沢さんの気持ちが手に取るように分かるのだから。 「ねぇ、滝沢さん。逆に教えてよ。どうして、『男同士の話』に興味をもったの？」 「えっ？　そっ、そんなの、新手のナンパにガツンと言うためよ」 滝沢さんは、僕の突然の質問にしどろもどろになった。 「滝沢さん、寂しくないの？」 「へっ？」 僕は、追い打ちをかける。 「僕も吉村君も、君と友達になりたいんだ。本当の君と」 滝沢さんは目を見開いた。 「とっ、友達……」 「ちなみに、僕は男の子と付き合っている。君のいうところのホモってことになる。だから、君の女の体は興味ないよ。僕は、男の君に興味があるだけ」 「男のあたし……」 滝沢さんは、そういうと下を向いた。 ぶつぶつと独り言が聞こえる。 しばらくの間、僕と吉村君は黙ってその様子を見ていた。 突然、滝沢さんは、１オクターブ低い声で、あははは、と笑い出した。 僕達は、ビクッとした。 そして、滝沢さんは話し始める。 「まさかね……オレの事を分かる人が現れるとはな……」 面を上げた表情は、もう元の滝沢さんとは明らかに変わっていた。 別人？　そう思うほど。 「ああ、確かに、オレの中身は男だ。これは、親も知らない秘密」 僕は、ホッとしていた。 良かった。本当の滝沢さんがやっと出てきてくれた。 吉村君も同じように考えているようだ。まっていたよ、と言いたそうに優しい目をした。 滝沢さんは、話し始めた。 ずっと、我慢していたものがあふれ出るように……。 「オレに近づいてくる男は、みんなオレの体目当て。いやらしい目つき……心底ぞっとする。まったく、うんざりだ」 滝沢さんは、言葉を続ける。 「女子校だから、周りは女ばかり。女は好きだけど、近寄ってくる子は、女のオレを求めてやってくる。憧れのお姉さまってやつだ……だから、本気になれないし、ずっと孤独だった……」 滝沢さんは、僕の方をチラッと見た。 「でも、青山先輩が、男同士っていったとき、胸が温かくなった。ああ、一人じゃなかった。オレをオレと認める人が現れたって」 僕は、口を挟んだ。 「ねぇ、滝沢さん、それ、最初に認めたのって、吉村君だよ」 滝沢さんは、はっとして吉村君に頭を下げた。 「ああ、そうだったな。吉村。すまない。頭ごなしに拒否して」 「いや、いいよ。滝沢さん、いや滝沢……」 吉村君は、手を横に振る。そして、小首をかしげて微笑んだ。 滝沢さんも微笑み返す。 「だって、お前、やたらイケメンだし、そういう男は散々見てきたからな。ああ、でも、こうやってみると、お前の目は、ぜんぜんいやらしくないな」 「ああ、よかったよ。誤解が解けて……」 「まずは、友達から。で、いいだろ？　オレ、男友達ってのに憧れていたからよ」 「もちろん。でも、俺は、滝沢の事を好きだって事を忘れるなよ」 「いいぜ」 吉村君が差し出した手を、滝沢さんはギュッと握った。 うん。 これで友達になった。 吉村君は、これでスタート地点に立てたんだ。 あとは、本人の頑張り次第。 和やかなムード。 これ以上は、僕はお邪魔だろう 「よし、これで解決かな？　僕の出番はこれでおしまいだよね」 「ありがとう、先輩」 「オレからも、お礼を言わせてくれ。青山先輩」 「ふふふ。いいって……」 二人のお礼の言葉を心地よく受け取ったところで、僕は席を立とうとした。 すると、滝沢さんは、まって、と言って僕を止める。 「青山先輩。その、もしも。もしもなんだが……」 「うん」 「もし、吉村とエッチすることになったら、どうしたらいいんだ？　オレにはついていないんだが……」 「ぶっ！」 滝沢さんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。 そして、吉村君の顔をうかがう。 それに呼応するように、吉村君も顔をほんのり赤らめた。 僕は、吹き出しながらも、ああ、普通に可愛い後輩達だなぁ、と思った。 吉村君は、まじめな顔で、滝沢さんに向かって、そうだよな、とつぶやくと、僕に向かって言った。 「青山先輩。俺、滝沢にぶち込んでもらいたいんだけど、どうしたらいいですか？」 「はぁ、はぁ。もう！　そんなの僕に聞かないでよ！」 二人は、僕をなんだと思っているんだろ。まったく……。 そんな僕の思いも知ってか知らずか、二人は拝むように僕に手を合わせる。 「会長！　お願いします。どうかご指南を！」 「ちょっと、二人して！　もう、頭を上げてよ！」　 しょうがない。 僕は前に雅樹と行った『大人のおもちゃ』のお店のことを思い浮かべた。 「うんとね、矢追(やおい)駅の近くにそう言うの扱う専門店があってね……」 「おぉー！　さすが会長！」 二人の歓声が上がる。 「いや、僕だって、そんなに知っているわけじゃないよ！　で、きっと、女の子同士で使うグッズをうまく使うといいんじゃないかな？　はい、僕はここまで！」 僕は、恥ずかしさのあまり早口になった。 二人の顔にパッと花が咲く。 「なっ、なるほど。おい、吉村。今度いってみようぜ！」 「ああ、いいぜ。滝沢。とびっきりぶっといの買おうぜ！」 「オーケー！」 気付けば、いつの間にか二人は仲良くなっている。 友達から？ いや、いや……そんな訳はない。 これは、もう付き合っている。 好きあっている。 そんな雰囲気。 うふふ。 まぁ、考えてみれば、それはそうか。 互いに腹を割って話した仲なのだから……。 滝沢さんは、頬杖をつきながらうっとりとした目つきで言った。 「ああ、やっぱり、いいなぁ、男同士の会話。ところで、吉村。お前、スポーツ観戦って興味あるか？」 「おー。あるある。野球にサッカーな。あと格闘技もいけるぜ」 「よっしゃ！　今度いこうぜ！　あー。うずうずするな。いままで、女の遊びしかしてこなかったから、思う存分オレを解放できる」 僕はふと、時計を見た。 あっと！　いけない。 山吹先輩と夕食！ つい長話になってしまった。 僕は、今度こそ席を立つと二人に挨拶をした。 「ごめんね。僕は、用事があるから」 「いろいろありがとうございました！　会長！」 二人してお辞儀をする。 会長って……いつの間にか滝沢さんにまで……。 振り返ると、楽しそうに話をする二人。 なんか、滝沢さん。 見た目は、おしとやかで、可愛い系なんだけど、椅子の上であぐらをかいて、すっかり残念女子。 クスッ……。 でも、これが、本当の滝沢さんなんだ。 こう見ると、ただのカップルに見えるから、僕みたいに女装しなくていいんだよね。 男同士なのに、それは羨ましい。 いいなぁ……。 僕は、気持ちを入れ替えて、駅に向かって歩き始めた。