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卵焼きと指輪と部長(3)
そんな会話の応酬が続き、折れた俺が自分の住所を伝えようとすると、部長は
「分かるからいいよ。」
と言った。よく考えると、社内全ての人事を扱う部署のトップだ。
俺達新入社員の個人情報なんて、あっという間に調べられる。
ホントに公私混同だな。
卵焼き一つでこんなに必死になるなんて。
“メシマズヨメ”の部長が何だか気の毒になってきた。
イケメン、(きっと)金持ち、仕事ができる、(きっと)美人の嫁、欲しい物は何でも手に入ってる…はず。
こんなスパダリの部長にも、叶わぬことがあったんだなぁ。
じっと見つめてしまっていたのか、部長が聞いてきた。
「俺の顔に何かついてるか?」
「えっ、いいえ!何でもありませんっ。」
「じゃあ、よろしく頼むよ。悪いな。
寺橋、内緒にしてくれよ。」
「えーっ、口止め料は高いですよ?」
完食した部長は、あははっと笑いながら、席を立って行ってしまった。
「…若林君、断らなくて良かったのか?
嫌ならハッキリ言ってもいいんだよ。
断ったから、って今後の業務や査定に響く訳でもないんだからね。」
「いえ、本当に大丈夫です。
何だか部長が気の毒になって…部長の奥様、卵焼きも満足に作れないんですかね…
他にも幾つか簡単な料理を教えてきますよ!」
「若林君…」
「はい?何でしょうか?」
「…いや、いいよ。まぁ、部長の気が済むように作ってやって。」
「分かりました!任せて下さいっ!」
ニコニコと微笑む俺に係長は何故か、はあっ…とため息をついた。
「あっ、係長、肉巻きのレシピ、教えて下さいねっ!」
係長のため息の意味も知らず、呑気に構えていた俺なのだった。
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