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卵焼きと指輪と部長(8)

人間、見た目と中身は違うんだな。 俺はどんな風に見えてるんだろう… 「若林は誰に料理を習ったんだ?」 「独学です。料理番組や料理本で。 大学の時、必要に駆られて毎日自炊してましたから、自然と腕が上がりました。 元々、家事は苦手ではなかったですし。」 「そうだったのか。弁当も毎日作ってたのか?」 「はい。習慣になっちゃって、ついつい毎日作ってます。」 「若林…お願いがあるんだが…無理なら無理だと断ってくれていいんだぞ?」 何となく…部長のお願いが分かってしまった。 でも敢えて口には出さない。 「…君が弁当持参の日で気が向いた時でいいんだが…俺の分も…作ってもらうことって… 材料代は勿論払うぞ。 …どうかな?ダメならいいんだぞ?」 「部長のお口に合うかどうか、分かりませんよ?」 「卵焼きを食べただけで分かる! 君は俺の胃袋を掴んでしまったんだ。 …週に1度でもいいんだが…」 そこまで言われたら…それに何だかプロポーズみたいでいたたまれなくなってきた。 卵焼き1個で何が分かるというんだ? それに、俺が作っていくと何かと都合が悪いのでは? でも、でも…部長の顔を見ていたら、断ることができなくなってきた。 毎日外食で栄養バランスも良くないだろうし、自分の料理をこんなに求められたことなんてない。 はっきり言って、嬉しい。 というより、元から俺には『断る』という選択肢がなかったような気がする。 「…本当に…お口に合うかどうか分かりませんよ? それに、私が弁当を渡すのって変だとは思いませんか?」 「えっ、作ってくれるの?本当に? 若林、ありがとうっ! 渡すのは…そうだな…デスクの下の籠の中に入れてもらおうかな。それはまた考えるとするか…」 部長…デレた。

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