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骨も牙も抜いた子猫:side弘毅(2)
切れ長の目が次第につり上がっていく。
迫力が“増し増し”。増し増しはラーメンの野菜だけで十分だ。
いやいや、朝からそんな顔は見たくない。
そんな顔はミスった時だけにして欲しい。
だから、思い切って口に出した。
多分、この答えで合っているはず。
「えっと、あの、その…『恋人』ですっ!」
その答えに満足したのか、その瞬間、達也さんがデレた。
ご名答!俺冴えてたな…達也さんのこんな顔、会社で見たことない…レアだ…
「分かってるならいいんだ、分かってるなら。
それなのに弘毅が我儘を言うから。」
我儘!?『いつもの電車に乗ること』が我儘!?
ん?確認してみよう。
「あの、達也さん?ちょっと確認ですけど…」
「何だ?」
「俺達が『恋人』なのは理解してます。
でも、電車通勤がどうして我儘なんですか?」
「弘毅を何処の誰かも分からないような奴らに見せたくないし、触れさせたくない。
ここから行くなら、行き先も同じだから一緒に行くのは当たり前だろ?
それなのに何故電車で行こうとするんだ?
まさか…俺のことが嫌いになった…のか?」
それって…過保護?独占欲?
俺はひとりでちゃんと電車に乗れる『立派な大人』だし。
「達也さん…はぁっ…」
その理由に呆れてため息をつくと、目の前の猛獣 が子犬 になった。
達也さんは、項垂れながらぼそぼそと呟いた。
「…弘毅はかわいいから…狙われたらどうするんだ…」
いや、俺は成人男性だから!
誰も俺のことなんて意識してないから!
すれ違うだけの不特定多数のモブの中のひとりだから!
肩や腕が触れるなんて日常茶飯事のことだから!
心の中で反論しながらも、達也さんのしょげ返る顔を見たらどうしても口に出せなくて、それらの言葉を飲み込んでいた。
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