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第11話
音羽とは関わるな、北村にはそう言われたが、津黒に控える気はさらさら無かった。反応がないから本番までする気は起こらないのだが、無抵抗な人造兵の綺麗な体を好きに弄りまわすのは、人形遊びのようで意外と楽しい。それに――音羽の身体の、一つ別の使い道を思いついたからだった。
いつもの様に、音羽は決まった時間に現れた。その彼を地下倉庫に招き入れる。
「ちょっとこれに着替えてくれる?」
津黒は倉庫の本棚にかけてあったスーツを音羽に渡した。音羽は疑問を差し挟みもせず、すぐ制服を脱いでスーツを身に着けた。
「良かった、サイズ合ってたな、うん、似合う似合う――そしたらここに横になってくれる?掃除はしてあるから」
音羽をコンクリートの床に横たわらせ、スーツのボタンを外す。さらに津黒がワイシャツのボタンに手をかけたところで音羽が訊ねた。
「脱ぐ必要があるなら言ってくれればやるが?」
「だめだめ。俺が脱がさなきゃ、やらしくならないんだから」
「すぐに脱ぐのなら、何故わざわざ着なければならなかったんだろうか?」
「一度ちゃんと着てもらわなきゃ脱がせられないからですよ。気にしないでよ……」
「着なければ脱げないのは確かにその通りだが、手間がかかるだけなのでは?」
「……もー、黙ってろってば!」
津黒が言うと音羽は素直に口を噤んだ。津黒は音羽のスーツを乱し、更に手足を少し動かしてポーズをつけさせた。
「こんなもんかなあ……音羽ちゃん、ちょっとそのまま動かないでよ」
津黒は呟き、立ち上がった。
「浅田、そっち用意できたか?見てくれる?」
浅田と呼ばれた男は咥え煙草でだるそうに階段を降りて来た。一眼レフの旧式なごついカメラを片手に提げている。音羽は特に驚く風も無く、津黒の言いつけ通りじっとしたまま床の上から視線だけ動かして浅田の顔を見た。
「もうちょっとこう……卑猥な感じが欲しいかな……」
男は煙を吐き出しながら呟いた。
「あれ以上パンツ下げるのは無理。ヘアが見えるのはマズいんだろ?」
「水使おう。シャツと下着少し濡らすと良い」
「なるほど……」
津黒は感心して水を取りに上へあがった。地下へ戻って浅田にボトルを渡すと、彼はそれを音羽の身体に少しづつ振りかけた。濡らされたワイシャツが肌に張り付いて乳首が透けて見える。下着も同じような状態にしてから、さらに浅田は自分の片手を濡らし、それで音羽の髪を軽く乱した。湿った髪の毛が額と頬に細く絡み付き、汗ばんでいるかのような効果が出る。
「へえー。ちょっとした事で随分変わるもんだなあ。上手いもんだ。さすが達人」
津黒は感心して声を上げた。
「本業じゃないことで褒められても嬉しかぁない」
「そりゃ失礼。後は……音羽ちゃんのあの無表情がなあ……」
「平気だ。どうせ目線入れちまうから――身元がばれるのはまずいんだろ?」
「ああ、そうだった……しかし、顔わからなくて買う奴いるかな?」
「その方が素人モノらしくてウケるんだ。心配するな」
浅田は言いながらカメラを構え、音羽の写真を撮った。
ポーズを変えさせた他の写真も撮ってから、浅田は帰って行った――彼は北村と共に地下活動時代の津黒の仲間だった。浅田はジャーナリストで取材記事を書くのが仕事なのだが、時々こうしてマニア向けの写真を撮って小遣い稼ぎをしている。革命軍がここを統治するようになってから、ポルノ規制が厳しくなってしまって過激な物は作れないようだがお陰で相場は上がっているらしい。今撮ったようなさほど露出のない大人しい写真でも結構高値で買う客がいるとの話を聞き、津黒は音羽をモデルにして小遣いを稼ぐ事を思いついたのだった。
「音羽ちゃんもお疲れさん」
言いながら津黒は音羽の片手を取って引き起こした。
「着替えて、本読んでっていいよ」
音羽は何事も無かったように制服に着替え、古書店のいつもの場所に陣取り本を読み始めた。
