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卵焼きと指輪と部長(2)

色々と妄想を繰り広げていると 「若林君。」 「ひゃっ、ひゃいっ!」 突然部長に名前を呼ばれて、変な返事をしてしまった。うわっ、恥ずかしい… 部長は 「くっくっ…何だ、それ…まぁ、いいや。 俺の生姜焼きをやるから、卵焼き1個くれないか?」 「え?卵焼き、ですか?どっ、どうぞ…」 部長は俺の弁当箱の蓋をヒョイっと取ると「直箸で悪いな」と言いながら、生姜焼きを乗せてくれた。 俺も急いで弁当箱を部長の前に差し出した。 「サンキュ」 部長は卵焼きを掴むと、口の中に放り込んだ。 目を瞑って暫く咀嚼していたが… 係長が部長の顔を覗き込んで言った。 「どう?」 「…美味い…」 係長が嬉しそうに俺の肩を叩いた。 「若林君、部長が褒めたのは君が初めてだよ!」 「えっ、そうなんですか!?」 「若林君、頼みがあるんだけど。」 「はいっ、何でしょうか?」 「公私混同して悪いんだけど、時間があれば今度の休みに家に来て、卵焼き作ってくれないか?」 「はいっ!?…卵焼き…ですか?」 俺はその時、きっと部長の奥さんに教えてやってくれ、という依頼なんだと思った。 料理…苦手な人なのかもしれない。 卵焼きくらい、部長の好みで作れるようになるといいな。 「分かりました! 日時は部長に合わせますので、ご都合の良い時間を仰って下さい。」 「ホントかっ!? …いやぁ…こんなこと、入社したばかりの君に言うなんて、パワハラも甚だしいんだけど…余りにも俺好みで…申し訳ない、本当にいいのか?」 「大丈夫ですっ!どうせ休みはボンヤリしてるだけですから。」 「そうか、すまないな。 家まで迎えに行くから、待っててくれるか?」 「いえ、そんな!住所さえ教えていただければ、自分で行けますよ。」 「いや、迎えに行く。10時でどうだ?」 「そんな、申し訳ないです…私が伺います。」

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