3 / 86

第3話

渡された求人表を見て天城は考え込んでいた。革命軍が用意した矯正プログラムは、そろそろ終わりに近づいている。これが済んだら今度は、自立のために仕事を得て働かなければいけないと説明されている。何か興味のある分野の仕事を選べと言われているのだが、自分が一体何に興味があるのか、天城にはわからない。 同じ頃にプログラムを受けた相模は、とにかくじっとしているのがイヤだということで、何かの現場仕事を紹介されて既に始めたらしい。音羽の様子はまだ聞いていないのでわからないが、元々仕事好きなので今頃は何かしらやっているだろう――三人は今、別々に引き離されて教育されている。一緒にしておくと問題を起こすかも、と心配する意見があったためだ。だが担当の教育官に訊ねれば他の二人の様子は聞かせてくれたので、なんとなくではあったが仲間が何をやっているかは知ることが出来た。 天城は今、革命政府が用意してくれた宿舎に住んでいる。そして面会日にはノアが訪ねて来てくれる――それが何よりの楽しみだった。 岩崎は天城が頼んだ通り、例の、ネコが買えるようになる、という薬を用意してくれていた。しかしまだ使ったことはない――今の天城にとっては、面会日だけでも確実にノアに会えるということで充分なのだ。それに、拘束されていないとはいえ、まだ天城たちは革命政府の監視下にある。外出はもちろん面会にも時間などの制限があり、誰が来たかの記録も教育担当官に提出することになっていて、ゆっくり部外者と過ごすことはなかなか難しい。 と、部屋のドアが小さくノックされた。飛んでいってドアを開ける――今日は週末で、待ちかねた面会日なのだ。 「ノア!」 「ひゃあ!」 扉が開いた途端抱き上げられて、ノアは目を白黒させている。 「ああ、ごめんごめん――」 天城は笑いながら謝って、ノアを部屋の中へ下ろした。 「天城さん、何やってるの?」 部屋に散らばっていた求人案内の紙を見てノアが尋ねた。 「仕事探し――なんか選べって言われてんだけど、良くわかんなくて決めらんないんだよ……」 天城は情けない顔で頭を掻いた。 「そっか――」 ノアは気の毒そうな表情になった。 「得意な仕事、やらせてもらえれば良かったのにね――相模さんみたいに」 衛生兵になるはずだった天城は医療活動の心得があるし経験もあるので、本来はそれが適任だ。だが、何しろまだ政府軍所有の人造兵には信頼が無い。革命政府内に、人の命にかかわるような重要な仕事に就かせて何かあっては大変だと言う慎重派がいて、その分野では天城は働くことができないのだった。 「まあしょうがないよ――どうにかするさ。ノアはどうだ?仕事、始めたんだろ?」 「うん、大分慣れた」 ノアは頷いた。バイオペットたちも飼い主から解放され、皆自立のための努力をしているのだが、培養されてあまり年数が経っていないノアのような若いネコたちは、姿の可愛さもあって養子として人間の家庭に引き取られていくことが多かった――船で一緒だったカスパは望まれて優しい夫婦の養子になっている――ノアのことも引き取りたいと言ってくれる夫婦があったのだが、遠方に住む人たちだったので、天城から離れたくなかったノアはその話を断って、働いて自立することにした。 しかしノアは身体も小さめだし力もあまりないので、始めはなかなか働き口が見つからなかった。だが最近、街にある小さな食堂で働かせてもらえることになった。 客商売なので本当は週末も仕事がある。だが天城に会えるのが週末しかない――幸いその店の老主人がバイオペットにとても同情的で、ノアの話を聞いて面会日にあわせて休みを取ることを許してくれた――一緒に働く主人の息子の方はどう思っているかわからず申し訳なかったのだが、天城に会いたいという気持ちの方が強かったので、甘えさせてもらっている。 厨房は親子がやっているので、ノアはレジや給仕を受け持っていた。暫く前に病気で亡くなってしまった老主人の妻が、昔はその仕事を担当していたらしい。古い店で客には常連が多く、皆ノアを可愛がってくれて、忙しかったが楽しく働いていた。 「天城さん今度外出許可取れたら、お店に来てよ」 ノアは誘った。 「おやじさんの作るご飯、おいしいんだよ。僕、おごってあげる」 「うん、行くよ。ノアが働いてるとこも見たいしな」 天城は笑って頷いた。 それから何日かが経ったが、まだ天城は仕事を決めかねていた。戦場しか知らない天城は色々な職種を名前で聞いてもぴんと来ないのだった。教育担当官に相談すると、では出かけてあちこち覗かせてもらってきたらいい、と答え、外出許可を出してくれた。 どこに行こうかと考えていた時、ノアが、自分の働く食堂へ来て欲しいと言っていたことを思い出した。天城はとりあえず、そこへ行ってみることにした。 