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卵焼きと指輪と部長(6)

俺の頭はこんがらがっていた。 ――奥様はいない ――指輪は虫除け それと…係長のため息の訳… ということは… 「…部長…ひょっとして…独身なんですか?」 「はい、ご名答。よくできました。」 「『ご名答』って…私を騙したんですかっ!? お家で奥様に毎日作ってもらえるように、私を呼んだんじゃないんですかっ!?」 「…若林…俺はそんなこと、ひとっ言も言った覚えはないんだが?」 …そう言われてみれば…勝手に『奥様に教えてあげる』と思い込んだのは俺だ… 部長も係長も、そんなこと言ってない… そうだ!! あの時『教えてくれ』なんて、言ってない! 『』って言ってた! 「…そうでした…私の全くの思い込みと勘違いでした… 申し訳ございませんっ!」 「いや…勘違いさせるようなことをしてる俺も悪いんだ。 …こうでもしないと、寄ってくる女どもが五月蝿くてな…自衛のために思いついたんだよ。」 「…部長なら、選り取り見取りじゃないですか! どうして」 「色々とな…まぁ、追々話をするよ。 とにかく、早く卵焼き、作ってくれないかな?」 色々と…って何だろう… 少し眉間に皺を寄せた部長は、叱られた犬のように見えた。 何だか…かわいい…いや、何だ、この気持ちは。 俺は複雑な思いのまま頷き、腕まくりをしてエプロンを取り出して腰に巻き(所謂ソムリエエプロンだ)、手を念入りに洗うと材料をキッチンテーブルの上に広げ始めた。 部長は興味津々、近付いてきた。 「他にも何か作る、って言ってたよな。 何作ってくれるんだ?」 「豚汁とほうれん草のお浸しです。 バランス的にもいいと思います。」 「美味そうだな…もうお腹が空いてきたよ。」 「早過ぎませんか!? どうですか?部長も一緒に作りませんか?」 「いや、俺は見ている方がいい。」

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