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卵焼きと指輪と部長(5)
「若林、お前俺のことかいかぶり過ぎ。
俺だって、お前と同じただの男だぞ。」
「違いますよ!部長は…カッコいいです!」
うわっ、何告白みたいなことしてるんだよ、俺。
全身がかあっと熱くなり頬が火照る。
部長は俺の頭をポンポンと叩くと
「ありがとな。」
と言い、また正面を向いてアクセルを踏んだ。
俺は何だかいたたまれなくなって、窓の方を向いていた。
その間も部長は『雰囲気には少し慣れたか』とか、『係長とは上手くやれそうか』とか、仕事のことを色々と聞いてきた。
気を遣ってくれてるのが凄く伝わってくる。
俺も正直に答えて、その度に部長は頷いてはひと言ふた言返してくれた。
そのうち、車はいかにも“高級マンション”へと滑り込み停止した。
「凄っ…」
思わず漏れた言葉に、俺をエントランスに促した部長はふっと笑った。
「部長…やっぱり凄いですよ…」
「そうか?まぁ、中に入って驚くなよ。」
そうか…中はもっとゴージャスなんだ!
ハイソな生活ってどんなんだろう。
ワクワクする!
期待と緊張がMAXになり、ドキドキしながらエレベーターに乗り…
「さぁ、上がってくれ。」
「お邪魔しますっ!」
奥様とのご対面…あれ?
何か…違う…
家の中はシーンと静まりかえり、誰かが出迎える気配はない。
「そこのスリッパ履いて。」
「はい。」
“夫婦”の生活感のない部屋。
ソファーに無造作に置かれたワイシャツ。
テーブルに散らばった書類。
?????頭の中の“?”が増えていく。
「キッチンはこっち。」
「はい。」
鍋も調味料も食器も見当たらない。
完全収納なのか?
いや…余りに綺麗過ぎる。使った形跡が無い程に。
「…部長?」
「ん?」
「あの…奥様は?」
「そんなもの最初からいないぞ。」
「えっ?だって、指輪…」
「あぁ…これか?」
部長は手をひらひらさせて、ニヤリと笑って言った。
「これは、虫除け。」
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