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本気(1)
「達也さん…俺、自分で歩けますから…」
「ダメだ!今日は部屋の移動は全て俺が抱っこしてやる。いいな?」
むうっ
「あははっ、ほら、アヒル口。
弘毅、かわいいなぁ……(ちゅ、ちゅ)」
はあっ……
幾分筋肉痛も治まりベッドから起き上がれるようになった俺は、世話を焼き続ける達也さんにため息をつきつつも、愛されてる感満載の幸せを噛み締めていた。
ソファーに座らされ、達也さんのすることをクッションを抱えてぼんやりと眺めていた。
うーっ……腰が…お尻が…まだ怠い。
達也さんは、おもむろに書道セットを持ってきて、墨を擦り始めだした。
「??達也さん??何を始めるんですか?」
「これか?
身上書をきちんと書いておこうと思って。」
「身上書?」
「そうだ。まずは弘毅に見てもらいたい。
赤石達也という男がどのような経歴の持ち主なのか、細かい事まで話してないからな。
最低限のことを知っていてほしい。
そして…いつか若林家にご挨拶に行く時に、ご両親に見てもらいたい。
まぁ、予行練習とでもいうのか。」
「達也さん…」
そこまで考えてくれてるんだ。
「それを毛筆で?」
「そうだ。うちの会社は『文字に人柄が現れる』って、何か大切なことを伝える時は自筆だろ?
俺の思いを込めて書き上げたいんだ。」
達也さんはそう言うと、静かにまた墨を擦り始めた。
俺は胸に詰まる思いで、それをずっと眺めていた。
言われれば、社内はどの人も達筆だ。
中には個性的な字の人もいるけれど、味がある。
達也さんもお手本みたいな字を書く。
書道の有段者らしい。
俺は…よく“几帳面な字”と言われるけど。
ピンと張り詰めた緊張感の中、書き上げるのにかなりの時間が経ったような気がする。
「……できた…」
カタ、と筆を置いた達也さんが呟いた。
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