津黒も定位置に戻り、そこから音羽の姿を眺めた。表情が殆ど変わらないから何を考えているのかわからない。いきなり現れた知らない男におかしな写真を撮られたにも関わらず抗議もしない。音羽らしいといえば音羽らしいが……
「なあ、音羽ちゃん」
津黒は声をかけた。音羽が顔を上げる。
「あのさ……えーと……」
写真を何に使うか気にならないのか聞こうと思ったが、気になると言われても困る事に気がついた。音羽はこちらを向き、津黒の顔を見つめ次の言葉を待っている。仕方なく津黒は聞いた。
「ええと……その本、面白い?」
「面白い?」
音羽は鸚鵡返しに言う。
「と言うと?」
「え!?ずっこけるなあ……じゃあ、つまらないワケ?」
「さあ?」
音羽は首を傾げた。
「さあって……わかんないの?結構読み進んでるみたいなのに」
音羽の膝の上の分厚い本は、三分の一ページほどの所で開かれている。
音羽が言った。
「今の所、文字数は十七万二千五百、固有名詞が三百八十二、今現在見られる特徴として、旧支配者、という単語が多く使われている。平均すると六頁に一回で……」
「ちょ、ちょっとちょっと!」
津黒は椅子からずり落ちそうになりながら叫んだ。
「なにそれ!?あんた一体ナニ読んでるの!?」
「本」
音羽は答えた。津黒は呆れて彼の顔を見たが、いたって真面目な表情だ。茶化している気はないらしい。
「ちょっと待ってよ……それじゃ本読むって言うかさ、分析じゃないの。文字数だの平均だのって……」
「分析だが」
音羽はきょとんとした様子で答えた。
「ぶ……分析のために読んでるのかよ!?」
「他に使い道が?」
「他にって……!そんな読まれ方されちゃ作家が泣くよ!」
津黒は立ち上がり、腰掛けている音羽の所まで行って肩を抱いた。
「おじさんが説明してあげよう……できるかわかんねえけど。音羽ちゃん、本てのはさ……物語の場合だけど、そこに書かれてる出来事を追っかけていく物なんだよ」
「出来事?」
「そ。まず登場人物がいるだろ?そいつがどうするか、どうなるか……それを一緒に楽しまないと」
「楽しむ……」
音羽は首を傾げた。
「ちょっと待って、ええと……」
津黒は棚に近付き、1冊の児童書を探し出した。綺麗な挿絵がつけられた有名な本だ。
「これ読むからちょっと聞いてて」
そう言って、その本を数ページ朗読してやった。
「はい、今の聞いてどうだった?」
「固有名詞数が……」
「だー!そうじゃなく!」
津黒は叫んだ。
「誰が出てきて、何したかって話だよ!」
「アリスと言う名の少女が……」
「うん、そう!わかってんじゃん!」
「兎を追って……だが何故兎が服を?ウサギ型バイオペットなのだろうか?それらしい解説は無かったが」
「バイオペットじゃないよ!童話なんだからどこか奇妙でいいんだよ!兎が服着てたらアレって思うだろ?そうやって、続きに興味を持たせるんだから」
「興味……」
音羽は考え込んでいる。津黒は音羽の向かいに置いてあった段ボール箱に腰掛けた。幼稚園の先生か何かになったような気になりながら、本の続きを読み聞かせる。
「な、面白いだろ?場面が頭の中に浮かばないか?可愛いアリスがこう……」
「そのアリスと言う少女はどこの星の出身で年齢はいくつなのだ?身長と体重は?」
「そんなの書いてないよ!自分で好きに想像してよ!あ、そうか、絵があるんだっけ」
津黒は本の挿絵を音羽に見せてやった。
「これは一体……?鼠と少女の大きさが同じに描いてある。何故だ?巨大種なのか?」
「巨大種じゃないってば!なんでそうなってるか読むとわかるから」
津黒が本を音羽に渡すと、彼は眉根を寄せ、困ったような表情になった。
「どした?」
「目で文字を追うと――少女の行動がおそらく頭に入らない。分析する方に気が行ってしまうので」
「ああそう……しょうがないなあ、じゃあ読んでやるよ……」
津黒は答え、音羽から本を受け取ると、続きを読んで聞かせてやった。
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