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難関突破!(5)

父さんの嗚咽が寝息に変わる頃、俺はそっとその背中から離れた。 きっと酷い顔になってるんだろうな。 こんな顔を見たら、みんな心配するんじゃないかな。 そう思って洗面所に行き、鏡を見た。 案の定、目は充血し目もとも腫れて真っ赤だ。 冷たい水で取り敢えず洗ってみる。 「弘毅」 母さんの声がした。 「あんた戻ってこないから心配しちゃった。 …父さん、許してくれたんでしょ?」 「…父さん泣かしちゃった……『どうしようもなくなったら帰ってこい』って……… ……式には出る、って。どうせ自分抜きで話が盛り上がってるんだろうし、決まったら母さんに伝えといてくれ、って…」 思い出したらまた泣けてきた。 母さんは泣きじゃくる俺をそっと抱きしめてくれた。 「弘毅、父さんも母さんも最初は吃驚しちゃったけど、応援してるから。 でも父さんが言うように、どうしてもダメだったらいつでも帰っておいで。」 涙腺が決壊した。 わんわん声を上げて泣く俺の背中を母さんは優しく宥めるように撫でてくれていた。 暫くして 「…達也さん、弘毅をお願い。 はい、バトンタッチね!」 顔を上げると、心配そうに俺を見つめる達也さんがいた。 そして、母さんから俺を受け取った達也さんの腕の中にすっぽりと(くる)まれた。 “母さんの前で”“俺の実家で””恥ずかしいから”とか、普通ならそんな思いが先に立って、腕を突っ張って逃げを打つところなんだけど、達也さんの顔を見たらまた泣けてきて、抱きしめられたまま、声を上げて泣いた。 目玉が溶けてしまいそうなくらいに泣いて泣いて。 達也さんは俺が泣き止むまで、ずっと背中を摩りながら抱きしめてくれていた。 父さん、母さん。 俺、この温もりがあれば何にもいらない。 このひとが「弘毅」と優しく名前を呼んで微笑んでくれるだけでいいんだ。 達也さんに会うために俺をこの世に送り出してくれて…ありがとう。

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