聞いていた住所を頼りに、天城はノアの働く食堂を見つけた。古い建物だったが、こじんまりとした居心地の良さそうな場所で、ドアを開けて中に入るといい匂いが漂っている。 「いらっしゃいま――天城さん!?」 ノアが弾んだ声を出した。 「どうしたの!?」 「外出許可もらったんで――来てみた」 のっそり入って来た天城の巨躯に驚いて、カウンター席にいた常連客たちは腰を浮かしかけていたのだが、ノアが天城に飛びついていったのを見て皆安心したような顔になった。 「ああそうか、アンタぁ、テレビに出てた兵隊さんだね?ノアちゃんの友達の」 初老の客が気さくに声をかける。この辺りは人懐こい気質の住民が多いのだった。 「兵隊だとぉ?」 厨房から、息子の方が顔を出した。 「あーあー、随分とガタイの良い兄ちゃんだなあ!カウンター席ぁダメだぞ!そこに座ってる年寄り連中と同じに古ボロだから、椅子の支柱が折れちまう!」 「は、はあ……」 彼の口の悪さに、何か怒っているのだろうかとつい戸惑った天城に、ノアが笑いかけた。 「気にしないでいいんだよ。おっちゃんはいつもああだから、みんな慣れてるんだ――こっち来て」 ノアが案内したレジ脇の席に天城は腰掛けた。 「嬉しいなあ、来てくれて……約束したから、おごるね。何がいい?」 ノアに差し出されたメニューを見たが、天城には初めて見る名前ばかりでどんな食べ物だか全くわからない。 「……ええと……何が、いいの?」 尋ねると、ノアは 「オムライスは?」 と言った。 「オムライス?」 「うん。おやじさんのオムライス、評判いいんだ。美味しいよ?」 「へえ?じゃあそれ」 オムライスと言うのは初耳だったが、とりあえず天城はそれを注文した。 やがてノアが持ってきてくれたオムライスは、綺麗な黄色のこんもりとした物体で、いい匂いを発していた。促されて一口食べると、酷く美味しい。 「これ――美味いなあ!」 思わず声を上げた天城に、ノアは得意そうな顔をした。 「そうでしょ。この店でしか食べられない味だよ」 「へえー……」 感心しながらオムライスをかきこんでいると、突然声がした。 「おやじさん!?どしたい!?心臓か!?」 カウンターにいた常連客だった。ノアがそちらへ飛んで行き、天城は席から首を伸ばして厨房の方を覗き込んだ。 「ノア、救急車呼んでくれ!」 言われてノアが電話に走る。天城は立ち上がって様子を見に行った。 「天城さん!」 電話をかけ終わったノアが駆け寄ってきた。 「おやじさんが――看てあげて!」 厨房の床に初老の男性が倒れていた。脇で別の男が頭を支えている。 「ちょっと……失礼します」 男に許可を得て、天城は男性の呼吸と脈を確認した。 「心臓マッサージさせてもらいたいんですが――いいですか?」 男が青褪めた顔で頷く。落ち着いた天城の様子に、慌てていた数名の客も少し気を取り直したようだった。救急車が来るまで、天城は心肺蘇生を続けた。 天城の処置のお陰で、おやじさんは病院で無事意識を取り戻した。外出時間が終わってしまったため宿舎に戻っていた天城に、ノアが電話で連絡を寄越した。おやじさんは命に別状はないが、仕事に復帰するのは体力的に無理らしい。ノアは悲しそうにそう話した。 「無理すると、また倒れちゃうかもしれないんだって……」 「そっか……そりゃ残念だな……」 「それでね……面会日に天城さんに会いに行くのが難しくなっちゃった……」 「俺が会いに行くよ。店の場所わかったし」 「うん……」 ノアは寂しげに返事した。 数日して、天城はこの間の騒ぎでできなかった社会見学に行こうと外出許可を取った。またノアのいる店に寄ってみる。すると、入り口のドアに「求人」と書かれた紙が貼ってあった。ドアを開けて潜りながら、天城は中にいたノアに声をかけた。 「ノア――」 「あ、天城さん!座ってて!」 丁度注文をとっていたノアがこちらを振り返った。 やがて水を持って、ノアが天城の元へやって来た。 「ノア、あの、ドアのとこの……」 「ああ……」 ノアが頷く。 「おやじさんが入院しちゃったでしょ……それに、治っても復帰は無理だから……人を雇うことにしたんだって……あとね……」 ノアは少し微笑んだ。 「おっちゃんがね……僕が面会日に休み取れないのが……可哀想だと思ったみたい。誰か入れば、また休みもらえるから……」 天城に顔を寄せて囁く。 「ああ見えてね、おっちゃん優しいとこあるんだよ」 「ふうん……」 天城も微笑んだ。 「ノアー、さぼってんなよー。5番上がったぞー」 厨房から男が呼んでいる。 「はーい。あ、天城さん、何がいい?」 「オムライス頼むわ……」 やがて出されたオムライスは、先日食べたおやじさんのと同じ味がした。食べ終わって天城はゆっくり立ち上がり、厨房へと向かった。

ともだちにシェアしよう!