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コイツが『恋人』!?(5)
肝が冷えた。
俺は魂が抜けたように呆然としていた。
冷ややかな目をして俺を見下ろしているのは、弘毅。
本当に弘毅か?小さい頃、俺の後を『大兄ちゃん、大兄ちゃん』と纏わり付いてきた、あの弘毅なのか?
弘毅が…俺の弘毅が…
まるで興味のない他人を見るように俺を見ている。
「…っ、弘毅…」
喉に何かが絡み付いて掠れた声しか出ない。
「兄さん、俺はどんなことをされても構わない。でも、達也さんに何かしたら…俺は一生あなたを許さない。
…達也さん、これ以上話をしても無理です。
俺の家族はもういなくなりました。
1番分かってほしかった兄でさえこうなんです。両親なんてとてもじゃないけど…
もう、いいんです。帰りましょう。お手数掛けて申し訳ありませんでした。」
「弘毅、それで本当にいいのか?
俺はお前に後悔する生き方をしてほしくない。」
「達也さん、俺はあなたと生きていく道を選んだんです。
俺の家族はあなただけです。
さ、行きましょう。」
弘毅、何言ってるんだ?
本当に俺達との縁を切る気なのか?
弘毅が生まれた時からのかわいい姿が、頭を駆け巡っていく。
数年したら当たり前のように結婚すると思っていた。勿論弘毅に似合うかわいい女性と。
でも弘毅が選んだのは、かわいいと似ても似つかぬ厳つい男。
それは正しいのかそうじゃないのか。
何が正常で何が異常なのか。
そいつと別れることがそんなに辛いのか。
騙されているのではないのか。
俺より…家族より、そいつを選ぶ程に心を囚われているのか。
俺たちを捨ててそいつを家族として生きていくというのか。
弘毅は荷物を持つと何の躊躇もなく、くるりと背を向けてドアに向かって歩き出した。
「弘毅っ!」
振り向きもしない。
奴が胸元から名刺を出してきた。
「私の連絡先です。今夜は一旦引き上げます。
失礼しました。」
深く一礼すると弘毅の後を追って出て行った。
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