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第5話
相模はなにかとすぐ、退屈だ退屈だと言う男だったが――その気持ちがようやくわかった気がする、と、このところ音羽は思っていた。
革命軍が用意した矯正プログラムが終わり、音羽も働き始めていた。音羽の得意な分野はコンピュータデータの処理やコード分析、暗号読解や諜報活動などだったが――敵軍の兵だった音羽にどんな種類の物であれ情報を扱わせることなど、革命政府が許可するはずも無い。
そんなこんなで結局音羽に回ってきたのは、遊興施設にある駐車場の係員という役割だった。
施設に出入りする客のキーを預かって、車を駐車場に出し入れするごく単調な仕事だ。一日中客の車を預かり、渡し、夜は宿舎に帰って休む――今は毎日その繰り返しだ。
宿舎には一応、岩崎が用意してくれたコンピューターがある。しかし当然ながらプロテクトがかけられていて、自分でデータをいじったりなどはできず、音羽がコンピューターでやれることは非常に限られていた――無難な記事や企業広告の閲覧くらいだ。しかしその気になれば監視の目を盗んでプロテクトを外すことくらい音羽には簡単にできる。だがもしその行為がバレれば、問題行動と見なされてきっと処分を受ける。
この退屈な日々が延々と続くくらいならそれでもいいか、とも思う。だが――
自分が問題を起こして収容所へ戻されたら、矯正プログラムは効果なしと判断され、天城と相模も同じ処分を受ける事になるだろう。相模はどうだか知らないが、天城が――彼はせっかくあのネコ、ノアと――将来ある暮らしを得たところなのだ。
「言いたくはないが……退屈だ――」
音羽は宿舎の部屋で床に座り込んで天井を仰ぎ、一人呟いた。
「音羽さんてさあ、仕事終わったら何してんの?」
一緒に働く陽気な青年が、ある日音羽に訊ねた。職場の他の人間は人造兵の音羽のことが怖いようで、一緒のシフトになっても殆ど話しかけてはこない。だがこの青年は物事にあまりこだわらない性質らしく、音羽にも気さくに接してくる。
音羽は答えた。
「特に何も……」
「何も?」
青年は呆れた顔をした。
「じゃあ……うちにいるときは?ただぼおっと座ってんの?」
音羽は彼に向かって頷いた。
「ああ。ぼおっと座っている」
本当にその通りだったのでそう答えたまでだが、青年は面白がって笑った。
「そうなんだ……革命軍の宿舎って、テレビとかないの?」
「自室にテレビはある。しかし視聴制限がなされているから、あまり見られるものはない」
「視聴制限?」
音羽は青年に説明した。敵側の人造兵の釈放に最後まで反対していた革命軍の中の慎重派――彼らの意見で、音羽たちは娯楽にも制限がかけられているのだった。暴力表現があるもの、戦局を伝えるニュースなど、問題行動を誘発しそうな物は検閲によって全てカットされる。
「それカットしちゃったら……なにが見られるの?スポーツ中継ぐらい?」
青年が驚いた様子で訊ねた。
「スポーツは駄目だ。勝敗がつくから。と、教育担当官に言われている」
「ええー!?マジで?勝敗がつくとなんでだめなんだろ?」
「さあ?戦闘を連想させるからだろうか?」
「そうなのー?じゃあプロレスなんか絶対アウトだなあ……面白いのに。そしたら、子供番組ぐらい?音羽さんが自由に見られるのって」
「そう。ごく幼い子供向けの」
「うひゃあ……気の毒だなあ……」
「別にかまわない。元々あまり興味が無いし」
「ふうん……テレビだめなら映画もきっと駄目だよねえ……」
暫く置いて彼は言った。
「じゃあ図書館行ったら?データ書籍の貸し出ししてくれるから、暇つぶしにはなるんじゃない?パソコンあるならそれで読めるよ」
仕事帰りに音羽は青年に勧められたとおり図書館へ寄ってみた。革命政府から渡されている身分証明書を出すと、職員の女性は気の毒げな顔になって言った。
「こちらの証明書ですと――データ閲覧の許可は出せないですね――」
「そうですか」
予測していた音羽は素直に答えた。自室からオンライン図書館のデータに接続することが許可されていないのだから、当然と言えば当然だ。音羽はさほど落胆もせず、図書館を後にした。
機密事項を閲覧させろなどと言う気はない。なんでもいいから時間が潰せる退屈しのぎが欲しいだけなんだが……経過観察中と言うのはなかなか厳しい身分なのだな、音羽はそんな風に思いながら宿舎への道を歩いた。
図書館まで足を伸ばしたのは初めてだったので、歩く道沿いには色々と知らない店がある。中の一軒の前で、音羽はふと足を止めた。
こじんまりとした店にしつらえられたガラスのショーケースの中に、重々しい装丁の立派な本の見本がディスプレイされている。紙の本を取り扱う店は最近では珍しい――なぜだかそれに惹かれ、音羽はガラスに顔を近づけて、飾ってある本の開かれたページを覗き込んだ。
細かいサイズの文字列が、ページにびっしりと印刷されている。それを見て音羽は、分析作業の時見つめていたモニター画面に映し出される複雑なコードの羅列を思い出した。
この本が欲しいな、と音羽は思った。紙の本ならば外部データとは繋がっていないから、制限品目に入っていないかもしれない。これを部屋に置いて読んでいられたら、気が落ち着きそうだ――
ショーケースの隣の扉を押し開けて、音羽は店の中へ入った。店の中は照明が少なくかなり暗い。一番奥に、積み上げられた本に押し潰されそうになっているガラスケースがある。その後ろ側で、骨董のような椅子を二つ並べ、その上で男がうたた寝していた。
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