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第6話

津黒(つぐろ)は三十代半ば、金色に脱色したぼさぼさの髪にパイレーツまがいの黒いアイパッチ、という胡散臭い様子をしている。 アイパッチは右目の眼球が無いため着けている。病気や怪我で無くしたのではなく、20代だった頃博打で大きな借金を抱え、それが返せなくて臓器買取屋に売ったのだった。天然の眼球は結構良い値で売れた。借金を返してもまだお釣りがあったから、それですぐに人造の眼球を買って入れれば良かったものを――ついついその金も博打につぎ込み、全てスッてしまった。結局それから人造眼球を買うほどのまとまった金も用意できず、未だに片目のままでいる。だが既に慣れてしまい、さほど不便にも思っていない。 博打をしたり、戦争が始まってからは革命軍側の地下活動に協力してみたり――独り身の津黒は気ままに生活していた。 ある時急に叔父が亡くなった。親族が他にいなかったため、津黒が彼の遺産を相続した。その遺産は、街にある骨牌堂(かるたどう)という名のこの古本屋だった。 叔父は生前、かなり熱心に古い紙の書籍を仕入れ、集めていたらしい。美しく装丁された紙の本は、資源や職人不足のためもあって今は殆ど作られておらず贅沢品で、金持ちのコレクターに高値で売れる。それも理由ではあったろうが、叔父自身も紙の本が好きだったようだ。津黒が今住んでいるこの店舗の地下倉庫にも、商品目録に無い紙の本がどっさり眠っている。ちゃんと整理して売り出せばかなり良い値になるはずなのだが、面倒くさくて津黒はいい加減にしか商売していなかった。相続したこの店をすぐに売り払わなかったのは、地下倉庫を少し掘り下げて街の下を走る下水道と繋げれば、地下通路として使え、レジスタンス活動を支援するのに便利だったからだ。 地下活動は革命軍の理念に共感したからとかではなく、根っからちゃらんぽらんな津黒にとって、スリルを味わうための単なるゲームにすぎなかった。忠誠心など無いから政府軍でも革命軍でもどちらが勝っても良く、戦局を見て、もし革命軍がやばそうならさっさと寝返って、自分の持つ情報を渡すからといって投降させてもらえばいい、土産付きなら赦免もあるだろう、そんな風に考えていた。しかし結局革命軍がこの星を制圧し、政府軍が撤退したため、そうはせずに済んだ。そしてありがたいことに津黒には、民間人協力者として革命軍から、地下活動援助に対する謝礼金が毎月少しづつ支払われることになった。今はそれと、たまにある本の売り上げで細々と食べている。 革命軍がここを統治するようになって以来――食いっぱぐれの心配も無くなり、津黒は少し退屈し始めていた。 制圧される前、もう少しドンパチあるかと思ったんだが――この星は政府軍にとっては重要度が低かったようであっさり明け渡されてしまった――少々物足りない。 津黒は最近日中は、古本屋のカウンター代わりにしているガラスケースの後ろ側で昼寝して過ごすことが多かった。ここは前線から遠くて平和なのは良いが、だからといってやりたいことも今は特に無い。こんなじゃ、あっという間に老け込んでしまいそうだ。なんか面白いことねえかなあ――そんな風に思っていた。 その日の午後も、津黒はガラスケースの後ろで椅子に寄りかかってうたた寝していた。すると、入り口のドアに下げられたベルが小さくちりんと鳴った。入ってきても買う客はなかなか居ないので、津黒はそのまま起きずにいた。 「――お休みの所申し訳ありませんが――」 そう声をかけられ津黒は目を開けた。カウンターの前に、妙に姿勢の良い若い男が立っている。どこかの制服らしい地味な色の上下を身につけた姿で、プラスチックのカードを津黒に向かって差し出していた。 「――この身分証明で、貴店の書籍を購入することは可能でしょうか?」 不思議な声だった。柔らかくて静かなのによく通り――耳に心地良い。 「うちの本が買えるかって――?え?」 よく意味が呑み込めないまま、津黒は男の差し出すカードを受け取った。クレジットカードかと思ったのだが違うようだ。 「革命軍政府機関、住民管理課発行――ええと……?期限付き在住許可証明……?」 見たことの無い身分証だったので津黒は戸惑った。暗かったので手元のスタンドを点け、もう一度カードを確認する。そこにプリントされた男の顔写真を見て、津黒は突然、あ、と思い当たった。この顔――宙港で捕虜になった人造兵じゃないか? そうだ、彼らがなんか人助けしたということで、恩赦扱いで収容所から出されたということはニュースで報道されていた―― 「あんた――へえ……政府軍の」 カウンターから少し離れ、棚の本を手にとってみている若い男の姿を、津黒はカードごしに盗み見た。人造兵といえば戦闘用に強化されたごつい男ばかりだろうと思い込んでいたのだが――この兵士の体格は普通で、身長も津黒と殆ど変わらない。しかし――いやにスタイルが良く見える。小さめの頭に真っ直ぐ伸びた背筋、そこから続く腰から脚にかけてのラインが殊に美しかった。尻が引き締まってきゅっと上がっているのが、野暮ったい制服のパンツの上からでも見て取れる―― 「人造兵……かぁ……」 カードを読み上げる。 「形態分類名……八二式ツ3653?固体認識名、音羽――あのう……どれが名前?」 「固体認識名と言うのが」 「へえ、じゃあ、音羽くんていうんだぁ……」 「申し訳ない」 急に謝られて津黒はきょとんとした。 「申し訳ないって……?なにが?」 「今値段を拝見したところ、自分の所持金ではとても買える額ではなかった。失礼しました」 音羽はすたすたとガラスケースへ近づき、津黒に向かって片手を出した。証明書を返せということらしい。 「まあまあ、ちょっと待ってよ」 その手を遮るように片手をあげ、津黒は言った。 「確かにウチの本は高いけどさあ、場合によっては、ディスカウントするよ?」 「値引きしてくれるということですか?しかしそれでも、自分が自由に使える額は月々限られているので、購入するのは困難かと」 「あんまお金ないんだ?音羽ちゃんは」 「ええ」 馴れ馴れしくちゃん付けして呼ばれても、音羽は意に介さない風だった。 「欲しいの?本」 「ええ。しかし、あきらめます。身分証明を――」 再び手を出した音羽から、カードを庇うようにし、津黒は言った。 「音羽ちゃんさえ良ければだけど――ウチの本読ませてあげようか?ここで」 「ここで――というと?」 音羽は不思議そうな表情になった。 「立ち読みしてっても構わないよってこと。ま、椅子ぐらい用意するけど」 「立ち読み――本当に?」 周囲を取り巻く本棚を仰ぎ見た音羽に、津黒は 「本当に。但し、条件があるけどね――」 と言い、音羽に向かって手招きした。

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