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難敵来襲(18)
振り向いた弘毅の顔は…涙でくしゃくしゃになっていた。
俺を見つめる目には悲愴な…絶望感が揺らめいている。
こんな、こんな辛そうな顔なんて今まで見たことなんかない。
どんな時でも幸せそうに笑っていた弘毅。
我慢強くて落ち込んだことがあっても、持ち前の明るさで乗り越えてきた弟。
その弘毅にこんな顔をさせちゃいけない。
今、ここから帰らせたら二度と弘毅と会えない、そんな強烈な予感がした。
ぐい、と身体を反転させて向かい合わせになる。
「行かせない。絶縁もしない。
とにかく落ち着け!
もう少ししたら、お前の“恋人”が来るんだろ?」
その言葉にハッとした弘毅は
「…玄関で待って一緒に帰ります。
籍も抜きますから…今後若林家の皆さんにはご迷惑を掛けるようなことはしません。
お世話になりました。」
若林家の皆さん!?もう『大兄ちゃん』とは呼んでくれないのか?
マジで絶縁するつもりなのか?
「弘毅、落ち着け。こっちに来い。」
荷物を無理矢理奪い取り、肩を抱いて半ば引き摺るように奥へ連れて行く。
「離してっ!」
弘毅は抗うが、体格も体力も断然俺の方が優っている。
何とか椅子に座らせたが、俺とは視線を合わせようともしない。
感情的に振る舞う弘毅を見ていると、俺は逆に冷静になってきた。
変に刺激するとますます反発して、取り返しのつかないことになってしまう。
こんなに自分の感情を露わにする弘毅も初めて見た。大学進学の時、両親と意見が合わなかった時ですら、こんな激しい思いを打つけはしなかった。
『恋』というものに舞い上がっているのか。
それとも本気で、余程相手に思い入れがあるのか。
頭が痛い。動悸も激しくなっている。
全身で俺を拒否する弘毅に、声を掛けることも憚られて…どのくらいの時間が経ったのだろう、俺には1時間以上に感じられた頃、来訪者を告げるベルが鳴った。
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