10 / 280
卵焼きと指輪と部長(6)
俺の頭はこんがらがっていた。
――奥様は最初からいない
――指輪は虫除け
それと…係長のため息の訳…
ということは…
「…部長…ひょっとして…独身なんですか?」
「はい、ご名答。よくできました。」
「『ご名答』って…私を騙したんですかっ!?
お家で奥様に毎日作ってもらえるように、私を呼んだんじゃないんですかっ!?」
「…若林…俺はそんなこと、ひとっ言も言った覚えはないんだが?」
…そう言われてみれば…勝手に『奥様に教えてあげる』と思い込んだのは俺だ…
部長も係長も、そんなこと言ってない…
そうだ!!
あの時『教えてくれ』なんて、言ってない!
『作ってくれ』って言ってた!
「…そうでした…私の全くの思い込みと勘違いでした…
申し訳ございませんっ!」
「いや…勘違いさせるようなことをしてる俺も悪いんだ。
…こうでもしないと、寄ってくる女どもが五月蝿くてな…自衛のために思いついたんだよ。」
「…部長なら、選り取り見取りじゃないですか!
どうして」
「色々とな…まぁ、追々話をするよ。
とにかく、早く卵焼き、作ってくれないかな?」
色々と…って何だろう…
少し眉間に皺を寄せた部長は、叱られた犬のように見えた。
何だか…かわいい…いや、何だ、この気持ちは。
俺は複雑な思いのまま頷き、腕まくりをしてエプロンを取り出して腰に巻き(所謂ソムリエエプロンだ)、手を念入りに洗うと材料をキッチンテーブルの上に広げ始めた。
部長は興味津々、近付いてきた。
「他にも何か作る、って言ってたよな。
何作ってくれるんだ?」
「豚汁とほうれん草のお浸しです。
バランス的にもいいと思います。」
「美味そうだな…もうお腹が空いてきたよ。」
「早過ぎませんか!?
どうですか?部長も一緒に作りませんか?」
「いや、俺は見ている方がいい。」
ともだちにシェアしよう!