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第9話

「申し訳ないが、そろそろ門限なので」 店から引き戸を挟みその奥にある部屋の畳の上で、津黒に後ろから抱きかかえられていた音羽が言った。 「門限?」 津黒は音羽の耳元に唇を付けながら、柱にかけてある振り子時計に目をやった。 「だって、まだ八時半じゃないか……」 「九時までに自室に戻っていないとならないので」 「九時ー?コドモかよ!?それにまだ……本読ませてやってないじゃん!」 「また来ます。それでは」 音羽は津黒の腕の中からするりと抜け出し、立ち上がって乱された制服を整えている。今の今まで俺に身体撫で回されてたくせに……まるでミーティングか何かが終わったみたいな態度じゃないの……と津黒は内心呆れた。 古書店の扉を押し開けて外へ出て行く音羽の後姿を、津黒は引き戸の薄汚れたガラス越しに見送った。 部屋に引き入れてシャツの裾から手を突っ込み、肌を探っている間、音羽は全く反応しなかった。まるでマネキンだ。体温はあるし呼吸もしているのに――耳元や首筋に舌を這わせてみても、くすぐったがりもしない。いくら性欲が無いと言ったって…… 「音羽ちゃん……きみの神経、いったいどうなっちゃってんの……」 津黒は呟いて畳に仰向けに寝転がった。 あいつってば表情も変えずに、また来ます、だと。……本気かな?だとしたら、余程うちの本が読みたいんだろう……とすると……要求すればまた触らせるな、それもいいかも。人造皮膚の手触りがあんなにいいもんとは知らなかった……。 もし来たらまた相手させよう。ちょっとした退屈しのぎにはなる。津黒は思いながら、寝転がったままで伸びをした。 翌日――昨日よりやや早い時間に音羽は津黒の古書店に現れた。カウンターの中で例のごとくうたた寝していた津黒は驚いて起き直った。 「あれまあ……ホントに来たよ!」 音羽が少し首を傾げて訊ねる。 「出直した方がいいだろうか?」 「いや!大丈夫!こっちおいで!こっちこっち!」 津黒は慌てて音羽を奥の部屋へ招き入れた。 「うーん。ギブアップだ……」 畳に横たわらせた音羽の裸の腹の上で、津黒は突っ伏した。試しに触っただけの昨日とは違い、かなり気を入れて刺激したのにも関わらず――音羽が無反応だったからだ。 「自信なくすなあ、俺……」 起き上がって膝を抱えた津黒に、音羽が尋ねた。 「済んだのですか?」 「済んでないけどぉ……」 津黒は畳の上の音羽の姿を改めて眺めた。肌蹴た純白のワイシャツ、首には緩んで解けかかった濃紺のネクタイが巻きついている。地味な色の作業パンツは膝まで引き降ろされ、程好く引き締まった腹部と腿が露わになっていた。格好だけは充分に扇情的だ。だが―― 「肝心のココが――全然反応しないもんねえ……」 津黒は片手を伸ばし、薄い下着の生地に包まれた音羽の脚の間の物にあてがった。 「それは了承済みでは?」 「了承済みですけどぉ……!」 しつこく弄ればなんとかなるのではと考えていた自分は甘かったらしい。津黒はため息をついて立ち上がった。 「ま、仕方ない……なんでも好きな本選んで読んでってよ。時間なくなる前に」 カウンター内のいつもの定位置に津黒は戻った。音羽は津黒が店の一角に置いてやった椅子に収まって、棚から選んで来た本を読んでいる。その姿を眺めて思う――髪はさらさらだし肌はすべすべ……組んだ脚の形の綺麗なこと――人工物だからと言ってしまえばそれまでだが、政府軍の連中は、なんでこいつをこんな整った姿に作ったんだろう?戦場で使い捨てる消耗品なのに……。 「はー、もったいないことだ……」 津黒は呟くと、一眠りしようと腰をずらし、椅子に身体を沈めた。

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