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卵焼きと指輪と部長(10)
『送って行く』と言う部長の言葉を無理に辞して、やっと自宅に辿り着いた。
アパートに戻っても何だか落ち着かない。
部長の上品で男性的なフレグランスがずっと鼻先に残って離れない。
俺、どうしちゃったんだろう。
ぼんやりと今日のことを考えながら鍋や包丁なんかを片付けた。
あー…月曜日から部長の弁当頼まれたんだ…
俺なんかが作っても良かったのかな…
“虫除け”なんだから、他の女性陣には頼めない、だから俺?
でも部長なら、毎日社食でいいんじゃないのか?
うちの社内ランチはメニューも豊富で、パッと見、中々美味しそうだったけど、確かに毎日なら飽きてくるかも…
係長は『部長が褒めたのは君が初めてだ』と言ってたっけ…それに今日嬉しそうにお代わりまでしてくれてた。
係長だってほぼ毎日弁当だから、係長の卵焼きだって食べてるはずなんだけど…“俺が初めて”なら、係長のはお気に召さなかったんだ、きっと。
ということは、俺の味付けが好みだってことだよな。
『胃袋掴まれた』なんてドキドキするような台詞まで…
そんなこと言われたら、俺が女なら一発で落ちてるよ。
うーん…まぁ、1つ作るのも2つ作るのも、手間は同じだし。
そうだ!明日部長用の弁当箱買いに行こう!
うちにあるやつじゃ少し小さいような気がするし。
それに十分過ぎる材料代と手間賃までいただいてしまった。
そう思い直して、晩ご飯の支度に取り掛かった。
とはいえ、一人分の料理なんてあっという間だ。
今夜は久し振りにビールでも飲もうかな。
1週間頑張ったもんな。
入社、おめでとう、俺。
めっちゃ緊張したけど、本社勤務のお陰で引越しもせずに済んだ。
大輔は元気に走り回っているんだろうか。
後でラインしてみよぉーっと。
…先に風呂に入ってのんびりしよう。
俺は鼻歌を歌いながらバスルームへ足を運んだ。
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