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第7話
驚くか怒り出すか――ヒマ潰しにからかうだけのつもりだったのでどちらでも良かった――さて、どう出るだろう、と津黒は期待した――しかし意外なことに音羽はそのどちらの反応もしなかった。ガラスケースの後ろ側に入ってこさせた音羽の腕を、津黒がいきなり引いて抱き寄せ、接吻したのにもかかわらず、である。
唇を離して津黒は呆れた声を上げた。
「ちょっと音羽ちゃん!抵抗ぐらいしたらどうよ?それともなにか?あんた慣れてんの?こういうの」
「慣れていないが、人に抵抗することは問題行動として禁じられているので」
「禁じ……?ああそうか」
津黒は思い当たった。そういえば――釈放されたとは言え彼らの行動はまだ革命政府の管理下にある。何か揉め事を起こせばすぐ収容所へ戻されるのだ。
「ん?ということは……?」
津黒は気が付いた――じゃあもしかして俺……やりたい放題?現に音羽は今も、津黒に引き寄せられた腕を振りほどこうともせず、おとなしくしている。
「で、条件と言うのは?」
音羽が訊ねた。
「へっ!?」
ひょっとして――今俺に何されたか全然わかってないの?こいつ……?ずっこけるなあ……。仕方なく津黒は言った。
「――だからこれが……条件……なんだけど……」
「これ、というと?」
「鈍いなあもう……俺に、音羽ちゃんの身体を好きに扱わせろってことだってば!」
音羽は表情を変えないまま正面から津黒を見つめた。間近で見るその顔貌に津黒は一瞬息を呑んだ――人工物特有の――整った顔立ち、均質な肌。人間の物とは少し違うパターンと色を持つ独特の虹彩――
「解釈が間違っていたらいささか申し訳ないが、性行為の相手という意味であれば、自分では役に立たないかと」
音羽が言った。
「えっ?あっ、そうか……」
政府製造の人造兵が性欲をコントロールされているというのは有名な話だ。
「ええと……考えるから……ちょっと待ってね……」
津黒は音羽の腕を放して考え込んだ。確かに――性欲が無いのであれば面白くはない。しかしこの――綺麗な顔と、引き締まった体つき――おまけに抵抗しないときてる。何もしないのは――いささかもったいなくないか?いささかって……生まれて初めて使ったよ……意味合ってんのか?じゃなく、ああ混乱する――いささかどころじゃなくて――
「大いにもったいない!」
津黒は叫んだ。
「音羽ちゃんは、じっとしててくれればいいから!俺が勝手に弄るから!」
おそらく状況を理解していないであろう音羽は、素直に津黒に向かって頷いてみせた。
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