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第2話
週末――一旦断った仕事を銀嶺は受け、その撮影現場へ向かった。駆け出しのモデルなので個人付きのマネージャーなどはいない。場所を教わって、ひとりで赴く。
外を歩く時、銀嶺はいつもフードや帽子を被ってさらに長めの上着を羽織り、耳と尾を隠していた。小さい子などに珍しがられるのは別にいいのだが、たまに柄の良くないのに絡まれることがあるためだった。
撮影スタジオは大型機械を解体する作業所の隣だった。その前に差し掛かると、申し訳程度に張られたトタン塀の向こう側から大きな金属音が響いてくる。何の気なしに中を覗いて見た銀嶺の目に、見覚えのある男性の姿が飛び込んできた。あれは……星間連絡船で乗り合わせた、人造兵のうちの一人だ。
この星の、革命軍政府の責任者である岩崎が、彼ら三人の人造兵を収容所から解放した、というのはテレビで報道されたので知っていた。敵方の人造兵を自由にするというのは初の試みだということで、マスコミでもかなり話題になっていたのだ。しかし、こんな近くで働いていたとは――
さほど親交があった訳でもないが、なんだか懐かしく感じて銀嶺は処理場の敷地へ入り、彼の方へ近づいてみた。確かこのひとは相模と言った。ノアの病室で数度顔を合わせたのだ。
解体途中らしい大きな鉄の機械の骨組みの上で、相模は重そうなハンマーを振るい、継ぎ目を叩いて外している。肌寒い中、上はランニングシャツ一枚で作業している彼の姿に銀嶺は思わず目を奪われた。
撮影現場で出会うモデル達にも肉体美を誇る男性は多い。だが相模の身体は――鍛えられて引き締まっているだけではなく、その無駄のない動きを見ると、パーツが全て、必要なところに必要な分だけ備えられているという事がよく分かる――まるで緻密に組み上げられた実用性の高い製品のようだ。そう思ってから銀嶺は可笑しくなった。それはそうだ。彼は印象通り、戦闘用に設計されて作られた人造兵なのだ。人とは違う――
相模がハンマーを打ち下ろす手をふと止めた。被っている黄色いヘルメットを片手で少し押し上げ、首に掛けていたタオルで額に流れてきた汗をぬぐっている。やかましい音が一瞬止まったので、銀嶺は声をかけてみた。
「相模――さん?」
相模は下を見下ろし、きょとんとした顔をした。銀嶺は慌てて被っていた帽子を取った。
「あのう、私――」
「ああ、銀嶺さんか」
白い歯を見せて相模が言ったので、銀嶺はややどきりとした。私を覚えていた――そして今のは――微笑んでくれたのだろうか?人造兵があんな風に、誰かに笑いかけるなんて知らなかった――
相模は身軽く、ハンマーを担いだままひょいと銀嶺の目の前に飛び降りてきた。
「久しぶりだよねえ――何やってんの?」
屈託なく言う。
「あ、ええと――」
銀嶺はなぜかどぎまぎしながら答えた。
「これから仕事なんです。この、隣で……」
「へえー」
相模は感心した風に頷いた。
「こないだ行った仕事先に貼ってあったポスターで見たよ、あんたのこと」
「え、そうですか……」
「うん。現場の上官……じゃねえや、先輩らに、俺の知り合いだって言ったらだっれも信じなくてさあ……なんでかねえ?」
相模は首をひねっている。
「ま、いいや。仕事行くんだろ?じゃ、またな」
相模は解体していた機械に片手をかけ、よじ登り始めた。
「はい……じゃあ……また……」
機敏なその動きを下から眺めながら、銀嶺は最後の『また』という部分を、なんとなく喜ばしく思いながら呟いた。
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